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蛭子(11)

 

「大兄様」


 凡海佳海の呼びかけに、大兄はむっつり顔で返事する。


「社長、って呼んでくれよ。無い金はたいて、わざわざ株式会社にしたんだから」


 佳海は、くすっ、と笑った。


「そうでしたね、社長」


 凡海コーポレーションは、凡海大兄100%出資の株式会社である。社長もあわせて五人の零細企業だ。


 社員は全員、凡海姓である。同族会社というよりは、凡海衆の中で大兄を慕うものが集まり、その面倒をみるために大兄が会社を作った、というのが正直なところだった。


 給料を払う、と大兄が言い出したときには、佳海を筆頭に皆が驚いた。もとより自分の糊口ぐらいは自分で凌ぐつもりの四人であったから、いちおう断ってはみたのだが、大兄が頑として聞かない。そのまま正社員で入社、ということになった。


 会社といっても仕事があるわけではない。定款には、調査事業等、などともっともらしいことを書いているが、大兄も当てがあって始めたわけではないのだ。大兄らしい、というのがこの件について、社員のもっぱらの評判だった。


「それで、社長。豊玉が西宮まで来ています」


「何? 本当か?」


「潮見と凪沙がついています。間違いありません」


 年寄りどもに言われるまでもなく、大兄も豊玉の出現は察知していた。いきなり東京、というのは大兄にとっても意外だったが、社員三人を動員して探させたのである。賀茂晴比古と陶開葉の手に入った、という知らせを受けた時は、正直、たまげた。こりゃあ手が出せない、というのが、大兄の本音だったが、そのままあきらめるのも忍びなく、人員を二名に減らして、その後も様子を探らせていたのだ。


「西宮と言えば、ここから目と鼻の先じゃないか。えべっさんか?」


「はい」


「洋行はどうしてる?」


「自宅にいるはずですが、呼びますか?」


「あ、いや、直接、西宮に、二人に合流するよう言ってくれ。こちらも出よう」


「はい」


 ノックもなしにオフィスの扉が開いた。


「あら、思ったよりまともな事務所ね。噂では、青息吐息、と聞いていたけど」


 入ってきたのは女だった。


 純白のチャイナドレスの胸には大輪の薔薇の刺繍が咲いている。黒貂のコートを羽織った女の頭は、中世フランスの王女みたいな髪型だった。


 唖然として、言葉もでない大兄と佳海に、女は言った。


「あなたに忠告があるの。聞いていただけるかしら?」


「聞こう」


 女の迫力に気圧されながらも、大兄は言った。


「あなたの追っている豊玉。あれ新物よ」


「何だと?」


 大兄の驚いた顔に、満足そうに女はうなづいた。


「新物の意味はわかったみたいね。ならいいわ」


「あれが、新物なら、俺たちには何の権利もないな。あの爺婆ども、いいかげんなこと言いやがって」


「あなたがバカじゃないみたいで安心したわ」


「どういう意味だ?」


「アタクシ、バカは嫌いなのよ」


 それじゃ、と踵を返した女の背中に、大兄が声を飛ばす。


「ご忠告ありがとう。だが、あんたの思惑は何だ」


「数奇屋稀介の娘に手を出さないでもらえるかしら? おわかり?」


「賀茂晴比古のほうは手を出していいのかい?」


「ダーリンに? あなたが? 本気で言ってるの?」


「本気なわけないだろうが。もののついでだ、あんたに聞きたいことがある」


「あら、何かしら」


 女は振り向いて、大兄の顔を見据えた。


「俺たちは、これからどうすればいい?」


「それをアタクシに聞くの?」


「ああ、あんた、そういうの得意なんだろ」


 女は、ふっ、と笑んだ。雪女が笑ったら、たぶん、こんなだろう、と大兄は思った。


「賀茂晴比古に会いなさい」


 女は言った。


「彼らの持っている豊玉は新物だけれど、追いつづければ、そうでない豊玉も絡んでくるかもしれない」


「そいつは、朗報だ。ありがとう、あんたのファンになりそうだよ」


 女はもはや一言も発せず、現れたときと同じように唐突に去っていった。


「おっかねえ女だな」


 大兄は緊張から解き放たれて、椅子に深々と座り込んだ。


「何者でしょうか?」


 佳海がたずねる。その声はかすかに震えている。


「久遠寺レイカだろ、霊峰友愛の」


 大兄が答えた。


「あんな格好で真っ昼間から表を歩けるやつなんて、キャバクラの姉ちゃん以外だと、俺はレイカ様しかしらないよ。噂以上だな、ありゃ」


 そして、佳海の顔をまじまじと見てから、大兄は笑った。


「本当に、あれがお前と同じ女だとはとても思えないよ、佳海。それとも、お前も修行するとあんな風になっちゃうのかい?」


「無理でしょうね」


 佳海は答えた。大兄の言い方に、ひっかかるところもないではなかったが、正直なところ、あれは、成ろうと思って成れるものではない、と佳海も思った。



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