蛭子(17)
「どうしたの?」
尊子はドアを開けて中をのぞいた。初美の部屋は真っ暗だった。
初美はベッドの中でふとんをかぶって丸まっている。
「なんでもないよ」
返事はあったが、ふとんからは出てこない。
尊子は部屋の灯りをつけた。
「晩ご飯は?」
「いい、食べない」
いつものこと、と言ってしまえば、いつものことだが、やはり尊子は娘のことが心配だった。
初美は普通の娘ではない。そのことを自分でもよく知っている。普段は平然と振る舞ってはいるが、そのギャップを飲み込むことができなくなると、ひとり、ベッドで丸まるのだ。
「何か欲しいものない?」
「あるよ」
初美はふとんから顔を出した。
「賀茂晴比古」
「あれは、やめときな」
尊子は笑っていなそうとしたが、あまりうまくできなかった。
「ちょっと術の心得があれば、あれには誰でも惹かれる。でも、それって恋愛とかそういうのじゃないから、あの霊力に惹かれるのよ。久遠寺レイカ、知ってるでしょ。ママの知合い。あれも勘違いしている。キョージュのあれは、誘蛾灯みたいなものよ。霊力に惹かれて魂まで焼き尽くされる」
「それでもいい」
初美はベッドの上に座り込んで言った。
「どうせ普通の恋愛とか無理だし」
「そう、あきらめたモンでもないよ。人生長いんだし」
「ママはパパがいるからいいじゃない。あのクラスは何人もいないんだよ」
「普通の人が相手でもいいでしょ」
「それはアタシが嫌なの」
「……そうだね」
初美はベッドから降りて、勉強机の椅子に腰かけた。
「わかってるよ。キョージュには、アキハがいるんだもんね」
「そうだね」
「今度は九州に行くんだよ。二人っきりで。新婚旅行みたい」
「シュンコウも一緒だよ」
「ほんと?」
初美の瞳は一瞬だけ輝きを取り戻したが、すぐまた、光を失った。
「アタシってば、嫌な女だよね」
「あたしの娘だからね」
尊子は初美を引きよせ、頭を撫でた。
「でも、初美はママより素直だし、かわいいから、きっと大丈夫だよ」
「アキハ、かわいいからなあ」
初美は立ち上がり、両手を上げて伸びをした。
「相手がアキハじゃなきゃ、もうとっくに奪ってるのに」
「キョージュの好みとかは無視?」
「えー、男なんて、若い娘のほうが好きなんだよ。若けりゃどうにでもなるよ」
「なら、奪ってみれば?」
「え?」
初美はまじまじと尊子の顔を見た。
「いいの?」
「さあ? どうなんだろ」
尊子は久遠寺の力を使って未来をかいま見たことがある。未来は何も定まらず、混沌としていた。久遠寺になら、あの中から何かを見つけられるのかもしれないが、尊子には無理だった。
「なるようにしかならないし、ダメモトでいいんなら、やってもやらなくても大差ないでしょ」
「そっかあ、そうだね」
やっと初美に笑顔が戻った。
「じゃあ、アタシも九州行っていい?」
「それは、だメ」
「なによぉ、あれだけたきつけておいて、ヒドイ」
「当たり前でしょ、学校あるんだから。未成年はおとなしく勉強してなさい」