表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/45

海上の乱入者

 数日後、久々のアルケイナ。

 俺たちはマーチングバンドみたいな黒の衣装で、神殿に集められた。


「今日の戦場は海だよ。といっても、浜辺でキャッキャしてる余裕なんてないからね。真面目にやること」

 ソフィアはいつも通り偉そうだ。


「頑張ろうね、八十村くん」

「ああ」

 上島明菜がひとなつこく近づいてくる。

 それはいいのだが……。


 エーテル銃を抱きしめた内藤くららが、浮かない顔をしているのが気になった。


 *


 転移門を抜けると、一面の海に出た。

 空も青。

 海も青。

 陸地なんて見当たらない。

 いや、過去にはあったのかもしれない。水面下に、沈んだ遺跡のようなものがうっすらと見えた。海上に突き出しているのは、塔の先端のみ。


 よく晴れた空の下、滅んだあとの世界を眺めている気分だった。


 まだ戦いが始まってもいないのに、内藤くららはキョロキョロしていた。森と違い、隠れる場所がないのだ。

「大丈夫か?」

 俺が声をかけると、彼女はふるふると首を振った。

 レオが心配そうに寄り添っている。


 これではいつも通りに戦うのはムリだ。

 作戦を変更する必要がある。

 だというのに、向井六花はこちらを見向きもしない。戦法を変える気はないのだろう。今日だって敵が見えたらまっすぐに突っ込むはずだ。


 内藤くららは普段のパフォーマンスを発揮できまい。レオもそんな彼女を守るようなそぶりを見せているから、機動力は期待できない。

 この損失を他の三名で負担することになるわけだ。

 なのに向井六花は行動を変えない。

 補えるのは俺と上島明菜だけ。いつもの約二倍は効率よく動かなければならない。


 大丈夫だろうか……。

 いや、考えている暇はない。遠方に転移門が開き、次々と自動機械が飛び出してきた。クローバー型の小型機だ。


「待って! みんな聞いて!」

 上島明菜が手をぶんぶん振ってメンバーの注目を集めた。

「もっと協力して戦おうよ! こんな状況なんだよ? みんなで助け合おうよ!」


 だが、向井六花は振り向かない。

「向井さん! お願いだから聞いて!」

「聞いてるわ」

「こっち向いてよ!」

「もう敵が来てる。悪いけど始めさせてもらう」

 大剣を構え、ビュンと飛び出してしまった。


 だが、彼女は勘違いしている。

 いつも突進して平気だったのは、内藤くららの援護射撃があったからだ。今日は後方支援が期待できないのだ。このまま突っ込んだら取り囲まれる。


 俺はつい舌打ちした。

「俺も行く。みんなはサポートを」

 返事も待たず、一気に加速した。

 ここ数日、欠かさず筋トレしてきたつもりだが、その成果は特に感じられない。簡単には強くなれないというわけだ。


 向井六花はとんでもなく速かった。

 おそらく追いつくことはできないだろう。

 だから、彼女が敵に囲まれそうになってから、後ろから押し出す形になる。代わりに俺が取り囲まれる可能性があるが……。ま、なんとかする。


 空を覆わんばかりの黒い自動機械の群れに、向井六花が剣を振るいながら突入した。パァンと木っ端微塵になる自動機械たち。

 だが、敵陣の突破には至らなかった。

 途中で勢いを削がれ、群れの中で失速してしまったのだ。


 本当に自信過剰な女だ……。


 俺は虚無ヴォイドを半球状のシールドに変え、向井六花と同じ軌道で敵陣へ突っ込んだ。エーテルが自動機械を次々粉砕してゆく。

 向井六花にはすぐに追いついた。取り囲まれながら、なにかうめき声をあげている。俺はそれを後ろから思いっきり突き飛ばした。


 たぶん、彼女は助かっただろう。

 その代わり、俺が動けなくなってしまった。

 どちらを見ても黒の自動機械。ビームを撃っては来ないが、じりじりとこちらへ押し込んでくる。これといったダメージはないが、妙に息苦しい。このまま圧迫されて死ぬのだろうか……。


 いや、諦めるな。

 俺の武器は自由自在に変形できる。スクリュー状にして、ここを脱出する手もある。

 だが、象徴シンボルが反応しなかった。というより、エネルギーが抑え込まれている感じがした。なにかが干渉しているのかもしれない。


 にわかに青空が見えた。

 ビームではない。

 レオが爪で敵陣を切り裂いたのだ。続いて、Uターンで戻ってきた向井六花が大剣を一閃させ、さらに隙を作った。


「八十村くん! 出て!」

「ああ」

 危ないところだった。

 だが、なぜレオが……。


 後方を確認すると、上島明菜が内藤くららをかばって魔法のバリアを展開していた。これを交換条件にしてレオを突入させたのだろう。


 向井六花が咳払いをした。

「さっきはありがとう。でも、余計なことしないで」

「なにが余計だ。また同じ状態になったら、同じことするからな」

「……」

 なんとも言えない顔になってしまった。

 だが、怒っている様子ではない。もしかしたら照れてるだけだったりしてな。


 俺は武器を変形させ、今度こそスクリュー状にした。

「今度は一緒に仕掛けるぞ」

「命令しないで」

「少しは人の話も聞けよ」

「うるさい。一緒にやりたかったら勝手にして」

 すると彼女は速度をあげて敵陣へ切り込んだ。

 反省しない女だ。

 俺もすぐさま後を追った。


 内藤くららはガチガチに怯えていたから、援護射撃は期待できないだろう。上島明菜もつきっきりで守っている。

 だから三人で戦わなくちゃいけない。

 ただ、バラバラではなかった。向井六花がこちらにスピードを合わせてくれている。たぶん。気のせいでなければ。


 *


 日はやや傾きかけていた。

 戦況は好調とは言えなかったが、俺たちはなんとか自動機械を半分にまで減らしていた。スタミナ配分さえミスらなければ、ギリギリで倒せるかもしれない。


 ソフィアから通信が来た。

『西の空に転移門が出たよ。気をつけて』

「西? どっちだよ?」

『太陽の沈むほう』

 あきれ声で言われてしまった。


 だが、太陽の位置を確認する必要はなかった。

 なぜならその乱入者は、矢のように敵陣へ突入し、たったの一撃で敵の半数を粉砕してしまったからだ。


「フゥーハハハー!」

 白の衣装を身にまとった男だ。

 武器ではなく箱状の乗り物に乗っている。仁王立ちで腕組みしたまま。

 ツンツンに尖った髪。太い眉。筋骨隆々の体。そして白い歯。

「お前たちがチーム・ブラックか。ふむ。弱そうだな。こんなザコに手こずるとは」


 たぶん、別チームのヤツだろう。

 なにしに来たのかは分からないが。


「俺は戦車ザ・チャリオットの服部大輔。チーム・ホワイトのエースだ」

 すると向井六花が眉をひそめ、大剣を構えた。

「私は女帝ジ・エンプレスの向井六花。邪魔しに来たのなら帰って」

「邪魔? ふん。この俺が手を貸してやったのに、ひどい言い草だな」

「誰なの?」

「すでに名乗ったと思うが」

「チーム・ホワイトって言った? 私たち以外にもチームが存在するってこと?」

「そういうことだ。そして俺たちは、お前たちと領域テリトリーを奪い合うライバルでもある」


 なぜ争う必要があるのだ……。


 俺たちに仲間が増えたとでも思ったのか、自動機械どもは撤退を開始した。

 だが、残念ながら仲間などではない。


 男は「ふん」と鼻を鳴らした。

「そんな顔をするな。今日は敵情の視察に来ただけだ。まさか動物がいるとは思わなかったがな。いずれにせよ、たいした敵ではなさそうだ」

 この発言を、向井六花は挑発と受け取ったらしい。

「私を倒せるとでも思ってるの?」

「強気な女は嫌いではない。だが、仲間を見てみろ。ビビってなにもできないガキと、おもりの女がいるな? たった五人のチームで、戦力外が二人もいる。このザマでは、俺たちの足元にすら及ぶまい」

「なによ偉そうに! いまこの場で私と戦いなさい! 一対一で!」

 彼女は本気で言っているのだろうか……。


 すると服部大輔は、ニヤリと白い歯を見せた。

「ほう? 言っておくが、こんな戦いでも命を落とせば寿命を失うことになるぞ?」

「望むところよ」

「では始める」

 そう言い終えた瞬間、ごうと嵐のような突風が吹き抜けた。

 かと思うと、向井六花が、ガァンと戦車に跳ね飛ばされていた。彼女は糸の切れた人形のような格好で、弧を描いて海へと墜落した。


「向井さん!」

 俺は慌てて彼女を追った。

 海の中だろうが関係ない。そのまま突入して、青黒い海底へ沈みゆく向井六花の腕を掴んだ。助からないかもしれない。けれども、見捨てることはできなかった。

 剣は彼女の手から落ちた。

 俺はぐっと体を引き寄せて、抱えるようにして地上へ戻った。


「安心しろ。その程度では死なん」

 服部大輔は余裕の表情でこちらを見ていた。

「なにが目的だ!」

「言っただろう。敵情の視察だと。今日は戦う予定ではなかった。だが、その女に望まれたのでな」

「戦う必要はないはずだ」

 俺はなるべく冷静になろうとつとめた。

 いや、冷静になろうが、あるいはブチギレようが、この男に勝てないことは分かりきっているのだが。

 彼は「ふん」と鼻を鳴らした。

「なにも知らんようだな。自動機械の支配するエリアなど、解放できて当たり前。真の戦いが始まるのは、そのあとだ」

「真の戦い?」

「領域の奪い合いだ。俺たちとお前たち、両チームで領域を奪い合う。もし敗れた場合、チームの全員が寿命を奪われる。勝てば免除だ。ま、得るもののない不毛な争いであることは否定できんがな。こちらにも選択肢はないのだ。恨むなよ」

「……」


 これもソフィアの計画か?

 神殿に戻ったら、話を聞き出す必要があるな。


 服部大輔は目を細めた。

「ま、せいぜい強くなっておくことだ。ザコを蹴散らしてもつまらんからな。フゥーハハハー!」

 高笑いとともに戦車を進ませ、彼は転移門から消えてしまった。


 向井六花はぐったりしている。

 だが、死んではいない。かろうじて呼吸をしている。


 *


 神殿へ帰還すると、俺は雲の上へ彼女を寝かせた。

 このままそっとしておけば助かるはずだ。


 俺は立ち上がり、ソフィアへ近づいた。

「聞きたいことがある」

「そうだね。でも、もう全部分かったでしょ?」

 無垢な顔をしている。

 罪悪感というものが欠落しているのだろうか?

 なぜこんなのが俺たちの案内人なのだ……。

「あの男の言ってたことは本当なのか?」

「うん。でも領域の奪い合いは、もっと先の話だよ。なのに急に来ちゃうんだもん」

「ふざけるな! 仲間が死にかけたんだぞ!」

「彼女が望んだことでしょ?」

「クソ……」

 そうだ。

 向井六花の自業自得だ。だが、だからといって納得しろというのか? どいつもこいつも自分勝手に……。


 いや、仲間を責めている場合ではない。

 それぞれできることをしなければ。

 俺にできることはなんだ?

 考えるんだ。考えれば、なにか答えが出るはず。たとえ答えが出ずとも、ヒントくらいは得られる。たぶん。あとは仲間たちとヒントを突き合わせればいい。

 一歩でもいい。いや半歩でもいい。とにかく状況を前へ進めなくては。


 ソフィアは満足そうにうなずいた。

「じゃ、今日はここまでかな。また戦いがあったら呼ぶね。かいさーん。まったねー!」

 せいぜいいまのうち楽しんでおけ。

 借りはいずれ返させてもらう。

 たとえその正体が神であろうとな。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ