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邪馬壹(18)

 

 凡海コーポレーションの面々は、晴比古たちの到着を、福岡空港の到着ゲート前で律義に待っていた。


「あ、こっちでーす、みな……」


「おー、凡海のとこの倅じゃねえか」


 ゲートを出てくる晴比古に声をかけようとした大兄を、目ざとく見つけた瞬光が、なぜか寄ってきた。


「ひさしぶりだなあ、ずいぶんでかくなって、横にだが」


「ヒカル、さん?」


 瞬光が大兄の背中をばんばん叩く。


 何故、という悲痛な思いを乗せた視線を大兄から向けられた開葉と晴比古は、各々、瞬光について説明した。


「私の元上司です」


「僕の師匠の兄妹弟子です」


 納得したような、そうでもないような大兄たちに、今度は晴比古が問うた。


「で、コレとは、どのような御関係で?」


「御関係ってほどのもんじゃないけどさ」


 問われていない瞬光のほうがしゃべりだした。


「こいつの親父の家で半年ほど世話になったことがあるんだよ。もう十年以上前かなぁ。あのころ初々しい高校生でなあ大兄クンは」


 ゲホンゲホン、と大きくせきこんで、大兄は瞬光の言葉を消す。


「あ、あの、その辺の話は後ほど、ということで、ホテルに行きましょう」


「はじめまして、ヒカルさん、と、おっしゃるんですか?」


 佳海が瞬光と大兄の間に割って入る。


「あ、それ、昔の呼びかた、今はシュンコウって言うんだ。坊主みたいなことやってるから」


「なまぐさ坊主です」


 瞬光の自己紹介に開葉がつけたした。


「社長がお世話になりました。私、社員の凡海佳海と申します。この子たちも社員で、潮見、凪沙、洋行」


 佳海にうながされ、どーもー、ちわーす、ナイストゥーユー、などと三人は思い思いに挨拶した。


「ほー、大兄クンは社長か、立派になったなあ。あの皮もむけきってなかった大兄くんが……」


 わー、と大声でさえぎる大兄。開葉が瞬光の首根っこをつかんで引っ張る。


「いたっ、イタい、こら、アキ、放せ」


「あのー、先にチェックインしますので、また後ほど〜。夕食はこちらで予約しましたので、落ち着いたら連絡しまーす」


 瞬光をタクシーにつっこんだ開葉は、短く手を振り、自分も乗り込んで瞬光をさらに奥へと押し込む。


 晴比古が助手席に着いたところでタクシーは走り出した。


「私たちもホテルに行きましょう」


 声もなく立ち尽くす大兄に、佳海が言った。


「あ、ああ、そうだな」


「夕食、楽しみですね。いろいろ楽しいお話も聞けそうですし」


 佳海の言葉に、すでに蒼白だった大兄の顔からさらに血の気がひいた。




 あら鍋はほぼ空になり、雑炊用の椀が各人に配膳された。ご飯を入れて鍋にふたをする。


 皿に残った料理をつまみながら、しばし談笑となった。


 宿泊したホテルの小間を貸切っての夕食だった。


 大兄は晴比古の隣に陣どった。幸い瞬光は開葉をはさんでむこうにいってくれた。なぜか凪沙と盛り上がっているらしい。


「そんでさあ、そいつのタマつぶしたら、けひゃ、とか言いやがんのよ」


「きゃははは、すごーい。でも、そんな簡単につぶれるもんなの?」


「簡単、簡単、こんど、つぶし方、教えてやるよ」


 佳海は大兄の隣についている。良かった、と大兄は思う。


「で、明日はどうします? 十日恵比寿神社とかですか?」


 大兄が晴比古に話しかける。


「いや、あそこは、えびすはえびすでも商売繁盛のほうですし、新しいですから、今回の話には関係ないかと」


「じゃあ、古いと言ったら、住吉神社は?」


「住吉三神ですか、たしかに悪くはないですが、あ、ありがとう」


 椀に盛られた雑炊に礼はするものの、手をつけようとはしない晴比古である。


「唐津に行こうと思います」


「唐津、ですか」


 大兄には少し意外だった。


「末廬国までさかのぼるんですか、奴国ぐらいからはじめるのかと思っていましたが」


 魏志倭人伝に出てくる国の中で奴国まではほぼ比定されている。奴国は福岡平野付近の国で、ここまでは近畿説も九州説もあまり差はない。耶麻壹に行くのであれば、奴国からはじめるだろうと大兄は考えていたのだ。


 晴比古は、夢想仙楽のグラスを干して、話しはじめた。


「まあ、末廬国、ということもあるのですが、この近くの神社は、神宮皇后にまつわるものが多くて、祭神が住吉三神というのがほとんどです。考え方にもよるでしょうが、邪馬壹の経由地には、ちょっと」


「でも、唐津神社も住吉三神のはずですが」


「そう、その通り、でも、あれは、ちょっと面白い」


 晴比古は夢想仙楽を空になったグラスに注ぐ。その琥珀色の液体はウィスキーかブランデーのようにも見える。


「神田宗次が夢占によって宝鏡を得た。その鏡が、三韓渡海の折に神宮皇后が海に投げ入れたものだ、というので住吉三神を奉るようになったんですが、それは神田宗次がそう言っているだけで、あまりあてにはなりません。鏡の入った箱が浜に流れつくまでには、水波能女神を奉っていたようで、現在は相殿に奉られています」


「水波能女神、ですか」


「ええ、伊耶那美命のおしっこから生まれた神様で、まあ、それ自体は、そんなに重要ではないと思いますけれど、その鏡の出た時期が面白いんです」


「鏡の出た時期?」


「天平勝宝七歳といいますから、孝謙天皇の御世です」


 大兄の目が大きく見開かれたのを認めて、晴比古は話を続ける。


「その六年後、天平宝字五年に道鏡が孝謙天皇の病を平癒し、歴史の表舞台に出るわけです。そして、その道鏡の死とともに豊玉は行方知れずに」


「偶然というには出来すぎですか?」


 さあ? と晴比古はグラスの縁を舐めて、思いにふけった。

「耶麻壹に来い、とは言われてますが、案内を請け負ってくれた亀を探すのが先決ですし、やはり豊玉に絡めたほうが、回り道のようで結局は近いのではないかと」


 皆、水菓子に箸をつけている。夕げとしては、どうやら頃合いだ。


「明日は唐津に行きます」


 晴比古が言った。


「まだ寝るには早いと思いますが、みなさん、明日は寝坊しないでくださいね」


 適当にバラバラと座を立った面々に流されながら、座敷を出ようとした大兄の肩を掴んだ者がいる。


「お前は、ちょっと付き合え。まあ、悪いようにはしないから」


 瞬光だった。佳海がすかさず、私も、と立ち上がったが、その手を引く者がいる。


「部屋に帰ってUNOしようよ。人数多いほうが楽しいよ。みんな来るって」


 開葉の誘いを辞そうと口を開きかけた佳海だったが、それにかぶせるように開葉が笑んだ。


「佳海さんは、こっちに来るのよ。心配しないで、大兄さんのほうにはコレだけじゃなくてキョージュも行くから」


 断れるような雰囲気ではなかった。佳海は小さく、はい、と言った。大兄にいたっては、誰も彼の意見を聞く者などいなかった。

 


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