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聖女様、村へ行く(1)

「アンタ、聖女様かい?」


 目的地に向かう乗合馬車の中、向かいに座る年配の女性が青い法衣を身に纏った私に目を向け、そう言葉を投げかけた。


「はいそうですよ。私、聖女をさせていただいています」

「そうかいそうかい。あたしも昔、小さい頃に村を聖女様に助けていただいたことがあってね。こんなところでまた聖女様にお会いするなんて思わなかったよ」


 ありがたやぁ、と労働を知るささくれ立った手を合わせる彼女に微笑みかけ、私は小さく祈りの言葉を紡ぐ。

 彼女の手を両手で包み込むと、薄暗い幌の中を薄っすらと光が照らした。

 それから手を放すと、先ほどまでの傷つきあかぎれた彼女の手は傷が無くなっていた。

 すっかり綺麗になった自身の手に目を丸くする彼女に私は自らの唇に人差し指を立てる。


「本当は協会の規則で勝手に聖女の奇跡を使っちゃいけないんですけど、内緒ですよ。この馬車に乗り合わせた縁です」


 言って、白地に胸に花の意匠を施された法衣の裏地のポケットから、小さな四角い紙を一枚取り出して彼女に差し出す。


『聖女派遣協会

彷徨える者たちの浄化、死する者の蘇生、傷ついた者の治癒等、全て聖女の奇跡が解決いたします。

魔導ダイヤルコード:XXXXX-XXXXXX』


「困り事があれば、いつでもご連絡ください。私達聖女が解決いたします」


 旅先のいつものセールストーク。

 私達聖女は忙しく、一年を通して何処かへと派遣されているため、派遣先への旅路で出会った人達にこうして営業もできる様に協会から名刺を持たされている。そして関わった人にこうして配るのだ。

 手持ちが無くなった場合は各地にある出張所へ寄った際に報告すればそこで新しく補充される。


「今度村で何かあったら連絡させてもらうよ。ありがとね、聖女様」


 受け取った名刺を自身の荷物の中に仕舞い込んだ彼女が言った。


「嬢ちゃん達、付いたぞ。ここだ」


 そしてそうしているうちに乗合馬車が止まり、御者台に座った年配の男性が私達へ声を掛けてきた。

 私の隣に座っていた、荷台の外側に近い鈍色に輝く金属製のブレストプレートを着込んだドワーフの少女が先に荷台から降りる。その子供と見間違えてしまいそうなほど小柄な身体で抱えていた、身の丈ほどもある金属製の大盾を片手で軽々と持ち上げると背中に背負い、


「さあ、主殿。お手を」


 騎士然とした立ち振る舞いでレザーグローブに覆われた右手を私に差し出した。

 私がその手を取り荷台から降りると、彼女は優しく受け止めてくれた。

 健康的に小麦色焼けた顔が近づく。彼女の頭の後ろで束ねた赤茶けた髪が揺れる。


「主殿、足元にお気をつけて」

「ええ、大丈夫よ。ありがとう、アノリア」


 アノリアに薄く笑みを向け、私は地に足を付ける。


「なあ嬢ちゃん達、本当にこんな何も無いところでよかったのかい?」

「はい、私達はこの森の先に仕事で来ましたので」


 私達の事を心配してか、御者の年配の男性が問いかけるのを私は頷いて見せた。


「そうかい。どんな仕事か分からんが、この辺りは魔物も多い。気を付けるんだよ」


 そう言うと、彼は馬に鞭を入れた。


「聖女様、お元気で」

「はい、あなたも」


 荷台から手を振る年配の女性に手を振り返し、走り去る馬車を見送った。

 改めて周囲を見渡す。

 私達が今いるのは王都エリドアナと、その西に位置する商業都市カザの中間にあるザングの森と呼ばれる場所だ。

 この大陸の五分の一を占めるほどの広大な深緑の中にある、小さな村が今回の私の仕事先の予定だ。


「アノリア、行きましょうか。目的地はこの先です」

「主殿、待ってください。アタシが先を歩きます! 先ほどの御者の男性が言っていた通りこの森は魔物も多いのですから」

「でも、アノリアはこの場所は初めてでしょう? それに例え魔物が襲って来てもアノリアが守ってくれるでしょう」

「それは当然主殿をお守りするのがアタシ達セイクリッドナイトの仕事ですが、いざ戦闘になった場合に戦う力の無い主殿に万一の事があればアタシは悔やんでも悔やみきれません」

「そんな、大袈裟だわアノリア」


 王都周辺にいるホーンラビットにも勝てない私だけど、身を守ることくらいはできる。

 信用しきっていない目を向けてくるアノリアについと視線を逸らし、私は先を歩く。


「さあこの先よ。ここからなら、陽が傾く前には村に着くはずよ」

「あ、待ってください主殿! だからアタシが先を歩きます!」


 そして私は森の微かなけもの道を分け入り進み、アノリアは慌てた様子で私の後を追いかけてきた。


◇◆◇◆


 昔々、私が生まれるよりもずっと昔、魔王と呼ばれる存在がこの世界に住む人々を恐怖に陥れていました。

 平和だった世界は魔王が指揮する魔物達の群れに襲われ、次々と村や町が陥落していきました。

 けれど、ある時そんな魔王を討伐すべく、一人の若者が立ち上がりました。それが後に勇者と呼ばれる若者でした。

 そして、魔王討伐の旅を続けた彼には多くの仲間が出来ました。

 その内の一人が聖女でした。

 勇者が魔王を討ち果たし平和が訪れた後、勇者達と別れた彼女はその病気や怪我の治療だけでなく死者の蘇生すらも行えたという奇跡を人々に施して、世界中を旅して巡ったという。聖女の足跡は世界各地に伝承が残されている。

 そして、彼女が残した子孫が、長い長い時を経て私達聖女と呼ばれる娘達の礎となったのです。

 結果、今日の私の勤める聖女派遣協会は、私達子孫による聖女の奇跡を現代に残すため。また、かつての聖女がそうしたように苦しむ人々を救う手助けを行っているのです。


「そんな事より、本当に目的地はこの先であっているんですか? この辺りに村なんてあるようには見えないのですが」


 既にけもの道も無くなって久しい森をひたすら歩きながら、彼女は言葉を溢した。


「ですが、お仕事の前に本部からいただいた情報ではこの辺りのはずなんです」

「聖女派遣協会の情報が間違っていたのでは?」

「そんなことはありません」

「なぜ分かるんです?」

「私の聖女としての勘です。それにほら、見えてきました」


 そうして私が指差した先、薄暗い森の中にひっそりと切り開かれた広場と木造の家々が見えた。

 ほら、私の勘は当たるのです。

 簡素な柵で覆われた広くも無い村には見える範囲には人の姿は無い。


「主殿、本当にここなのですか?」

「んぇ? そのはずなのですが……誰かいませんか!?」


 柵の範囲を越えた辺りでどこか懐かしい気配を感じ、僅かに首を傾げつつ、私は言葉を投げかけた。


「……なんじゃ、おまんさんらは? こんな辺鄙な村に何の用で来ただ」

「ッ!? 主殿、お下がりください!」


 しばらくして私の呼びかけに答えた声が一つ。

 そうして小屋の陰から訛りの強い言葉を投げかけてきた人物の姿を見て、アノリアは即座に私の前に素早く回り込み、背中の大盾を構えて腰のロングソードの柄に手を伸ばした。


「おのれアンデッド! いったい何処からこの村に侵入した!」


 語気を荒げた彼女と私の目の前に現れたのは、見紛うことの無い乳白色の人骨だった。


「ちょちょちょ、待ちんさい! 血気盛んな娘御じゃのぉ」

「……アノリア、盾を下ろしなさい。どうやら彼に敵対の意思は無いようです」


 慌てたように骨の手を振る彼の様子に、私は一先ず敵意は無いと判断し、彼を見る。

 そのかつては眼球のあったであろう頭骨の眼下には何もなく、そこからは何の表情も読み取ることは出来なかった。


「突然お騒がせしてしまい申し訳ありません。スケルトンさん。私はこの村の長様から依頼を受け聖女派遣協会からまいりました、セラと申します。よろしくお願いいたします」


 スケルトン。死後未練など何らかの要因によって骨の姿となり現世に留まった者の総称。生ける死者、アンデッドとして現在は魔族の一種として分類されている種の一つ。

 彼は私が差し出した名刺を素直に受け取った。目玉は無いけれど、見えてはいるようだ。

 その様子に警戒はしつつも、アノリアは大盾を下げた。


「これはご丁寧にどうも。そっか、おまんさんらが村長の言っていた外界からの客人かね。そんだら、村長の家まで案内するだで付いてきいね」


 声帯の無い身体のどこから発声しているのかものかもわからない口から言葉を発し、私達を先導する彼後ろを付いて歩く。


「主殿、本当にこのアンデッド信用してもよろしいのですか?」

「様子を見る限り悪い人でもなさそうだし、一先ずは信用しても良いのではないかしら。まずはこの村の村長さんに詳しい話を聞いてみましょう」


 ひそひそと話すアノリアに言葉を返した。

 そうして彼はこの村の家々と比べて一際大きな家まで私達を案内してくれた。


「村長、村長、話のあった外界からのお客人を案内しただ」


 ごつごつと骨の手が木製の扉を叩き、彼が呼びかけると少しして扉が開かれた。そこから姿を現したのは、何の変哲も無い村人の装いに身を包んだ青白い顔色が目立つ壮年の男性だった。


「騒がしいぞアントス。家の扉を叩く時はもっと静かに叩くように言っているだろう。ふむ、お嬢さんが聖女派遣協会から来てくださった聖女様かね?」


 私の着ている法衣から判断したのか、彼は私に手を差し出す。


「私は聖女派遣協会からまいりました、セラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 彼の冷たい手を握り返して握手をしてから、彼にも名刺を差し出す。


「ふむ、遠いところからよく来てくださった。私はアズラと申します。そちらはお嬢さんは聖女付きのセイクリッドナイトの方だね。どうもよろしく。こんなところで立ち話というわけにもいくまい。どうぞ、中にお入りください。アントン、後私の方かお二人に話をしておくから君は戻りたまえ」


 彼は私達の事情にもある程度精通しているのか、アノリアにも声を掛けると、私達を家の中へと招き入れた。

 チラリとアノリアの方へと視線を移せば、彼女の額には脂汗が浮かび顔が強張っているのが見て取れた。


「では、おじゃまいたします」

「主殿、それはいけません」


 彼の誘いに受ける私の腕をアノリアが掴む。

 そして彼女は私の身体を引き寄せ、私をかばう様に前に立ち腰のロングソードを抜き放ち、剣先を彼へと向けた。


「なぜこんなところにバンパイアロードが住んでいるのですか!」


 バンパイアロード。それは魔族、バンパイアを統べる者であり、単体の戦闘力も王国騎士団の騎士団長にも匹敵する力を持つとされている存在だ。


「なるほど、そこの聖女様のセイクリッドナイト殿は随分と優秀なようだ」


 そうして、彼、アズラはアノリアの剣などまるで意にかいすることなく、酷薄な笑みを向けたのだった。


「それでは、デッドマンズヴィレッジへようこそ、聖女様」


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