命の奪い合い
深夜、アルケイナに召喚された。
雲上の神殿。
輝くような空に包まれた幻想的な光景だ。
いつ見ても惚れ惚れする。
クソみたいな用件で呼び出されたのでなければ最高なのだが。
ソフィアが小さな翼をパタパタしながら近づいてきた。
「今日も海のエリアだよ! 死なないように頑張ってね!」
もちろんだ。
死んでもなんの得もないからな。
転移門が現れたので、俺たちはすぐさま突入した。
*
こちらも絶景だ。
海面には空が映り込んでいる。上も青、下も青。爽快感も行き過ぎると、しかしどこか不安になってくる。暗黒の宇宙を薄くしたブルーだ。
俺は仲間たちへ告げた。
「まずは通常の戦術であたる。自動機械だけなら今日も楽勝だ。もし乱入者が現れたら、こちらの指示を待たず対人フォーメーションに移行してくれ」
みんなうなずいてくれた。
まずは内藤くららがエーテル銃を撃ち込む。上島明菜はその盾役。
その後、俺と向井六花、レオが突撃。
これで戦う。
特別なことはなにもない。いつもなんとなくやっていることを、明確にしただけだ。
だが、この「明確にした」のが大事なのだ。もし明確でなければ、そのときの気分で不規則に行動する可能性がある。明確にすることで責任感も生まれる。
俺が用意した作戦はこれだけではない。
異常が起きた場合に備え、複数の対処法を用意してある。ま、それでもダメなときはダメなんだと思うが。目指しているのは「完璧」ではない。より強く、より生き延びること。これだけだ。
遠方に複数の転移門が開き、スペード型の自動機械が飛び出してきた。
どんな形だろうが対処は同じだ。
俺はハンドサインで前進を促した。
分かりやすいよう、サインは「前進」「後退」「迂回」「攻撃」の四つしか用意していない。あまり複雑にすると、こっちも混乱する。
レオには、向井六花のサポートを命じた。
いまのところ異常はなさそうだ。
ある程度接近したところで、俺は「攻撃」を指示した。後方からエーテル銃が放たれ、敵の陣形を崩した。前衛の三名は加速して突撃。崩れた敵陣へ切り込みをかけた。
*
俺たちの戦いは順調だった。
おそらく服部大輔が言ったように、自動機械が相手なら、誰でもエリアを解放できて当たり前なのだろう。
日は暮れかけている。
敵の数は半減。
前回は、だいたいこれくらいで乱入者があった。
多分だが、彼らも別エリアで戦闘しているはず。もしこちらへ来るとしたら、それを片付けたあと。そろそろ警戒すべき時間帯だ。
後方から放たれたエーテル銃が、敵陣を切り裂きながらある方向を示した。
新たな転移門だ。
散開していた俺たちは、ぐっと距離をつめた。密集はしないが、互いに連携のとれる距離。対人フォーメーションだ。
乱入してくるのはまたチャリオット野郎だろうか。
あるいはチームで来るか。
ソフィアの話では、まだ戦うときではないという話だったが……。
まずはチャリオットが飛び出してきた。
それからメンバーとおぼしき白い衣装の仲間たち。
計五名。
おそらくこれが全メンバーだろう。
チーム・ホワイト勢揃いというわけだ。
チャリオットが爆走し、一瞬で自動機械の大半を葬り去った。銀河を切り裂く流れ星のようだ。
自動機械は撤退を開始。
チャリオット野郎もこちらへは近づいてこず、仲間たちのところへ戻った。
会話の邪魔になりそうなものを掃除しただけ、といったところか。
髪をオールバックにした目つきの鋭い男が、仲間の一人にハルバードをあずけ、こちらへ近づいてきた。戦う意思はないようだ。
「皇帝、榎本将記。チーム・ホワイトを率いている。そちらのリーダーと話がしたい」
もしかして二十代だろうか。
それとも高校生か。
ずいぶん顔立ちが大人びている。
俺も象徴を球体へ戻し、前へ出た。
「チーム・ブラックの暫定リーダー、八十村博士。役割は愚者だ」
相手は年上かもしれないが、あえて敬語は使わなかった。俺たちは、あくまでチームとしては対等の存在だ。下手に出るわけにはいかない。なにより、ここは俺たちのエリアで、こいつらは部外者だ。
榎本将記は片眉をつりあげた。
「愚者か……。長らく空席だったと聞く」
「悪いが事情は知らない。なにせ来たばかりでな」
「まあそうだろう。ここにいるメンバーも、召喚されたのは早くて三月。それ以前の情報はない」
つまり情報量で言えば、俺たちと大差ないのかもしれない。ソフィアの言う通り「フェア」というわけだ。
彼は周囲を見渡してから、こう言葉を続けた。
「お前たち、現実世界では会ったのか?」
「ああ。ライオン以外はな」
「やはりそうか。俺たちも会った。理由は不明だが、そう遠くない場所に住んでいるものばかりでな」
その点は俺も疑問だった。
メンバーは世界代表ではなく、日本代表でもない。きわめて近い生活圏内から選抜されていた。偶然とは思えない。
「ソフィアという案内人にも聞いたのだが、有益な情報は得られなかった」
榎本将記はそうつぶやいた。
薄々気づいてはいたが、彼らの案内人もソフィアというわけだ。あいつは両チームの情報を握っているだけでなく、フェアであることにもこだわっていた。どちらもコントロール可能な状態だったということだ。
「俺たちも、あいつの指示で動いている」
すると彼は、俺の言葉には反応せず、目を細めて俺のチームメイトを見ていた。
「向井六花がいるようだが……」
「知り合いか?」
「いや。ニュースで見かけた。たしか剣道で全国に行っていたな」
「そうらしいぜ。よくは知らないが」
朝の集会で表彰されていたから、俺も以前から名前だけは知っていた。ニュースで見たことはない。というより、俺はニュースを見ない。
ところで、こいつはいったいなにをしに来たのだろうか?
こんな世間話が目的とは思えないのだが……。
榎本将記は表情も変えず、視線をこちらへ戻した。
「俺たちは、いずれ命の奪い合いをすることになる」
「命じゃない。領域の奪い合いだ」
「同じことだ。領域の奪取に失敗した場合、チーム全員の寿命が奪われる。つまり俺たちは、戦うたび死へ近づくことになる。そして俺は、すべての戦いに勝利するつもりでいる」
フカしやがる。
俺もつい顔をしかめた。
「勝つのは俺たちだ」
「勝算があるのか?」
「できる限りのことをするまでだ」
「アマいな……」
なんだこいつは。
まるで勝利を確信したような目だ。
俺が機嫌を損ねて黙っていると、彼はこう続けた。
「すでに向井六花という個人を特定した。そしてお前たちがそう遠くない場所に住んでいることも」
「それがどうした? ストーカーでもするってのか?」
俺の皮肉に、榎本将記は動じなかった。
「さっきも言った通り、俺たちは命の奪い合いをする敵同士だ。こちらも手段を選ぶつもりはない。たとえば、もし現実世界で戦闘不能になれば、アルケイナではどうなると思う?」
「はぁ? お前、それ本気で言って……」
こいつ、現実のほうで仕掛けてくる気か?
犯罪だぞ……。
だが、天秤にかかっているのは自分の命だ。敵に殺されるよりも、逮捕されるほうがマシという考え方もあるかもしれない。
それに、この男がかなりの資産家で、しかも非合法な組織とつながりがあるとしたら、どんな手を使って来るかは分からない。
よくない想像が脳裏をよぎった。
仲間が乱暴されるのも不愉快だが、妹たちにまで被害が及ぶとしたら……。
そのとき俺は、躊躇なくこいつを殺すだろう。
なんでもやる。
絶対に許さない。
「そう興奮するな。あくまで手段のひとつを提示したにすぎない。もし俺が本気なら、わざわざ手の内を明かすようなマネはしない」
一理ある。
襲撃されると分かっていれば、こちらも普段より警戒する。
「なにが目的だ?」
「表向きは、挨拶をかねた宣戦布告。だが実際は、戦うべき相手がどの程度の人間なのか、見極めようと思ってな」
「見て分かるなら苦労しないぜ」
「もちろん、すべてが分かるわけではない。だが、分かることもある。たとえば、お前が動揺しやすい小者で、リーダーの器ではないということがな」
不愉快だが、事実かもしれない。
とはいえ、それとて俺という人間の一側面に過ぎない。どんな人間でも、もっと多様な面を有しているものだ。せいぜい分かった気になっていればいい。
「さすがの洞察力ってワケだ。この調子なら、きっとお前たちの圧勝だぜ。うまく行きゃあな」
俺は真顔でジョークを飛ばしてやった。
もちろん本心ではない。
ここで自分の強さを主張したところで、事実がねじ曲がるわけではない。俺は言葉ではなく、結果で証明する男だ。
榎本将記は、しかし勝ち誇った顔をしてはいなかった。むしろその逆。かすかに困惑の色さえ浮かべていた。
「八十村博士。なるほど愚者か……。お前の名はおぼえたぞ」
「ああ、おぼえておけ。それは未来の大統領になる男の名だ」
「大統領?」
「言っておくが、日本に大統領がいないことくらい知ってるからな? 野暮なツッコミはナシだぜ」
すると榎本将記は、ふっと笑みを浮かべた。
「愉快な男だ。ならば見せてもらうとしよう。たいそうな夢を抱いた愚かな男の戦い方をな」
「ああ、そのときになったらな。だが、現実世界でのファイトはナシだぜ。ソフィアだって、フェアにやれって言うはずだ。あいつはそういう趣味みたいだからな」
「留意しておく」
それだけ言うと、彼はこちらに背を向け、悠々と自分たちの転移門へ向かった。チーム・ホワイトの面々もそれに続いた。
*
「お帰りぃー」
神殿へ戻った俺は、仲間たちに事情を説明するより先に、ソフィアへと詰め寄った。
「質問に答えてくれ」
「言える範囲ならね」
もちろんだ。
こいつはウソは言わないが、言いたくないことは頑として言わない。
「以前、二十二の枠があると言っていたな? そのうち空きが五枠。戦いに参加しているのが十七枠。で、俺たちチーム・ブラックが五枠、チーム・ホワイトが五枠。合わせて十枠。残り七枠が正体不明のままだ。そいつらはいま、どこで、なにをしている?」
仮にチームがもう一つあるのだとしても、二枠あまる。
ソフィアは「うーん」と首を傾げている。
まさか、知らないのか?
それとも回答を渋っているだけか?
「残りの七枠は、サプライズなんだよね。言ったら面白くないかも」
「面白くなくていい。こっちは命がかかってるんだ。教えろ。二秒以内に」
「ま、そのときが来たら教えるよ。あせらないで? ねっ?」
いつものクソ回答だ。
今度本屋で、交渉の本でもあさってみるべきか。あるいは拷問の本がいいかもしれない。いずれにせよ、こいつとの交渉も、もっと上手にやりたいものだ。
白いもやがかかり、俺たちはアルケイナから追い出された。
今後は現実世界でも気を抜けない。
榎本将記。
あいつはタダ者じゃない。きっとどこかの界隈では知られた人物のはず。探せばすぐ見つかる可能性がある。
俺だって、ただじっと待ってるだけじゃない。先手を打ってやる。
(続く)