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夢の叶う瞬間(とき)

 朝、琥珀にそれとなく聞いてみると、カラス男の提案に応じたことを認めた。

 もし邪龍ファーヴニルが悪い存在でないのなら、戦うのは可哀相だと。なにより、戦いそのものにうんざりしている様子だった。

 チャットでもみんなの意思を確認した。

 願いの内容までは教えてくれなかったが、みんなカラス男の提案に応じたらしい。

 もちろん責めることなどできない。

 俺だって応じたのだから。


 *


 上の空で数日が過ぎた。

 もし俺が約束を守れば、琥珀の寿命は延びる。


 榎本将記ともメールで情報交換した。

 彼らは悪魔の提案に応じなかったらしい。

 そして応じた俺のことを激しく叱責してきた。

 もちろんこっちだって本気じゃない。いつでも手のひらを返す準備はある。

 なのに、その意見は聞き入れられなかった。


 榎本将記は恵まれた才を持ち、恵まれた環境に育った。甘い誘惑に乗らずとも、夢を叶えられるのだろう。

 それに彼は、仲間を切り捨てることにも迷いがない。

 俺とは事情が違うのだ。

 考えがあっての選択なのに、一方的に叩くなんて。

 所詮、住む世界が違うのだ。


 *


 なにもかもがもつれたまま、アルケイナ界に呼び出されてしまった。


「出たよ」

 それがソフィアの第一声だった。

 俺たちも理解した。

 ついに邪龍が復活したのだ。


 転移門を通り、不毛の山岳地帯へ進入した。

 柱のような山がそびえている。


 俺たちは不安を抱えたまま、会話もなく、山頂を目指した。

 雲を抜け、ひたすら頂上へ。


 邪龍は、緑の大地に寝そべっていた。

 博物館で見た恐竜みたいだった。

 トカゲのような頭部で、体はヘビのように長く、短い手足をもち、背には薄い膜のある翼まで備えていた。

 腹部だけが少し膨らんでいる。

 サイズが巨大だから恐怖感はあるが、しかしおとなしく寝そべっているところを見ると、愛嬌のある爬虫類に見えなくもなかった。

 日向ぼっこしつつ、舌でペロペロと顔を舐めている。


「待っていたよ、友人たち」

 脇に立っていたカラス男が、なれなれしい態度で俺たちを出迎えた。

 ソフィアも黙っているところを見ると、こいつとの契約に応じたのかもしれない。


 彼は両手を広げ、こう続けた。

「理解のある仲間ができてよかった。もちろん約束は守る。君たちが、この子のよき友人である限りはね」


 もちろん俺は象徴シンボルを手放さない。

 いつでも戦える。

「これからどうするんだ?」

「それなんだが……。どうやら、この子を傷つけようとする悪い連中がここへ迫っているみたいなんだ。だからこの子が怖がらないように、守ってあげてくれないか?」

 守る?

 つまり、他のチームの連中と戦えということか。

 説得でなんとかできればいいが……。


 このとき、俺たちの警戒は外部へと向けられた。

 どこかの空から急襲されるのでないかと思って。


 敵は、しかし背後にいた。

 邪龍が口をひらき、長い舌を伸ばして俺たちの体を巻き取った。

 一瞬の出来事だった。

 俺たちは、なにが起きたのか理解さえできないまま、邪龍に丸呑みされた。


「うんうん。いいね。仲良くひとつになりたまえ。この子はもっと強くなる」

 口が閉じる前、カラス男のそんな言葉が聞こえた。


 *


 粘液の中を転がされた。

 なんらかの加護があるらしく、いきなり溶かされることはなかったが……。


 肉壁の蠢動しゅんどうに押され、最終的に、広い空間へ出た。

「きゃっ」

 誰が悲鳴をあげたかは分からない。

 だが、理由は分かった。

 足元が、白骨だらけだった。

 視界はまっくらではない。周囲に満ちたエーテルの光で、わりと明るい。邪龍の胃袋を内側から見るのは気分のいいものではなかったが。


 ソフィアが溜め息をついた。

「たぶん、これまで死んだ戦士たちの命の残骸だと思う」


 最悪だ。

 だが悲観する前に、まず認識しておくべき事実がある。

 俺は覚悟を決め、こう告げた。

「結局、罠だったってわけだ。俺たちは騙されたんだ」

「……」


 いや、カラス男は、騙したつもりなどないのかもしれない。

 ここには「大臣」と書かれた椅子が置かれていたし、「結婚おめでとう」と書かれた台には指輪まで用意されていた。誰のものか分からない骨でできた指輪だが。

 となると、琥珀の寿命も二倍か三倍になっているはずだし、俺たちはここに閉じ込められるから離れ離れになることもできない。

 全員の望みが、望んだものとは違う形で、叶った。


 琥珀と内藤くららが、ほぼ同時に鼻をすすって泣き出した。

 上島明菜もしゃがみ込んでしまった。


 俺は大臣の席へ腰をおろした。

 座り心地は悪くない。

「分かってると思うけど、まだ終わりじゃないぜ。むしろ戦いの始まりだ。幸い、敵は気を抜いている。内側から突き破ってやろう」

 だが、返事はなかった。

 よくある展開っぽいし、イケそうな気がするのだが……。


「ムリだよ。あたしたち、ここで死ぬんだ」

 上島明菜のつぶやきに、誰も反論しなかった。

 ソフィアでさえ。


 まだ死は差し迫っていない。

 諦めるには早すぎる。


 俺は立ち上がり、虚無ヴォイドを槍にして肉壁へ突き込もうとした。

 だが、その表面は凝縮したエーテルに保護されているらしく、干渉して弾かれてしまった。

 まるで磁石の同極が反発するみたいに。


 本当にムリなのか?

 出られないのか?


 ソフィアがかぶりを振った。

「神々と契約した以上、因果律に縛られることになるの。簡単にはひっくり返せないよ」

 説明ありがとう。

 つまりは絶望する以外に、特にできることもない、というワケだな。

 実際に絶望するかどうかはともかく。


 俺がふたたび腰をおろすと、向井六花が怖い顔で近づいてきた。

「ごめん。私、バカだった。甘い考えで、自分勝手な夢を見て、あなたまで巻き込んじゃった」

 骨の指輪をつかんでいる。

 俺は溜め息をついた。

「その指輪、どうするつもり?」

「こうよ!」

 力いっぱい地面に叩きつけ、容赦なく上から踏み砕いた。

 床の白骨もろとも粉々だ。


「八十村くん、私と離婚して!」

「はい?」

 まだ結婚もしてないのに?

 いや、したことになっているのか……。

「私、こんな生活、絶対にイヤ。だいたいなんなのよその椅子! そんなバカみたいなの、よく座れるわね!」

「椅子に罪はないよ……」

 白骨の上に座るよりはマシだし。


 向井六花は、「結婚おめでとう」の台も蹴り倒した。

「みんな! 立って! さっき八十村くんが言ったみたいに、まだ終ってない! 戦おう! こんなの許せないよ!」

 まっさきに反応したのは琥珀だった。

「そうだね。悪いヤツは、絶対に殺さないと」

 いまのいままで泣いていたのに、びっくりするほど無表情になっている。

 本気で怒ってるときの顔だ。


 上島明菜はそれでも弱気だ。

「でも六花ちゃん、どうやって出るの?」

「攻撃あるのみよ!」

「さっき八十村くんがやってもムリだったのに?」

「諦めないで! そんな弱気なこと言うなら、絶交だから!」

 やや脳筋なんだよな。


 俺は腰を上げた。

 こっちだって、ノープランのまま余裕ぶってるわけじゃない。

 いちおうの策はあるのだ。

 数秒前に思いついたやつだけど。


 俺は槍を振るい、先端を大きく動かした。

 その一瞬、いつものように空間が裂けて、異空間が見えた。これが脱出の鍵となるだろう。


 だが、ピリピリしている向井六花は、俺が遊んでいるように見えたらしい。

「危ないから振り回さないで!」

「そうじゃない。よく見てくれ。俺の象徴は空間を切り裂けるんだ。脱出できるかもしれない」

「えっ?」


 俺は虚無を、小型の転移門に変形させた。

 空間が裂けて外が見える。

「これでどうだ?」

 離婚を取り消す気になっただろう。


 だが、ソフィアが「待って」と止めに入った。

「さっきも言った通り、因果律が働いてるの。安全に通過できるとは限らないよ」

「マジか……」

 俺は意を決し、指先で表面に触れた。

 途端、バチィと音がして、大きく弾かれた。出血には至らなかったが、そっと触れただけでこの衝撃。もし警戒していなかったらズタズタに裂かれたかもしれない。

「いってぇ……」

 いいアイデアだと思ったんだが。


 ソフィアはやや遠慮がちに続けた。

「ここから出るには、まずは因果律を変更しないと。たとえば、石板タブラ・ラサを使うとか」

 クソみたいな提案だ。

「どうせリスクがあるんだろ?」

「うん。いまの琥珀ちゃんには寿命が九十年あるから、一人くらいなら救えると思う。でも、二人以上はムリ。それくらい強力な契約だから。オススメはできない」

 もしくは俺の虚無で変更するか。

 だが、九十年の寿命で一人しか救えないなら、俺の寿命でもムリだ。こっちはあと五十年しか残ってない。


 つくづく無謀な契約をしてしまったらしい。

 そもそも、簡単に書き換えられるくらいなら、ソフィアだってもっと好き放題やらかしていたはずなのだ。

 俺は悪魔との契約を軽く考えていた。


 すると転移門から、ぬっと女が現れた。

 長い髪をまとめ、体に白い布を巻いた女神。

 フォルトゥナだ。

「大変なことになったわね」

 俺は思わず目を丸くした。

「ふ、普通に入ってきた……?」

「私は契約していないから、因果律にも縛られていないの」

 そういうことか。

 すべては因果律に支配されている。

 彼女には自由がある。

 俺たちにはない。

 そろそろあきらめて、絶望するしかないのかもしれない。


 俺は大臣の席へ腰をおろし、こう尋ねた。

「なにか策は?」

「ソフィアの象徴を使うといいわ」

「象徴?」

「それは生命の樹。邪龍そのものでもある。とはいえ、すでに分離してしまった以上、いま扱えるのは抜け殻のみだけれど」

 抜け殻?

 そんなので、いったいなにができるって言うんだ?


 フォルトゥナは、慈愛に満ちた笑みでソフィアへ近づいた。

「先日、あなたは悪魔の使いと契約したわね。邪龍と友達になる。その代わり、私とも仲良くなりたいと願った」

「うん……」

「だから、応じてあげる。いまからあなたの枷鎖リミッターを解除するわ。その力で、この状況を打開して見せて」

「どうすれば?」

「樹にはまだ少しだけ命が残ってる。その命を使えば、全員の因果律を変更できる」


 持つべきものは友だな。


 *


 俺たちは因果律を変更し、転移門で外へ出た。

 邪龍はのんきに眠りこけている。

 カラス男は絶句。


「ただいま。なかなかスリリングなアトラクションだったぜ。だが、契約ごっこは終わった。ここからは好きにやらせてもらう」

「これは驚いた……」

 そうだろう、そうだろう。

 なにせ俺だって驚いてるんだからな。

 こんなにスムーズに出られるとは。


 フォルトゥナがさらに転移門を出現させると、待機していたらしいチーム・ホワイトと、チーム・スペクトラムが、次々飛び出してきた。


「あのまま喰われるかと思ったぞ」

 榎本将記はあきれ顔だ。

「策はあると言ったはず」

「すべて計算づくだったとでも?」

「ただのラッキーだけど……」

 反論したくはあったが、事実は事実として受け止めなくては。


 鎌を担いだ北条真水が舌打ちした。

「で、どっちをブッコロせばいいんだ? カラスか? ヘビか?」

 するとメガネ男が、くいとメガネを押し上げた。

「両方でいいだろう」

 相変わらずの戦闘狂だ。

 ともあれ、彼らもこの戦いに協力してくれる気になったらしい。きっと説得に成功したのだ。俺たちが時間を稼いだおかげ、ということにしておこう。


 カラス男は「やれやれ」と肩をすくめた。

「人間ごときが邪龍に挑もうとは。もはや哀れでさえあるな」

 そして彼は、邪龍の顔をペチペチと叩いた。

「起きよ。お前を傷つける悪い人間どもが集まってきたぞ」

 すると邪龍は重低音でグルグル唸りながら、のそのそと動き出した。トカゲのように上体だけを起こし、とんでもない高さで俺たちを見下ろしてきた。

 カラス男は満足そうだ。

「そうだ。立派な姿だぞ、邪龍よ。待ちに待った破壊の時間だ。視界に入るもの、すべてがお前の玩具となる。お前の憎むべき世界を、好きなだけ壊すといい。これからお前は世界に恐怖を与え、生命をもてあそび――」

 そのときだった。

 邪龍が一歩進み出て、その拍子にカラス男をプチッと踏み潰した。

 ま、中身は精霊なんだろうから、本体にダメージはないんだろうけれど。


 ともあれ、邪龍は動き出した。

 恨みはないが、止めさせてもらう。

 ドラゴン退治だ。


(続く)

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