最推しはセレストでも現実世界でも。
早速セレストの掲示板に冒険者酒場のPT募集が有るかを血眼になって探し始めた。
掲示板を開く、無い。掲示板を更新、無い。
数分置きにそれを繰り返す。
ストロングチューハイの安いアルコール臭さが心地良いと感じられるようになるまで、ただひたすらに。
だが、残念なことに募集は見当たらなかった。
妹から話を聞いたのが22時。気付けば時計の針は深夜1時を指していた。
ちなみに、PC脇には空き缶が4本だらしなく置かれている。
まあ、大体の時間も曜日も情報が無いのだから、そう上手く見つかる訳もないか…。
正直かなり期待して居た為、落胆も大きかった。
仕方ない。
最後にもう一度だけ掲示板を更新。
やっぱり見当たらない。
諦めてログアウトボタンをクリックする。
私はセレスティアサーガが発売されてからは1日も欠かさず毎日このゲームにログインしている。
だが、MMORPGだというのにその醍醐味の恩恵を全く受けないソロプレイヤーだった為、冒険者酒場などの募集は見たことが無かった。
基本的にソロプレイヤーに便利な自動マッチングシステムを利用するし、高難易度クエストはそれ専用の掲示板があるからだ。
今日、冒険者酒場の募集こそ見つけることは出来なかったが、その他に分類される掲示板には、なかなか私には珍しい募集がちらほら立っていた。
例えば、クイズに正解したら少し集めるのが面倒なドロップ品をくれるとか、一緒にフィールドを巡って集合SSを撮りましょうとか。
そういう遊び方もあるんだなぁ…なんて新しいセレストを感じられた。
これは益々冒険者酒場への期待値が上がると言うもの。
とりあえず、明日の仕事に響かないようにもう寝よう。
空き缶の片付けは…明日で良いや。歯磨きももう遅いし朝起きたらで。
こういうところが駄目人間な部分なんだろうとは思うが、面倒臭いものは面倒臭いのである。
とりあえず、酒場で出会うだろうイケメンエルフィンのマスターを想像しながらその日はベッド潜り込んだのであった。
「ちょっと‼︎買ったみかんが痛んでいたのだけれど⁉︎」
おばちゃんが物凄い形相で目の前に来ると、ドゴっとレジ台に段ボール箱を乱暴にお置いた。
欠員が出て朝イチから呼び出しをくらい出勤してみれば、開店と同時にクレーム対応である。
「大変申し訳ございません、只今担当を呼びますので少々お待ちくだ…」
「担当なんてどうでも良いのよ‼︎別の商品と交換するだけで良いのだから早くあんたが持ってきなさいよ‼︎」
昨日、やはり多少なりとも興奮していたのか、布団に入った以降なかなか寝付けずに朝を迎えてしまった。
社会人としての自覚が足りないと言われてしまえばそうなのだが、とにかく眠かった。
そこにおばちゃんの怒号が響くものだから、なんだか頭が痛いような気もするし、イライラもする。
この時期にみかんの箱買いで傷みが見つかるクレームは少なくない。
商品の性質上であったり、段ボール箱での販売方法が要因だったり。
勿論、大抵の場合お客様は全く悪くないので、こちらが謝罪と交換をするのが筋である。
だが、どうしても対応に担当を呼ばないといけないお客様も居るのも事実。
みかんを箱買いして1週間後、ほぼ食べ切った状態で一つの痛んだみかんと新たな箱を交換しようとする方とかね。
死にゲーと呼ばれるジャンルのボスに一瞬でやられるのも理不尽だが、このおばちゃんに毎回いちゃもんをつけられるのも、なかなかに理不尽である。
とりあえず担当が来るや否やおばちゃんは別のカウンターに連れて行かれ、なんやら怒鳴り散らしていたが流石に担当も慣れたものだ。
毎度の処理対応で事は済むだろう。
「あの。」
「はい⁉︎」
不意に声を掛けられて驚く。
カウンターを眺めていたものだから、自分のレジに注意が向いて居なかった。お客様だ。
「ゼロゼロ、棚にあったのこれが最後なんで入れておいてください。」
「は!はい↑→↓↓↑」
恥ずかしい程に声が裏返る。いや、程じゃなくて普通に恥ずかしい。
ふおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎
同い年ぐらいの男性で、身長は高め。
中性的で整った顔立ちに、スラッとした体格。
白くてしなやかな指先で小銭を取り出すと、トレーに静かに置き…。
何を隠そう。
リアル世界における私の最推し、通称「エナドリ君」である。
「あ、ゼロゼロですね!?かしこまりました!っ!っ!」
彼は毎朝一本ゼロゼロというエナジードリンクを買いに来る。
出勤が早くて運が良いと私のレジに並ぶことがあるのだ。
もう並んでくれたらその日は特殊ステータスの幸福力に完全に守られていて、おばちゃんのデスアタックなんて1ミリも食らわないのである。
むふふふ…平然を装って会計を進めているが、多分下心が顔に出ている気がする。
と、ゼロゼロの缶に目を落とすと、そこには見慣れたキャラクターが描かれていた。
「あ、キャンディちゃんだ。」
ボソッと、だけどハッキリと口に出してしまっていた。
そう、そこにはセレスティアサーガで最も人気のあるキャッテールの女性キャラクター、キャンディちゃんが描かれていたのである。
うわあああああああああああああああああああああ‼︎
よりによって最推しの目の前でヲタバレしなくても良いじゃないかぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎
て、そもそもセレストを知らないよね⁇きっと。
でもこういうイラストがどんなものかは知っているよね⁉︎
「袋要らないです。」
一方、エナドリ君はキャンディちゃんの単語は聞こえていたであろうが、袋の有無を聞くことすら恥ずかしすぎて意識が飛んでいる私を完全スルーしていた。
「ありがとうございました…。」
実はエナドリ君はセレストのイケメンNPCであるグランデールに似ている。
そのグランデールがまた強くて、カッコよくて、特に酒場で仲間を諭すシーンなんかは最高で。
もう一緒にそこで飲みたいと何度願ったことか。
なんだろう、別に始まっても居ないのに、恋が終わった気がした。
ただ私が勝手に惚れていただけなのに、ヲタバレして幻滅された気がした。
正確には幻滅する存在にすら慣れて居ないのだが。
むしろ空気以下。自虐に走るしかないだろこの状況は。
それにあんなイケメンと私が結ばれる訳がないのよ最初から。
きっと彼女はキャンディちゃんみたいなとびきり可愛い子なんだろうなとか思ったりして。
グランデール、そういえば君は最高難易度の3邪神を倒した私を褒めてくれたが、恋愛攻略対象では無かったよね。
そしてリアル世界のグランデールも、私には遠過ぎる存在だったぜ…。
うん、私本当に一生彼氏が出来ないのでは⁇
ここまでの思考回路が全てゲームを主軸としているのには流石に気付いたさ。
認めたくないが、まともな現実の恋がすらできないのではと確信に変わりつつあった。