表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/45

ピクニック

 朝、俺は慌てて飛び起きた。

 目覚ましがセットされていなかったのだ。しかし枕元のスマホを見て、すぐに休日であることを思い出した。うちの高校は、土曜も休みだ。

 上島明菜とのミーティングは月曜になってからでいいだろう。

 つまり、今日の俺は、特にするべきことがない……。


 リビングに入ると、父親がトーストをかじっていた。

「おはよう」

 互いにもごもごと小声で挨拶を交わす。

 母親がミルクを出してくれた。

「今日は博士が一番なの? 珍しいわね」

「そういう日もある」

 我ながらくだらない返事をしてしまった。だが親との会話など、このようなものだろう。

 父親がチラとこちらを見た。

「学校どうだ?」

「まあまあかな」

「そうか」

 きちんと勉強はしている。勉強だけはな……。


 すると、琥珀がちょっとだけ顔を覗かせ、またすぐどこかへ行ってしまった。

 意味が分からない。

「なんだ? ケンカでもしたのか?」

 父親がテキトーな憶測を口にした。

「するわけないだろ」

「じゃあどうしたんだ?」

「俺が聞きたいよ」

 ただでさえテレビがよく分からない政治のニュースを流しているところへ、父からも具体性のない質問を投げられる。せっかくの休日だというのに、朝から脱力だ。


 寝ぼけ顔の瑠璃が入ってきた。

「おはよ」

「瑠璃、琥珀どうしたんだ?」

「知らない。あたしに聞かないで」

「……」

 自分で聞けばいいのに、父はなぜか遠回しに他人に聞く。

 すると察したらしい母が、琥珀を探しにいった。


 瑠璃も溜め息だ。

「最近のあの子、よく分かんないのよね」

「お前、姉だろ」

「そっちこそ父親じゃん」

「いや、だからそういうことをさ……」

「もーうるさい。たまたま部屋が一緒ってだけでしょ? なんでもかんでもあたしに押し付けないでよ」

「押し付けてないだろ」

「……」

 瑠璃はミルクだけ飲んで部屋へ戻ってしまった。

 いまのは父が悪い気がする。


 母が戻ってくると、父がそわそわしながら尋ねた。

「どうだった?」

「分かんない。お兄ちゃんに話があるみたい」

 その報告を聞き、父も溜め息をついた。

「博士、ちゃんと聞いておけよ」

「うん」

 できれば俺も、瑠璃のように言い返してやりたかった。だが、妹と同じことを立て続けにやるのは、なんだか気が引けてしまう。それに、いま大事なのは琥珀のことだ。


 しばらくダラダラ過ごしていると、父は家を出た。私服だから仕事ではないはずだ。ゴルフの練習にでも行ったのかもしれない。

 母は洗濯を始めた。


 俺がひとりでテレビを見ていると、ようやく琥珀が入ってきた。

「お兄ちゃん、これ見て」

「どうした?」

 スマホの画面だ。

 メッセージが来ている。送信者は「くらら」。


『琥珀ちゃん、お兄さんの連絡先教えて』

『なんで?』

『話したいから』

『どんな用なの?』

『いいから』


 トゲトゲしい会話だ。

 その後、琥珀が返事をしなかったせいで、会話が途絶していた。

「お兄ちゃん、くららちゃんとどういう関係なの?」

 なぜか尋問されている。

 どうもこうも、会話相手があの「内藤くらら」なのだとしたら、アルケイナの件しかない。まさか琥珀の友人だとは思わなかったが。

「えーと、なんだろうな……。ちょっとした知り合い、みたいな……」

「二人で会ってるの?」

「もしそうなら、お前に連絡先なんか聞かないだろ」

「そっか……。でも……」

 瞳をうるうるさせている。

 そんなに哀しそうな顔をしないで欲しい。

「なにか相談ゴトでもあるんだろう。琥珀、その子に連絡先教えてやってくれないか?」

「なんで? なんでお兄ちゃんが、くららちゃんの相談に乗るの? そんなことする必要ある?」

「困ってるのかもしれない」

「そうやって誰にでも優しくするの、よくないと思うよ」

「そうは言うけどさ。もしかしたら俺じゃなくて、俺の友達に用があるのかもしれないぜ? だって俺、その子のことよく知らないしさ」

 ウソをついた。

 まあ、よく知らないのは事実だが。知らないと断言できるような関係でもなかった。

 琥珀は「うー」とうなって左右をキョロキョロしたが、もちろんなにかが見つかるわけではない。

「分かった。じゃあ連絡先教えるけど……。なに話したか、あとで私にも教えてね?」

「言える内容ならな」

「なんで……」

「言いづらい内容かもしれないじゃないか」

「……」

 納得していない様子だったが、琥珀はスマホを操作して連絡先を送信した。

「送った」

「ありがとな、琥珀」

「……」

 しかし琥珀はむくれたまま、リビングから出ていってしまった。

 かわいい妹なんだが、たまにめんどくさい感じになる。ま、そこも含めて琥珀だ。


 *


 部屋へ戻ると、俺はすぐさまスマホを確認した。

 さっそくメッセージが来ていた。


『連絡先、琥珀ちゃんに聞いた』

『アルケイナのこと話したい』


 いきなり本題から来た。

 もう少し社交性が欲しいところだが。

 まあいい。


『状況は把握している』

『なんでも相談してくれ』


 俺がそう打ち込むと、返事はすぐに来た。


『ボク、強くなりたいの』

『手伝って』


 一人称が「ボク」なのはひとまずスルーしよう。

 簡潔ながら、切実な内容だ。

 昨晩、彼女はまったく活躍できず、ずっと上島明菜に守られていた。そのことを気に病んでいるのかもしれない。


『分かった』

『上島さんも呼ぼう』


 かくしてスマホを使い、三人で軽くミーティングをした。

 今日は上島明菜の都合がよくないということだったので、明日、みんなで集まって対策を練ることにした。

 じっとしていても勝てる相手じゃない。

 自分たちで動き出さなくては。


 一通りミーティングが終わったところで、ドアがノックされた。

「お兄ちゃん、ゲームしよ?」

 琥珀だ。

 きっと様子を知りたくてうずうずしていたのだろう。

 俺はベッドから立ち上がり、ドアを開けた。

「ゲーム? いいぜ。なにするんだ?」

「ゾンビ倒すやつ」

「お前それ好きだな」

「お姉ちゃん、一緒にやってくれないから」

 瑠璃はパズルゲームしかしない。

 しかも一人だけクソ強いから、俺は対戦しない。琥珀もやらない。


 その瑠璃は、すでにどこかへ出かけたようだ。

 俺たちはリビングに行き、床に座ってゲームを始めた。

 ゾンビを倒すガンシューティングだ。琥珀もけっこうウマい。

「で、どうだったの?」

 ゲームが始まってすぐ、琥珀がそんなことを尋ねてきた。

「どうって?」

「くららちゃん」

「あー、それな……」

 ゲームに集中しているフリをして、俺は答えを引き伸ばした。

 が、琥珀がウマすぎて、すぐにゾンビを倒してしまう。

「どうだったの? 教えて?」

「強くなるコツを聞かれて」

「なんで?」

「知らない」

「あとでスマホ見ていい?」

「ダメだって。ほかの人も入れたから……」

「誰?」

「高校の知り合い」

「女の人?」

「そう……。あーと、共通の知り合いでさ。ちょっとしたサークルみたいな……」

 すると琥珀は「サークル? 三人で?」と首をかしげてしまった。

 二人きりでなければ、ひとまず大丈夫そうか。

 いや、なぜ俺がそんな気を使わねばならぬのか理解に苦しむが。琥珀はむかしから独占欲が強かった。


 *


 翌日、俺は短パンにパーカーという動きやすい格好で家を出た。

 デートをする格好ではないから、怪しまれてはいないと思う。まあデートをするような服なんて、そもそも持っちゃいないのだが。


 指定された公園へ行くと、上島明菜が待っていた。

 顔と髪型はギャルなのだが、服装はセーターにロングスカートというおとなしめの格好であった。しかも手には小さなバスケットまで持っている。

 あきらかに運動をする格好ではない。


「あ、八十村くん!」

「早いね」

「ちょっと時間ミスっちゃった」

 笑ってごまかす仕草がかわいすぎる。

 もしこれがデートだったら最高なのだが。


 すると内藤くららも来た。

 上下ジャージだ。

 ショートカットだから少年にしか見えない。

「うわ、なにそのカッコ……」

 内藤くららは露骨に顔をしかめている。

 上島明菜は、しかしなにが問題なのか分かっていない様子だ。

「え、ダメ? お姉ちゃんに選んでもらったんだけど……」

「修行するって言ったじゃん」

「作戦会議じゃないの?」

「違う。強くなるための修行」

「サンドイッチ作って来ちゃった」

「はぁ?」

 ダメだ。完全にピクニック気分でいやがる……。

 だが、あきらめるしかあるまい。よく晴れた公園。そしてサンドイッチ。ここから導き出される結論はひとつしかない。


 *


 俺たちはビニールシートに腰をおろし、サンドイッチを食い始めた。

「紅茶もあるよ」

 上島明菜は用意がよかった。

 もはや求婚したいレベルだ。

 しかし俺と結婚する女は、例外なく大統領夫人という重圧にさらされることになる。彼女は耐えられるだろうか。


 内藤くららはずっと不機嫌そうだった。

「そういう女子力アピールとかいらないから」

「ほら、くららちゃんもどうぞ」

「うん……」

 なんだかんだ言いながらも、カップを差し出された途端、おとなしくなってしまった。


 初夏の気配を感じる過ごしやすい天気だった。

 ときおり吹き抜ける風が、木々をかすかにさざめかせた。


「いやー、もう動きたくないね」

 俺がそうつぶやくと、内藤くららがぐっと睨みつけてきた。

「まだなにもしてない」

「まあまあ。落ち着いたら始めるからさ」

「ウソだよね? こんなに危機感ないなんて……」

 いや、危機感はあるのだ。

 あるだけに、この幸福な時間を噛み締めたくなってしまう。

 俺は尋ねた。

「内藤さんさ、強さってなんだと思う?」

「は? そんなの簡単だよ。敵を倒すための力のこと」

「それじゃあ半分かな」

「ほかになんかあんの?」

 むくれてしまった。

 こういうところは琥珀と同年代という感じがしてかわいい。

「意思の力だよ。どんな力も、意思がなければ働かない」

「そんなの分かってる」

「本当に? なら、こないだ君が戦えなかった理由も、もう分かってるってことかな? あれは戦闘力の問題じゃなかった。心の問題だ」

「……」

「べつに、前に出て戦えとは言わない。無謀な突撃はこっちも困るしな。ただ、君の場合、恐怖を克服するほうが先だと思うぜ」

 内藤くららは不安そうな表情になってしまった。

 ま、徐々にでいい。

 ハッキリ言って、恐怖の克服など不可能な話だ。感覚を麻痺させるほかない。ほんの一瞬でいい。自分を無敵の英雄だと思い込むのだ。すると一歩を踏み出せる。

 あるいは理詰めでもいい。怯えてちぢこまっているほうが生存率はさがる。回避不能の暴力には、相応の暴力で応じるほかない。


 あの空間は普通じゃない。

 俺たちも、普通のままじゃ生き残れない。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ