終極戦 中編
俺はチームメンバーと連携し、集中して泥人形を始末した。
ほんの少しカタくなったかな、くらいで、簡単に倒すことができた。
邪龍は自分の体が弱ったことを不思議に思ったのか、さらにドロドロを吐くようになっていた。
おかげで泥人形は次から次へと現れた。
手間が省ける。
「ソフィア、生命の樹はどうだ!?」
「いま八十五年くらい」
けっこうやったのに、約五年分しか増えてないだと?
こうして戦っているさなか、俺は信じられない光景を目にした。
いきなり転移門が現れて、そこからチーム・ホワイトのメンバーが飛び出してきたのだ。戦車、咎人、魔術師の三名。
たしか、さっき邪龍に喰い殺されたはず。
「む? 死んだはずでは……」
「どうなってんだよこれ」
彼らも不思議そうな顔をしている。
フォルトゥナが告げた。
「寿命ある限り、死ねども死ねども戦いに引きずり込まれることになる。それがこの最終エリアの仕様です」
「……」
つまり、どれだけ寿命を残していようが、戦いに勝利しない限り生還できないということだ。
ソフィアのヤツ、なぜ言わなかった?
キマリ悪そうにしているから、言い出しにくかったのかもしれないが。
俺は彼らに呼びかけた。
「いまチーム・スペクトラムが作戦を実行中だ。三人はこっちを手伝って欲しい」
「ふん。この俺に命令か?」
反論してきたのは服部大輔。
いつものことだが。
「いやお願いだ」
「よかろう」
意外といい人なんだよな……。
残りの二人もうなずいてくれた。
戦いが始まってしまえば、服部大輔の破壊力は凄まじかった。ワゴンが駆け抜けるだけで、軌道上の泥人形は例外なく弾け飛んだ。
「ソフィア! 状況は?」
「九十五年」
えーと、つまり?
琥珀の九十年との合計で二百年になればいいわけだから……。
最低でも、百十年分が必要だ。
もちろんこれはギリギリの数値。
もっと生きてほしければ、さらに泥人形を「救済」する必要がある。とはいえ、ゼロからのスタートだ。もとの三十年すらかなり遠い。
俺はいま虚無をアーマーとして着用しているから武器がない。可能なのは肉弾戦だけ。一対一ならかなり強力なのだが、一対多だと効率がよくない。
かといって戦いながらアーマーを解除している余裕もない。
リラックスしないと解除できないのだ。
ふと、空気感が変わった。
天秤の効果が切れたのだろうか。
見ると、サメ男とメガネが邪龍を挑発し、敵の突進を誘発しているところだった。
力を取り戻した邪龍も、じっとそちらを見つめていた。体に力を溜め込んでいるのが分かる。
どのタイミングでエネルギーが爆発してもおかしくはない。
いまか、いまか……。
一秒一秒がとても長く感じられた。
邪龍の身体がビンと伸びた。
矢のようなスピード。
邪龍が、頭から鏡へ直撃した。
それから、やや遅れてゴーンという鈍い音。
鏡は割れはしなかったものの、猛スピードでいずこかへ飛び去ってしまった。
邪龍もかなりのダメージを負ったらしく、空中で無軌道にのたうった。陸に上げられた魚のようだ。
おそらく、これが初めての有効打であろう。
天秤もふたたび発動。
邪龍はイライラして仕方がないはず。
ともあれ、この戦術は有効だ。
鏡がないから、もう同じ策は取れないけれど。
代わりに、この地盤に激突させてもいい。
などと気を抜いていると、にわかに空が光り、大気が鋭い音を立てた。
稲妻?
チーム・スペクトルの全メンバーが、眼下の雲海へ落ちていった。
邪龍は苦しそうに呼吸をしている。
奥の手でも使ったか……。
邪龍はこちらを睨みつけてきた。
さすがに怒っている感じがする。
百地青子が死んだので、天秤も効果を失ってしまった。
いま狙われたら回避できない。
いや、あるいはこのアーマーでエーテルを全力展開すれば……。
「なるべく低い位置へ」
俺は仲間たちにそう告げて、ひとりで高所へあがった。
邪龍は確実に俺を見ている。
来るなら来い。
俺の虚無には枷鎖がないのだ。そんじょそこらの象徴とはワケが違う。
だが背後から、声が近づいてきた。
「バカ! またひとりでカッコつけて!」
向井六花だ。
怒っている。
「向井さん!? なんで来たんだ!?」
「ひとりで目立とうとしてるからでしょ!」
「作戦があるんだよ!」
「なによ作戦って! だったらちゃんと教えてよ!」
「来るぞ! 俺の後ろに!」
「勝手なこと……」
邪龍はぐんぐん迫っていた。
エーテルでシールドを展開するが、防げるかどうかは分からない。俺はあえて直撃を受けて、さっきの鏡みたいにふっ飛ばされる予定だった。向井六花まで守れる保証はない。
ダァンと凄まじい音がした。
いきなり俺の視界を遮るものがあったのだ。
これまで見たことのないような、巨大な光の柱。
そこへ邪龍が激突していた。
すく近くに琥珀がいた。
「二人とも、なんで前に出たの? 危ないでしょ?」
無表情。
寿命を減らさない方法で石板を使ったか。だが何度も連発できる技じゃない。
ともあれ、助かった。
「悪かった。引き返そう。地上付近なら、あいつも突撃してこないはず」
いま邪龍はのたうっている。
顔面を強打したのはこれで二度目だ。
すぐに距離をとらないと、またさっきの光の攻撃で、チーム・スペクトラムみたいに叩き落される。
急いで離脱すると、間もなく邪龍の全身を青白い稲妻が駆け巡り、それが空を焼いた。
危うく直撃を受けるところだった。
向井六花は眉をひそめていた。
「次勝手なことしたら怒るからね!」
「分かったよ」
いくら愚者とはいえ、本当に愚かであったら世話ない。
いや勝算はあったのだ。
結果として琥珀の手柄になってしまったけど。
その琥珀は、力を使いすぎたらしく、少しふらついていた。俺はぐっと引き寄せて肩を貸した。
「つかまれ。俺が運ぶ」
「お兄ちゃん……」
「悪かったな、ホントに」
「ダメだよ、心配かけちゃ」
琥珀は俺の言いつけを守り、因果律に手をつけずにいる。
なのにこっちが勝手なことばかりしていたら示しがつかない。
邪龍はダメージを負っている。
そしてまた、怒ってもいる。
本気で仕掛けてきたら、助からないかもしれない。
地上へ戻ると、翼をパタつかせながらソフィアが寄ってきた。
「集まったよ! 百十年分!」
「分かった。だが、もう少し待ってくれ」
いま仕掛けたら勝てるかもしれないが、その代わり琥珀の寿命が尽きる。
もし三十年に足りないようなら……。
因果律の変更なんかに頼らず、俺たちの戦闘力で勝つしかない。
「フォルトゥナ、みんなの枷鎖を外せないか?」
俺はそう問いかけた。
前々から考えていたことだった。
枷鎖を外せば、シンプルに戦力があがる。だからみんなの象徴に対してそれを実行して欲しかった。
だが、フォルトゥナは警戒するように眉をひそめた。
「いいけど。ひとつ条件があるわ」
「なんだ?」
「あなたはいますぐ武装を解除して、その象徴をソフィアに返却して欲しいの」
「は?」
なぜそんなことをする必要がある?
みんなで力を合わせて、全力でぶつかろうとしているのに。
「あなたは力を使いすぎたわ。このままいけば、あなたが次の邪龍になる」
「俺が……邪龍に……?」
いまは黒のアーマーで覆われているから、自分の皮膚が見えない。
もしかすると、自分で思っているより鱗が増えている可能性がある。
「あの邪龍は、考えることを放棄し、力だけを追い求めた魂の末路。あなたの体はもう限界を迎えつつある」
「限界? だからって、いますぐアレになるわけじゃないだろ?」
「ええ。いまは。ただし、そう遠くない未来に」
俺はこの力を使うべきではない。
しかし力を放棄すれば、琥珀を救えない。
しかし力を使えば、俺は人でなくなる。
それでもいいと思っていた。
だが、邪龍となった俺は、琥珀を傷つけるだろう。あるいは、俺がそうならないように、琥珀は命を使うかもしれない。
考えるんだ。
どう選択すれば正解へ近づけるのか。
「分かった。武装を解除する。みんなの枷鎖を外してくれ」
俺は深呼吸し、アーマーの解除をこころみた。
少しひっかかったが、虚無は球体に戻ってくれた。
腕が鱗だらけだ。
「お兄ちゃん、その腕……」
「大丈夫だ。もう使わない」
琥珀はぎゅっと石板を抱きしめていた。
使うのを我慢してくれている。
さいわい、邪龍はまだ仕掛けてこず、上空を旋回していた。
地面に激突するのが怖いのかもしれない。
転移門から、チーム・スペクトラムが排出された。
寿命のある限り、この領域からは出られない。
フォルトゥナは目をつむり、祈りを捧げるように手を合わせた。
優しい風が吹き抜けて、次々と枷鎖が外れてゆく。
みんな、満ち溢れるエーテルを感じているのか、顔つきも変わってきた。
これで戦力はあがった。
俺はソフィアへ虚無を押し付けた。
「返すよ」
「いいの?」
「そういう約束だ」
しかし衣装まで返却したわけじゃない。この服には加護がある。着ていれば簡単に死ぬこともない。空だって飛べる。つまり、俺の戦いは終わっちゃいないということだ。
榎本将記が先陣に立った。
「なるほど。これが本来の力というわけか。岩波、もっと強化できるか? これが最後の戦いだ。出し惜しみするな」
「はい!」
「服部、焦って仕掛けるなよ」
「それは命令か?」
「お願いだ」
「いいだろう」
テキパキと指示を飛ばしている。
チーム・スペクトラムは、その後方に陣を敷いた。
「俺たちは、あいつらの突撃を待ち、その隙に側面をつく」
「あのトカゲ、ブッコロしてやる」
「北条くん、分かってるとは思うが連携を乱すなよ」
「うるせェよ。何度も言うな」
口は悪いが、おそらく彼らは作戦通りにやるだろう。
そしてチーム・ブラックはといえば……。
「向井さん、悪いけど、前線に立ってもらえる?」
俺の言葉に、向井六花は目を細めた。
「その『悪いけど』は余計よ。言われなくたって前線に立つわ」
「頼んだよ。俺は邪魔にならないよう、後方に控えてる」
「身の程をわきまえるってことをおぼえたみたいね」
「ああ、ようやくな」
俺はこれまで一方的に、仲間たちへ指示を飛ばしてきた。前へ出ろ、後ろへさがれ。だが、いまは受け入れる番だ。
上島明菜がニヤニヤし始めた。
「イチャついちゃって。でもいいよ。八十村くんのことは、あたしが守ってあげる」
「ありがとう」
彼女の魔法はシールドの展開に向いている。
ここは四の五の言わず守ってもらうとしよう。
琥珀が不安そうな顔でこちらを見てきたので、俺は少し強めに頭をなでてやった。
いまは内藤くららも文句を言ってこない。
さて、そろそろ邪龍もウズウズしてきたころか。
戦闘の再開だ。
(続く)