海上の乱入者
数日後、久々のアルケイナ。
俺たちはマーチングバンドみたいな黒の衣装で、神殿に集められた。
「今日の戦場は海だよ。といっても、浜辺でキャッキャしてる余裕なんてないからね。真面目にやること」
ソフィアはいつも通り偉そうだ。
「頑張ろうね、八十村くん」
「ああ」
上島明菜がひとなつこく近づいてくる。
それはいいのだが……。
エーテル銃を抱きしめた内藤くららが、浮かない顔をしているのが気になった。
*
転移門を抜けると、一面の海に出た。
空も青。
海も青。
陸地なんて見当たらない。
いや、過去にはあったのかもしれない。水面下に、沈んだ遺跡のようなものがうっすらと見えた。海上に突き出しているのは、塔の先端のみ。
よく晴れた空の下、滅んだあとの世界を眺めている気分だった。
まだ戦いが始まってもいないのに、内藤くららはキョロキョロしていた。森と違い、隠れる場所がないのだ。
「大丈夫か?」
俺が声をかけると、彼女はふるふると首を振った。
レオが心配そうに寄り添っている。
これではいつも通りに戦うのはムリだ。
作戦を変更する必要がある。
だというのに、向井六花はこちらを見向きもしない。戦法を変える気はないのだろう。今日だって敵が見えたらまっすぐに突っ込むはずだ。
内藤くららは普段のパフォーマンスを発揮できまい。レオもそんな彼女を守るようなそぶりを見せているから、機動力は期待できない。
この損失を他の三名で負担することになるわけだ。
なのに向井六花は行動を変えない。
補えるのは俺と上島明菜だけ。いつもの約二倍は効率よく動かなければならない。
大丈夫だろうか……。
いや、考えている暇はない。遠方に転移門が開き、次々と自動機械が飛び出してきた。クローバー型の小型機だ。
「待って! みんな聞いて!」
上島明菜が手をぶんぶん振ってメンバーの注目を集めた。
「もっと協力して戦おうよ! こんな状況なんだよ? みんなで助け合おうよ!」
だが、向井六花は振り向かない。
「向井さん! お願いだから聞いて!」
「聞いてるわ」
「こっち向いてよ!」
「もう敵が来てる。悪いけど始めさせてもらう」
大剣を構え、ビュンと飛び出してしまった。
だが、彼女は勘違いしている。
いつも突進して平気だったのは、内藤くららの援護射撃があったからだ。今日は後方支援が期待できないのだ。このまま突っ込んだら取り囲まれる。
俺はつい舌打ちした。
「俺も行く。みんなはサポートを」
返事も待たず、一気に加速した。
ここ数日、欠かさず筋トレしてきたつもりだが、その成果は特に感じられない。簡単には強くなれないというわけだ。
向井六花はとんでもなく速かった。
おそらく追いつくことはできないだろう。
だから、彼女が敵に囲まれそうになってから、後ろから押し出す形になる。代わりに俺が取り囲まれる可能性があるが……。ま、なんとかする。
空を覆わんばかりの黒い自動機械の群れに、向井六花が剣を振るいながら突入した。パァンと木っ端微塵になる自動機械たち。
だが、敵陣の突破には至らなかった。
途中で勢いを削がれ、群れの中で失速してしまったのだ。
本当に自信過剰な女だ……。
俺は虚無を半球状のシールドに変え、向井六花と同じ軌道で敵陣へ突っ込んだ。エーテルが自動機械を次々粉砕してゆく。
向井六花にはすぐに追いついた。取り囲まれながら、なにかうめき声をあげている。俺はそれを後ろから思いっきり突き飛ばした。
たぶん、彼女は助かっただろう。
その代わり、俺が動けなくなってしまった。
どちらを見ても黒の自動機械。ビームを撃っては来ないが、じりじりとこちらへ押し込んでくる。これといったダメージはないが、妙に息苦しい。このまま圧迫されて死ぬのだろうか……。
いや、諦めるな。
俺の武器は自由自在に変形できる。スクリュー状にして、ここを脱出する手もある。
だが、象徴が反応しなかった。というより、エネルギーが抑え込まれている感じがした。なにかが干渉しているのかもしれない。
にわかに青空が見えた。
ビームではない。
レオが爪で敵陣を切り裂いたのだ。続いて、Uターンで戻ってきた向井六花が大剣を一閃させ、さらに隙を作った。
「八十村くん! 出て!」
「ああ」
危ないところだった。
だが、なぜレオが……。
後方を確認すると、上島明菜が内藤くららをかばって魔法のバリアを展開していた。これを交換条件にしてレオを突入させたのだろう。
向井六花が咳払いをした。
「さっきはありがとう。でも、余計なことしないで」
「なにが余計だ。また同じ状態になったら、同じことするからな」
「……」
なんとも言えない顔になってしまった。
だが、怒っている様子ではない。もしかしたら照れてるだけだったりしてな。
俺は武器を変形させ、今度こそスクリュー状にした。
「今度は一緒に仕掛けるぞ」
「命令しないで」
「少しは人の話も聞けよ」
「うるさい。一緒にやりたかったら勝手にして」
すると彼女は速度をあげて敵陣へ切り込んだ。
反省しない女だ。
俺もすぐさま後を追った。
内藤くららはガチガチに怯えていたから、援護射撃は期待できないだろう。上島明菜もつきっきりで守っている。
だから三人で戦わなくちゃいけない。
ただ、バラバラではなかった。向井六花がこちらにスピードを合わせてくれている。たぶん。気のせいでなければ。
*
日はやや傾きかけていた。
戦況は好調とは言えなかったが、俺たちはなんとか自動機械を半分にまで減らしていた。スタミナ配分さえミスらなければ、ギリギリで倒せるかもしれない。
ソフィアから通信が来た。
『西の空に転移門が出たよ。気をつけて』
「西? どっちだよ?」
『太陽の沈むほう』
あきれ声で言われてしまった。
だが、太陽の位置を確認する必要はなかった。
なぜならその乱入者は、矢のように敵陣へ突入し、たったの一撃で敵の半数を粉砕してしまったからだ。
「フゥーハハハー!」
白の衣装を身にまとった男だ。
武器ではなく箱状の乗り物に乗っている。仁王立ちで腕組みしたまま。
ツンツンに尖った髪。太い眉。筋骨隆々の体。そして白い歯。
「お前たちがチーム・ブラックか。ふむ。弱そうだな。こんなザコに手こずるとは」
たぶん、別チームのヤツだろう。
なにしに来たのかは分からないが。
「俺は戦車の服部大輔。チーム・ホワイトのエースだ」
すると向井六花が眉をひそめ、大剣を構えた。
「私は女帝の向井六花。邪魔しに来たのなら帰って」
「邪魔? ふん。この俺が手を貸してやったのに、ひどい言い草だな」
「誰なの?」
「すでに名乗ったと思うが」
「チーム・ホワイトって言った? 私たち以外にもチームが存在するってこと?」
「そういうことだ。そして俺たちは、お前たちと領域を奪い合うライバルでもある」
なぜ争う必要があるのだ……。
俺たちに仲間が増えたとでも思ったのか、自動機械どもは撤退を開始した。
だが、残念ながら仲間などではない。
男は「ふん」と鼻を鳴らした。
「そんな顔をするな。今日は敵情の視察に来ただけだ。まさか動物がいるとは思わなかったがな。いずれにせよ、たいした敵ではなさそうだ」
この発言を、向井六花は挑発と受け取ったらしい。
「私を倒せるとでも思ってるの?」
「強気な女は嫌いではない。だが、仲間を見てみろ。ビビってなにもできないガキと、おもりの女がいるな? たった五人のチームで、戦力外が二人もいる。このザマでは、俺たちの足元にすら及ぶまい」
「なによ偉そうに! いまこの場で私と戦いなさい! 一対一で!」
彼女は本気で言っているのだろうか……。
すると服部大輔は、ニヤリと白い歯を見せた。
「ほう? 言っておくが、こんな戦いでも命を落とせば寿命を失うことになるぞ?」
「望むところよ」
「では始める」
そう言い終えた瞬間、ごうと嵐のような突風が吹き抜けた。
かと思うと、向井六花が、ガァンと戦車に跳ね飛ばされていた。彼女は糸の切れた人形のような格好で、弧を描いて海へと墜落した。
「向井さん!」
俺は慌てて彼女を追った。
海の中だろうが関係ない。そのまま突入して、青黒い海底へ沈みゆく向井六花の腕を掴んだ。助からないかもしれない。けれども、見捨てることはできなかった。
剣は彼女の手から落ちた。
俺はぐっと体を引き寄せて、抱えるようにして地上へ戻った。
「安心しろ。その程度では死なん」
服部大輔は余裕の表情でこちらを見ていた。
「なにが目的だ!」
「言っただろう。敵情の視察だと。今日は戦う予定ではなかった。だが、その女に望まれたのでな」
「戦う必要はないはずだ」
俺はなるべく冷静になろうとつとめた。
いや、冷静になろうが、あるいはブチギレようが、この男に勝てないことは分かりきっているのだが。
彼は「ふん」と鼻を鳴らした。
「なにも知らんようだな。自動機械の支配するエリアなど、解放できて当たり前。真の戦いが始まるのは、そのあとだ」
「真の戦い?」
「領域の奪い合いだ。俺たちとお前たち、両チームで領域を奪い合う。もし敗れた場合、チームの全員が寿命を奪われる。勝てば免除だ。ま、得るもののない不毛な争いであることは否定できんがな。こちらにも選択肢はないのだ。恨むなよ」
「……」
これもソフィアの計画か?
神殿に戻ったら、話を聞き出す必要があるな。
服部大輔は目を細めた。
「ま、せいぜい強くなっておくことだ。ザコを蹴散らしてもつまらんからな。フゥーハハハー!」
高笑いとともに戦車を進ませ、彼は転移門から消えてしまった。
向井六花はぐったりしている。
だが、死んではいない。かろうじて呼吸をしている。
*
神殿へ帰還すると、俺は雲の上へ彼女を寝かせた。
このままそっとしておけば助かるはずだ。
俺は立ち上がり、ソフィアへ近づいた。
「聞きたいことがある」
「そうだね。でも、もう全部分かったでしょ?」
無垢な顔をしている。
罪悪感というものが欠落しているのだろうか?
なぜこんなのが俺たちの案内人なのだ……。
「あの男の言ってたことは本当なのか?」
「うん。でも領域の奪い合いは、もっと先の話だよ。なのに急に来ちゃうんだもん」
「ふざけるな! 仲間が死にかけたんだぞ!」
「彼女が望んだことでしょ?」
「クソ……」
そうだ。
向井六花の自業自得だ。だが、だからといって納得しろというのか? どいつもこいつも自分勝手に……。
いや、仲間を責めている場合ではない。
それぞれできることをしなければ。
俺にできることはなんだ?
考えるんだ。考えれば、なにか答えが出るはず。たとえ答えが出ずとも、ヒントくらいは得られる。たぶん。あとは仲間たちとヒントを突き合わせればいい。
一歩でもいい。いや半歩でもいい。とにかく状況を前へ進めなくては。
ソフィアは満足そうにうなずいた。
「じゃ、今日はここまでかな。また戦いがあったら呼ぶね。かいさーん。まったねー!」
せいぜいいまのうち楽しんでおけ。
借りはいずれ返させてもらう。
たとえその正体が神であろうとな。
(続く)