第1話 「負け犬勇者は捨て犬少女に救われる」
僕が挫折したとき、誰かが言った。
「お前の考えは甘い」
世の中を知らない甘えた考えだと、そう言った。
それを聞いたときそうかも知れないと納得しかけてしまったが・・・今思えば、それすら甘えた考えなんだと思う。
世の中に即して考え、思想、目標を変えてしまえば、残ったものは自分ではなく、世の中に都合のいいただの人形だ。
そんな世の中で自己を主張しようとしすれば、お前が悪だと指を指される、そんな酷く矛盾した世界が僕たちの生きる世界。
「僕は悪くない」
その言葉は誰に向けられたモノじゃない。
自分に対する言い訳、もしくは過去に対する後悔。
どっちにしろ、ネガティブな感情をごまかすために吐き出したネガティブな言葉に納得などするわけもなく。
結局自分に向けられたはずのその言葉は、虚しく、闇に溶けていった。
世の中なんてそんなもの。
最後に必要なのは、自由意志ではなく、世の中にただただ惰性に流される奴隷だけなのだろう。
悲しく、辛い。
それなのに涙は流れず、愛想笑いで作られた、偽りがこの世の全て。
だから―――。
「泣か、ないで」
―――人は優しさに、涙するのだろう。
――――
始まりは、なんてことはないものだ。
僕は何処にでもありふれている不幸によって命を落とし、それを哀れんだどこぞの神様が僕を拾い上げた。
そうして僕は転生者というありふれた称号と、3つの特典を与えられ。
与えられた使命の通り、魔王討伐を成すべく故郷を飛び出した。
・・・なんて言えば、冒険のありがちな導入のように聞こえなくはない。
だけれど、そう簡単に行かないのが現実というものであり、一時期は「勇者」なんて大層な称号を付けられた僕は、今ではスラムの寂れた教会で薄汚れた捨て犬のような少女に慰められている。
一体どうしてこんなことになったのか、なんてのは飽きる程考えたこと。
だが、普段であれば悲しみに暮れ、結果論を振りかざしている所なのに、今の僕の思考は困惑と混乱に彩られ大変愉快なことになっている。
「・・・よし、よし」
一体何をどうしたらホコリと泥で薄汚れてなお、端正な顔つきをしてる獣人の少女に、感情の欠如したような無表情でよしよしされるような自体になるのか?
その答えはどれだけ考えても僕には答えが出せそうに無い。
それでも一つ言えるのは・・・情けない、というよりも安心する、という事だ。
普通であれば十代前後の少女によしよしなんてされようものなら、恥ずかしさで逃げ出したくなること必死だが、今はこうして感じる人の温もりにどうしようもなく飢えてしまっている。
だから多少の羞恥は感じながらも僕はされるがままに少女のよしよしを受け入れているわけだが、後で冷静になったら絶対に頭を抱えることになるんだろうなぁとか、朧気に考えながら、僕は静かに目を瞑った。
・・・
次僕が目を開けた頃、雨が降り続き薄暗かった教会内はホコリがベッタリとこびり付いたステンドグラスから爽やかな・・・いや、どう考えても爽やかじゃない朝日が差し込み、静かに教会内を照らしていた。
少女の膝の上から体を起こし、周囲を確認してみると、昨日は色々あったせいで全く気が付かなかったが、やはりここは廃墟か空き家・・・空き教会?らしく、乱雑に積み上げられた教会の長椅子などがそこら中に放棄されている。
だが荒れた見た目の割には結構状態が良く、教会内も埃っぽいぐらいで普通に過ごせるレベルだ。
俺が寝転んでいたのもその長椅子の一つの上であったらしい。
「・・・すぅ」
昨日、俺のことを散々よしよししていた張本人は未だに長椅子の手すりに体を寄り添わせ、小さな寝息を立てていた。
僕は出来るだけ少女を起こさないように立ち上がると、教会の探索を始めた。
そうしようと思い立ったのは、別になにか意図があるわけでもなく単純に手持ち無沙汰で暇だったから、と言うのが大きい。
以前であればそんな事をしようなど思いもしなかっただろうが、少女によしよしされたせいなのか、今は若干心に余裕が出来ていた。
軽くなった心をわずかに弾ませながら、教会の探索を開始した僕だったが、少しして分かったことが一つ。
―――やっぱり教会って聖堂以外大したもん無いよね―!
ということである。
一応、この教会は元あった家を改装し作られたものらしく、普通の教会とは若干作りが異なり、小さいながらに二階と屋根裏部屋が存在している。
二階は一回を見下ろすことが出来るキャットウォークのような通路があり、その最奥に隠されているように存在している細い階段から屋根裏に行けるが、特に目ぼしいものはなにもない。
いや別に家探ししようとかそういうわけではないのだが、こういう建造物の探索というのはなんだかんだワクワクするものだ。
以前、パーティーで砦のようなダンジョンを探索した時、無意味に隠し部屋を探したりしたこともあったっけ。
そんな思い出は、今となっては苦い思い出になってしまったが、それでもやはり僕にとっては忘れがたい冒険の一幕。
どれだけ嫌な思い出になろうと、思い起こすことは罪ではない。
こんな言い訳じみた自問自答こそが最も無駄であることなど、とうに理解しているのだ。
それでもそうすることを辞められないのは・・・未だに過去に未練があるということなのだろう。
なんとも格好の付かないことだが、過去を斬り捨てられる人間はそれ以上の幸福を手に入れているからそう出来るだけだ。
今の僕は、切り捨てられる過去すら持たない同しようもない負け犬だから。
苦しい過去ですら手放せていない。
辛い。苦しい。悲しい。
そんな弱音すらも吐き出すことが出来ず、僕は冷たい路地裏で一人泣いてしまうほど追い詰められていたわけだが・・・。
「―――あっ」
いつの間にやら目を覚ましていたらしい、感情の欠如したような無感情を貼り付けた獣人の少女は僕を発見するなり急いで駆け寄って―――
―――あ、やっぱりそうするのね・・・。
一生懸命に背伸びしながら、僕の頭をよしよしと撫でつけた。
わざわざこの子は消えた俺を探して、撫でに来たのかと呆れ半分、嬉しさ半分の困った笑みを浮かべながらも僕は観念したように、その場に腰を下ろした。
そうすると少女も俺の側に寄り添い続けてよしよしと頭を撫で続けている。
・・・どうしてこんな事になったのか?
そんな風に考えるよりも、今ある現実を受け入れてみるのも悪くないのかもしれない、なんて思わされるほどには諦めがついたのも、この少女のおかげだ。
少し前は生きることすら諦めようとしていたというのに、負け犬が捨て犬のような少女に拾われ、救われる。
・・・なんて、皮肉だろう。
本当に人生、何が起こるかわからないものだと感心してしまう。
だけれど、今こうして二度目の人生を送っている時点で多少なりとも他人よりは数奇な人生を送っているのだ。
この程度、今更気にすることでもない。
どうせ、一度終わった人生だ。
「・・・よし、よし」
されるがままというのも、存外に悪くない。