蛭子(14)
「ただいまぁ」
日帰りの予定だったのだが、結局、一泊してしまった。おまけに邪馬壹とやらに行くことが決まってしまったようで、とりあえず、明日には福岡に発つのだそうだ。
晴比古は、東京駅に着いたその足で本部に行ってしまったので、荷作りは開葉がすることになった。面倒なことだ。
「オカエリ、アキハさん」
「あ、シモン、お留守番ご苦労様、これお土産。シモンはアンコ大丈夫?」
「アンコ、ナニデスカ?」
「ん〜、ソイ、ビーン、ペースト、これじゃ味噌か。スイート、ソイ、ビーン、ペースト、なんか違う。まあいいや、食べてみて」
「オー、エビスヤキ、デス。ダイスキ、アマイヨ」
マッツァリーノは、ほくほく顔で包みを開ける。何で、ゑびす焼き、とか知ってるんだろう、変な外人だなあ、と開葉は思う。
「アキハさん、オキャクサン、キタヨ。ニカイ、ネテルヨ」
マッツァリーノが言う。ゑびす焼きを頬張りながらなので、発音がいつにもまして変だ。
「二階? 寝てる? 誰?」
「シュンコさんダヨ」
「ああ」
瞬光は開葉の元上司である。いまは詰所には属しておらず、単独で行動している。素行が悪い。
触らぬ神にたたりなし、だ。無視するに限る、開葉は思った。どうせ明日からまた出かけるし。
「あのね、シモン」
「ナニ? アキハさん」
「明日から、また出かけるの、私とキョージュ。だから悪いけど、また、お留守番お願いね」
「おーけー、おーけー、オシゴトタイヘンダネ。オルスバン、ダイジョブダヨ。イテラッシャイ」
「うん、よろしくね。お土産買ってくるから」
「ドコイクデスカ?」
「福岡、そこからいろいろ、私もよくわからないんだ」
「カラシメンタイ」
「よく知ってるね」
「カラシレンコン」
「そ、そう」
「サツマアゲ」
「う、うん」
「カラスミ」
「わかった、どれか買ってくるよ」
「サケノツマミ、デス」
いらんこと教えてるヤツがいるな、開葉は思った。誰かということは聞くまでもない。
開葉はバッグから巾着袋を取り出した。豊玉を取り出し、神棚に乗せる。
「オー、タマチャン」
マッツァリーノは喚声をあげた。悲鳴ではない。彼も慣れてきたようだ。
「タマチャン、ゴキゲンダネ」
「玉ちゃんの故郷へ行くんだよ。私たち」
「ホームタウン、タマチャン、イッショ?」
「一緒だよ。邪馬壹って言うんだって、玉ちゃんの故郷」
「ヤマイチ、フルサト、イイデスネー、タマチャン、オミヤゲヨロシクネ」
マッツァリーノの願いを聞いたものか、豊玉は、ぽっ、と小さく輝いた。
夜になっても瞬光は二階から降りてこない。そのころには開葉はすっかり瞬光のことは忘れていたので、三人分しか夕飯を作らなかった。帰ってきた晴比古とマッツァリーノ、それに開葉の三人で夕食をとり、翌日は出立ということもあって早く寝た。
羽田発は十一時だったが、開葉は六時に目を覚ました。朝食の用意をしていると二階から降りてくるものがある。
紺のジャケットにタイトスカートという格好に、大ぶりのスーツケースを抱えて、瞬光が階段を降りてくる。
「何ですか、シュンコウさん、その女子レスラーが女装したような格好は」
開葉は思わず声をあげたが、相手が瞬光でなければ、かなり失礼な物言いである。
「しょうがないだろ、こういう格好しないと、飛行機乗るのに、いろいろ面倒なんだよ」
「シュンコウさん、飛行機乗るんですか?」
「だって、オマエらが乗るっていうから。本当は乗りたくないんだよ、飛行機なんか」
スーツケースを廊下に置いた瞬光は、手をあげて神棚に声をかける。
「よっ、オマエが豊玉か。長旅になるみたいだが、よろしくな」
開葉が瞬光に言う。
「まるで一緒に行くような口ぶりですけど」
「一緒に行くんだよ。邪馬壹まで」
「何で?」
「知るかよ。タモンに行けって言われたんだ。詳しいことはキョージュに聞けとさ」
開いた口がふさがらない、開葉の思いを知ってか知らずか、豊玉は朝の光を浴びて虹色に瞬いていた。