第一環ー神々をも殺した英雄
突如として現れた人間。
彼を知っている人間は口を揃えてこう言う。
“決して敵にするな”と。
“彼を敵に回すくらいなら国を捨てたほうがマシだ”と。
“神でも負けるであろう”と。
―
類誉
彼は前世人類最強と呼ばれていた。
殴った者の拳が壊れ、殴られた者は肉片すら残らなかったという。
一切の武器は持たず、全ては己の肉体だけで屠ってきた。
類誉は闇へ消し去られた。脱獄を13回許してしまったのは極一部の人間しか知らない。
100年を経った今、類誉の名を知る人間は誰もいなくなった。
―
「1000年という魂の牢獄に囚われてなお、消滅せず、保とうとするその意思たるや」
「一体何がそこまで駆り立てるのか」
「死してなお、生にしがみつく理とはなんぞや」
誉「生きるは人間の性、身が朽ちようとも魂までは穢せぬ」
「神をも恐れぬその戯言、愚者か或いは…」
誉「ならば試してみるといい、我は神如きに遅れをとらん」
「その腐れ口、どこまで保つのやら」
誉「我が人である以上、一切の油断はない」
「それでは神の審判を直々に下すこととする。牢を解け」
―
「幾千の人の命を奪い去ったとて、そのような力は神には及ばぬことを1000年以上の時をかけ、魂に刻み込もう。それまで其方が保てばの話だがな」
誉「口上は済んだか」
「その余裕、いつまでもつか楽しみだ」
誉「なんだ、得物は無くていいのか」
「人間如きに得物を使う道理が見当たらぬ」
誉「負けた時の言い訳にならぬぞ、本気で屠りに来い」
「戯けが…後悔するがいい。ギガントマキア、アイギス、アダマスよ、ここに」
空を裂き、遺物が神を装飾する。
荒れ狂う天は絶望を表すかの如く。
「一切手出しはない。安心して神とのタイマンに臨むがいい。これは絶対である」
誉「感謝しよう。死ぬ前に貴殿の名を教えてはくれまいか」
「ほう、今更乞いの準備か。よかろう。我が名はゼウス。主審にして最高神である」
『それでは主神ゼウス様による直々の裁きが降る。皆のもの刮目せよ』
誉「八百万の神々か…」
ゼウス「潔いものだな、心の乱れが一つもないとは…まるで私に勝てるかの如く」
誉「神だろうが、仏だろうが今更信じる必要はない。俺の苦行の時に誰も手を貸さなかったのだからな…」
ゼウス「嘆かわしいことよ…」
『それでは…裁きを』
ゼウス「刮目せよ!」
誉「嘆かわしいだと…」
ゼウス「この一撃を喰らい、散るがいい!」
轟音と共にゼウスが手にするアダマスに雷が宿る。
振り下ろすは類誉の脳天に一撃。
―
「あれがゼウス様の本気の一撃…ステージのほとんどが消し飛んだぞ…」
「最高神所以だな」
「魂に救済を…」
ゼウス「なん…だ…と…?」
誉「これが全力か…それこそ嘆かわしい…武器を扱いこの為体…貫手も防げぬ鎧などなんの役にも立たぬ」
ゼウス「ぐ…」
『ゼウス様ぁ!』
狂気と化した。主神であり最高神のゼウスが一人間の一撃で命を賭した。
無傷の人間に謎の液体を流すゼウス。これは人間と同じ血液なのだろうか…。
赤くも流れる液体は人間の血液となんら変わりなく見える。
誉「形を保てただけ神というわけか…」
アイギスを持つとゼウスの身体が光となり、アイギスに吸収される。
身体に衝撃が走る。
今までになかった極限の痛み。
血反吐を吐きながらも耐えた…。
誉「次は誰だ」
アイギスを納め、問う。
返事は返ってこない。
誉「驕りに胡座をかいた愚かな神々ども…己らはそのまま死せるか」
問いに解が返ってくる。
「弟の無念…我が晴らそうではないか」「魂牢でも治らないその根性を叩きのめすか」
『ポセイドン様にハデス様…』
誉「ほう…二神か」
ハデス「我とて人間に劣る要素は一つも感じない。だがゼウスを一撃で葬ったお前はすでに人間ではないのであろう」
ポセイドン「神殺しは禁忌…輪廻の輪からも外れるだろう。無に返してやる」
誉「すでに武装済みとは…抜かりないな」
ハデス「神を殺しているんだ、こちらとて本気を出さざるを得まい」
ポセイドン「我がトリアイナ」
ハデス「我のバイデントの前に朽ち果てるが良い」
『まぐれでも神を殺した人間を葬ってください!』
ハデス「まぐれだと…彼ものの実力は本物だ」
ポセイドン「だが、我らの前に敵はなし」
二人に槍が交差する。
直後、ハデスの姿が消える。
ポセイドン「幾千里の海をも劈く突き…受けるがいい」
土煙をあげ、観る者の前から消える。
直後、誉の後ろにある客席が消し飛ぶ。
事前に逃げていた神々に被害はなかった…。
誉「先に攻撃手段を言うとは甘いな」
ポセイドン「なっ…!矛先を片手で受け止めた…だと!」
誉「突きというのはこうするものだ」
右拳を引き、ポセイドンの鳩尾目掛けて放つ。
―
轟音に遅れて煙が立つ。
ポセイドン「た…助かったのか…」
誉「残念だったな」
ハデス「調子に乗るな、お前一人の攻撃では敵わん」
ポセイドン「…」
誉「よそ見をしている暇はあるのか」
ハデス「無論そんな余裕はないだろうな」
誉の首を刈る一撃はギリギリで避けられる。そして姿を眩ます。
ポセイドン「それでは幾千の槍を受けるがいい…!大海の津波」
不可説不可説転…まさに槍の波が押し寄せる。
ハデス「冥獄の業炎」誉の後ろから声が聞こえる。
振り返ると同じく不可説不可説転の槍の波が押し寄せる。
『無への導き』
誉「避ける必要もない」
左手にバイデント、右手にトリアイナ。
誉「如何に数を増やそうが問題ではない。屠れる能力があるかどうかだ」
ポセイドン「槍が抜けぬ…!」
ハデス「なん…だ…この力はぁ!」
誉はくるりと回り、二神を放り投げる。
二神は対極に飛んでいく。
ポセイドン「く…!」
空中で強い風圧を受けながらも体勢を整える。着地をした瞬間、目の前で声が聞こえる。
身体が動かなかった。圧倒的恐怖の前では神でさえも動けなくなる。
誉『無への導き』
ポセイドンの身体が少しずつ。確実に。消えていく。これほどまでに力の差があったいいわけがない。たかが人間如きに…。
身体が消えていく…。無慈悲な拳はポセイドンの肉片すら残さなかった。
光として消え、アイギスに吸い込まれていく。
―
ハデス(ポセイドンが…消えた…何故だ…この圧倒的で無慈悲な力量の差は一体なんなんだ…)
ハデスは姿を消しながらも攻撃の機会を伺う。いずれ、好機が…
誉「焦燥…神でも汗はかくのだな」
ハデス「しま…」
誉「王であれば隠れず居れば良いものを…」
恐怖、そして安堵。
自分の身体が真下に見える。
もう恐怖を感じることはない。仮面の下はどのような顔をしていたのだろうか。
宙を舞う頭は無惨にも落ちる。
体から赤い液体が吹き出し、倒れる。
神々は状況が読み込めなかった。最高神に続き、冥王神、海王神まで死んだ…?
これは何か悪い夢を見ているに違いない。悪い夢なら覚めてくれ…。そう思いながらも目が離せなかった…。
誉「次はどこの神だ」
その目は狩人の目だ。誰も顔を合わさない…。逃げ始めるものまで出始める。
誉「愚か也」
『アレス様!オーディン様!戦神の皆様!全神様!彼ものを滅してください!』
誉「何万の神々を殺せばこの魂は救われるのだろうか」
一人の人間と神々の聖戦は神々の惨敗という悲惨な結果で終わった。
とある神によって記憶を封じられ、とある世界に産み落とされた。
「なんということだ…100万をも超える神々が殺されてしまった…」
「あのお方が帰って来てくださらなければもっと神々はいなくなっていたのだろう…」
「記憶の封印…そして輪廻に入り、次の世界では悪きものとして生まれぬことを願おう」
「あのお方は記憶の封印と共に亡くなられた…もう同じ手は効かない」
「殺された神々は信仰心と共に蘇ることはあれど、自ら命を絶った神は戻らぬ…」
「せめても史上最悪の世界に生まれ、神への冒涜をせぬ前に死せることをただ、望む」
「御方の復活を待つとしよう」
「乱れた神界、天界、冥界の統制もせねばならぬからな…」
「神界から一人の神…天界から5天使…冥界からは罪人二人と物怪が1匹逃れたというが…」
「早く新体制を取らねばならない」
「彼人間はどのような歴史を辿るのか…片目に見ておこう…」
―
「なんだこの子は…こんな神々しい子が今までにいただろうか…」
「連れて帰りましょう。この辺りには悪魔が出ると聞きます」
「そうだな…。大事に育ててやろう」
―
「爺様、婆様!」
「おお、可愛い坊や。どうしたんだい?」
「ホマレ…今日も元気だの」
ホマレ「その…育ててくれてありがとう…。それだけ伝えたくて…ダメかな」
「いい子に育ってくれたもんだ…自然しかなかったとはいえ、よくもここまで育ってくれた」
ホマレ「爺様と婆様のおかげです!こうして十歳を無事迎えられたのも…」
「みーつけたぁ…。誉ぇ…私たちの世界をぶち壊してくれた人間ンン!」
ホマレ「だ…誰ですか!」
「ホマレ!逃げるんだ!こやつからは邪悪な気が満ちておる!」
「早く逃げなさい!ホマレは私たちの宝物なのだからっ!」
「人の世界ぶち壊しておいて良い子様…?おかしいねぇ。おかしいよぉ…私たちの世界をぶち壊したのにさぁぁあ!」
「ホマレには指一本触れさせませんよ!」
「早くっ!逃げろぉ!」
「爺様!婆様!うわぁあ!」
育て親の二人を見捨てて、山道を降りる。
耳を劈く悲鳴が聞こえてもただひたすらに逃げる。
山下の街に着いた時には意識を失っていた…。
懐かしい夢を見た。
まだ5才にも満たない頃、街に降りて来たことが一度だけあった。
しかしその時に攫われてしまった。
見つかったのは三日後だった。
誘拐犯は観念したのか見つかった時には姿を消していたという。
他にも捕まったものがいたのか、血の海があり、その事実を知った爺様と婆様はずっと山から下さなくなった。
それでも意識を失っていたので何もわからないまま山に戻って来ていた自分は不思議で仕方なかった。何度も山から降りたいと爺様と婆様にわがままを言ったらそのことを聞かされたんだっけ。
懐かしい…。
―
ふと、目を開けた前には知らない天井がある。白くて…
「やっと目が覚めたかい?」
誉「あなたは…」
「街医者のバギレーって言うんだ。住人から急に呼び出しを受けてビックリしたよ…まさか5年前と同じ男の子が倒れてたんだから…全く」
誉「5年前…あの誘拐事件ですか?」
「ほう、覚えているのか。ジジイとババアにでも聞いたか」
誉「爺様と婆様と知り合いなのですか?」
「ジジイとババアは腐れ…」
誉「爺様!婆様!」
「どうした急に大声をあげて!」
誉「変なものが我が家を襲って来たのです!世界を壊したとか世迷言を言って!それで爺様と婆様が…」
「なんだって!?それは本当かい!?」
誉「早く…爺様と婆様を…」
「お前はここで待ってな!」
―
誉「爺様…婆様は…」
「残念だが…家は壊れ、人の姿すら見当たらなかったよ」
誉「そんな…」
「ん…お前の服から何か覗いているな」
誉「…婆様からの手紙だ…」
『この手紙が読まれているということは私たちに何かあったようだね…。それが自然な死ならどれだけ嬉しいことやら。もう十を超えれば仕事につける。楽しみなさい。婆、爺』
『お前たちがあいつを育てたんだってなぁ…知らなかったよ…こんなにも近くにいるなんてな…』
「お前…」
『今の冥土は嘸かし寂しかろう。二人纏めて逝くといい。罪人を育てた罪人よ…』
「ふざけるなぁあ!!」
―
「それでどうするんだ?その変なやつに見つかるわけにもいかまい?」
誉「ギルドに入ろうと思います…他の街の」
「ここから出ていくのかい?一人じゃ危なくないか?」
誉「もう子供じゃ居られないんです…」
「そうか…どこへいくんだ?」
誉「のらりくらりと行こうと思います」
「少し待ってろ…」
―
「これはあのジジイとババアの遺産だ」
誉「こんなお金…どこから…」
「たまに山から降りてただろう?その時に色々売って稼ぎにしてたんだよ。それを私に預けてたってわけさ」
誉「爺様…婆様…」
「今日はもう遅い。出るなら明日の朝から出るんだな。日が昇り切る前に船が出る」
誉「…」
「風邪…ひくなよ」
―
誉「ありがとうございました」
「ああ、いずれ帰ってこいよ」
誉「…爺様と婆様のお墓。お願いします」
「ああ、でも良いのか?ほとんどの金を墓代にして」
誉「渡航代だけあれば問題ないです」
「そうか…」
誉「失礼します」
「ああ」
―
誉「これで行けるところまで」
「そうだな…二つ先の大陸までは行けるだろうな」
誉「そこまでいけば…大丈夫なはず…」
「もう出るぞ。早く乗れ」
『みぃつけたぁ…』
―
誉「うぅ…」
「なんだ?どうかしたか?」
誉「少し寒気がして…」
「もう暑くなっているっていうのに寒気なんか感じる前に働け!金必要なんだろう?」
誉「はい!」
育ての親の墓を作るために金のほとんどを渡し、お金がないため船員として働いている。
―
誉「次の仕事は何をしたら良いですか!」
「いや、そろそろ昼時だ。交代で飯食うぞ。先行ってこい」
誉「わかりました!」
―
粉を練ったものを細く切って色々味付けをしたものをパスタというらしい。
船員の仕事をもらってからはこのようなご飯が食べられるのも一つの楽しみである。
今日はナポリタンという果実を潰したソースみたいだ。
酸味もありながら、甘味も感じられ…
『全ての船員に告ぐ!直ちに甲板に集合せよ!未確認の物体がこちらへ向かって来ている!直ちに集合せよ!』
誉「急がないと!」
パスタを片し、甲板へ向かう。
―
『君でもないなぁ…』
甲板は赤く染まっていた。
人間のようなものが無数に転がっている。
邪悪な笑み。
それはまるで鴉…。
嘴のように体を貫いている手にはまだ鼓動している心臓があった。
『君たちじゃないんだよねぇ』
そう言い放った後手の中にある心臓を握り潰す。
全身に悪寒が走る。
誉「お前は…」
『やぁやぁ…見つけたよ…見つけるのに苦労したさ…おかげでこんなに赤くなっちゃったよぉ…』
誉「…!」
『あのジジイとババアが居なければもうお前を殺せたのにさぁ…今からでも遅くはないか』
誉「お前が婆様と爺様を殺したんだ…」
『なんのことだぁ?罪人を殺すのはお前も一緒だろう?』
誉「何を言っているんだ!僕は人を殺したことなんか…!」
『無知なる罪人よ…』
誉「雰囲気が変わった…」
『我が名により断罪する。プロメテウスの名の下に罪人:タグイ・ホマレを断罪せよ』
誉の身体が燃え始める。
火が甲板に燃え移る。燃え広がる火によって積載されていたであろう。火薬に燃え移り、要所で爆発が起こる。
様々な声が頭の中で反響する。
呻き声、叫び声、絶叫、発狂。
―
『断罪されし罪人よ…無と化し全てを…』
「温いな」
『!』
「これが断罪だと?笑わせる。このような遊びで裁けると思っているのか?」
『お前は…』
「罪人だと?笑わせるな。お前らの驕りが招いた結果だろう。人になすり付けるな愚神が」
『ほう…類誉…記憶が戻ったか』
「プロメテウス…あの時最初に逃げ出した顔だな。この身体になら勝てると思ったか」
『くっ!今でも思い出す…1000年前の恨み…』
「逃げ出した愚神が何を言うか。他の者どもは潔く散っていったぞ」
『あの時は本調子では…』
「だから愚神だと言っている。いつ何時であれ本気を出せない愚神など興味はない。往ね」
『何を今更!お前の身体はもう燃え尽き…て…ないだと…』
ふっっと息を吹きかけると消える断罪の炎。
『な、何をしたぁ!』
「見てなかったのか?息を吹きかけただけだが」
『そんなもので断罪の炎が消えるはずがぁ!』
「お前に付き合う暇はない。往ね」
強めに息を吹く。
それは鋭い刃のようにプロメテウスの肝臓を突き破る。
『こんなことがあって良いはずが…』
「ないだろうな。このまま呑まれろ」
海に穴があき、そこへ落ちていく。
それを呑み込むように海水が満ちていく。
(まだ、まだ死なぬ…これでは御方への…それに帰ってあのジジイとババアを殺せば…)
『さようなら』
(なんでお前が…!)
―
何故かわからないが、誉は次の港で降ろされていた。
誉「気がついたら…」
「でも入国審査ができないからなぁ…困ったなぁ」
誉「どうしたら良いんですか…」
「どうしようにもな…まず、服を着ないとな」
誉「なんでほとんど裸なんですかね…」
「知らん。倒れていた君を見つけた人間からはすでに君は裸だったと聞いている。羽織物を着せて、一緒にあったバッグを持ってきてはいるんだが…」
誉「船は…」
「それが不思議なことに昨日港に着いた船は一隻もないんだ。海が荒れていたらしくてね、だから不思議なんだ…君がここにいる理由が。濡れていたわけでもないから泳いだわけでもないんだろうし」
誉「パスタを食べていたところまでは覚えているんですが…」
「それからの記憶がないと…酒でも飲んだかね?」
誉「記憶にないので…」
「身内もいない…うーん…」
―
どうにもならないと言うことで警備隊として働くことになった。
1ヶ月間。問題がなければ良いとのこと。
「実践経験は?」
誉「山の動物相手になら多少…」
「人間相手はないか」
誉「はい…」
「それではこれで打ち込みからだな」
誉「お願いします!」
「木刀素振り百本始め!」
―
「百本振っても息切れ一つしない…汗もかかない…逸材かもしれないな」
誉「次は何をすれば良いでしょうか!」
「これに打ち込み!」
誉「はい!」刀を振り上げ、踏み込みと同時に振り下ろす。
振り下ろした木刀は人形を一刀両断にした。




