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蛭子(10)


「あ、それがおいしいですよ。神戸ステーキ弁当」


 大阪に向かう新幹線の中、晴比古に奨められるままに駅弁を買った開葉だったが、おまけのハーフボトルのワインを取り上げられる。


「これは僕が飲んでおきますので」


 そういうことか、と内心腹を立てたものの、どっちにしろ払いは晴比古なので、まあいいか、と思う開葉である。


 初美の話から、豊玉の贈り主は西宮えびす神社ゆかりの者だろう、と晴比古は言う。


「国産みの儀、と亀が言っていますからね。伊耶那岐命、伊耶那美命の最初の子供が蛭子ですから、間違いないと思います」


 そういうわけで、西宮詣でになった。


 晴比古だけ行けばいいだろう、と開葉は思っていたのだが、豊玉も連れていくと晴比古が言う。


「アキハさんがいないと、玉ちゃん、落ち着きませんから」


 そうせがまれて、結局、開葉も同行することになった。玉ちゃんのことを出されると、開葉も断りづらい。


 二人は、誰に言われるでもなく、豊玉のことを『玉ちゃん』と呼んでいた。


 巾着から出された『玉ちゃん』は小さな台に乗せて窓際に置かれている。ガラス越しに景色が移り変わる様に興奮するかのように、豊玉は鈍色に輝いていた。


 大阪から私鉄に乗り換え、二十分ほどで西宮につく。


 正月恒例の福男選びで有名な西宮神社は、えべっさんの総本社でもある。


「ここから本殿にむけて何千人も駆け込むんですか?」


 大門をくぐりながら、開葉は晴比古に問う。


「そうみたいですねえ。まあ、福男よりは、その前の晩の忌籠りのほうが祭事としては重要ですが」


「忌籠り?」


「家の中でじっとしているんです。外に出てはいけない、見てもいけない、というアレです」


「何かが来るの?」


「来ますね。だからこそ、その後に福がもたらされるわけですが。さて」


 拝殿まで歩いて来て、晴比古は困ったように開葉に問う。


「これからどうしましょう?」


 家を出るときから嫌な予感はしていたのである。こいつ、やっぱり、なにも考えてなかったんだな、と、いまさらながらに開葉は思う。


「どうしよう、って言われても私も困ります」


「アキハさん、何か感じませんか? 何なら少し外して」


「やめろ、急にそれするな」


 開葉の剣幕に晴比古がたじろぐ。開葉はもともと霊的にかなり感受性が高いのだが、晴比古の場の中では中和されて、ほとんど何も感じずにすむ。開葉にとってはすこぶる快適なのだが、霊的な何かを探すときには不都合である。晴比古はときどき場を外して、開葉を探知機代りに使うことがある。開葉はそれを怒っているのだ。


「そう言われても、僕だと何もわからないんですよ」


 その絶大な霊力から、賀茂家のリーサルウェポンと術師仲間から恐れられている晴比古だが、欠陥はいくつもある。そのひとつが、霊的に極めて鈍感なため、何かを感じることが、まったくできないということである。


「そのために、わざわざ玉ちゃん連れてきたんじゃないですか」


 開葉はバッグからちりめんの巾着袋を取り出す。


「あ、そうか、そうでしたね」


 やっぱり、こいつ、阿呆だ。開葉は心の中で舌打ちした。


 巾着を開けて中身をのぞこうとした開葉に、もうし、と声をかけてきたものがある。


 声のほうに振りむくと、黄の狩衣を着た老人であった。


「これはこれは、遠路はるばる、ようお越しくだされました」


 あ、どうも、と開葉は頭を下げた。宮司さんかな、とも思ったのだが、それにしては様子がおかしい。


 老人は豊玉を見やり、目を細めながら、うなづく。


「この子もよう女神様になついて、この爺めもうれしゅうございます」


 アキハさん、と晴比古が開葉の耳許でささやく。


「誰か来ているんですね」


 開葉は晴比古の顔を見てうなづく。晴比古にはこの老人が見えないのだ。とすれば、この老人、人外の者に違いない。


「男神様、女神様、おそろいで蛭子の宮においでくださり、有難う存じます」


 とっさに開葉は老人の言葉を復唱した。


「おとこがみさま、おんながみさま、おそろいで、ひるこのみやにおいでくださり、ありがとうぞんじます」


 開葉の言葉に、晴比古は、さきほど開葉の向いていた虚空に向けて答礼する。


「こちらこそ、有難き御進物を頂戴いたし、恐縮しごくに存じます」


 晴比古の言葉は直接、老人に聞こえているらしい、すぐに返事があった。


「お気に入られたようで何よりで御座います」


「おきにいられたようで、なによりでございます」


「贈り主様にも御礼致したく、ご案内願えますでしょうか」


「何と、案内せよと申されますか」


「なんと、あないせよともうされますか」


「叶うなれば、出来ますなれば」


「案内するは容易なれど、主が居座は遠くにござる」


「あないするはよういなれど、あるじがきょざはとおくにござる」


「遠くとは、いかほど」


「地の果て、海の底、そのまた地の底にございます」


「ちのはて、うみのそこ、そのまたちのそこにございます」


「そこを重ねてお願い申し上げます」


「それほどの御覚悟なれば、邪馬壹においでなされ」


「それほどのおかくごなれば、やまいちにおいでなされ」


「邪馬壹にござりますか。邪馬臺ではござりませぬな」


「邪馬壹にござります。邪馬臺ではござりませぬ。後のものが先のものを写し違えた例はあれど、先のものが後のものを違えた例はござりませぬ」


「やまいちにござります。やまたいではござりませぬ。あとのものがさきのものを、うつしたがえたれいはあれど、さきのものがあとのものを、たがえたれいはござりませぬ」


「では邪馬壹へ参りましょう」


「では邪馬壹でお持ちしております」


「では、やまいちで、おまちしております」


 老人は、後づさりではなく、ただ、すっと、後ろに下がり消えていった。


「亀ですか?」


 開葉が問うた。


「亀でしたね」


 晴比古が答えた。


 袋の中で豊玉は静々と輝いている。




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