エッセイ書くのって楽しいな
本が好きだ。
就職して、しばらく離れていたが、
最近また本を読むようになった。
古本屋で、
表紙やタイトルから、
なんとなーく選んで、
手に取って、2,3行読む。
ここで、
自分に合うかどうか決める。
自分のことを
内向的で暗い
思ったことを人に言えない
自尊心低め人間
と思っている。
例えば、
コンビニで店員さんに、
袋ください。
と言う。
ところが、袋に入れてくれない。
店員さんは、お会計終わりました。
と次の客待ち状態だ。
袋くださいが聞こえ無かったのかな。
自分の声小さいもんな。
仕方なく数個の買ったものを
両手で抱えて店を去る。
車に戻り
レシートを見ると、
ちゃんと3円引かれとるやんけ!
関西人でもないのに、
心の中でひとりめちゃくちゃツッコミを入れ、
心を浄化する。
いや、あの店員さん見たこと無かった。
新人さんかも。
やる気ある感じだったし、
ただ間違えただけかな。
悪気無さそうだったしな。
私がこれを言いに行ったことで、
店員さんが職を失うことになったら嫌だしな。
袋代3円引かれてるので、
ちゃんと袋下さいとは言えない。
これが、100円だったら言うかな?
店が忙しそうだったら、
たぶん言わない。
あと、もしお洒落なお店とかだったら、
数百円単位でも、言えない。
自分は負け犬だ。
なので、
基本的に主人公は、
暗めで、
ハキハキしない人がいい。
なぜか、
必死に探している訳ではないのに、
そういう人が主人公だったり、
似たような性格の人が書いている本に出会える。
こだまさんの、
ここはおしまいの地という本に出会えて、
人生が変わった。
田舎で、家族はめちゃくちゃ変わった人。
だけども、なぜか憎めない。
色々な体験が書いてあるが、
入院した際の
本人の恥ずかしい失敗談が、
惜しげもなく書かれている。
衝撃的だった。
世の中は、
インスタ映えやイイね
のために必死だ。
綺麗な
キラキラした一瞬を
切り取ることに必死だ。
なのに。
こだまさんの作品たちは
赤裸々に、
失敗談をひたすら綴っている。
普通、失敗はひとに知られたくない。
自分は、今までひた隠しにして生きてきた。
今も、そうである。
でも、よく考えたら、
失敗談を後世に語り継ぐのは、
今まで当然の出来事だったはずだ。
フグの毒がどこにあるのか、
どこを取り除いて食べれば安全か知っているのは、
人々の失敗の積み重ねであると
聞いたことがある。
失敗を受け継ぐからこそ、
文明は進歩を続けて来たのだ。
失敗談を綴ろう。
後世の人間に、
面白可笑しい失敗エピソードを
語り継がなければ。
自分でも、
その先に
何かが見えてくるかもしれない。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
本を出すことが夢です。
小説と、エッセイどちらも
書いて書いて書き続けたいと思います。