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二十二枠

 帰宅したが、誰の姿もなかった。

 俺は自室に入って鞄を放り、着替えもせずベッドに寝転がった。


 きっといまごろ向井六花と上島明菜は「話し合い」の最中だろう。邪魔しては悪い。

 かといって一人でいても、スマホのゲームくらいしかやることがない。いや、ウィキペディアを読むなどして勉強してもいいのだが……。


 気力のわかなかった俺は、スマホを手にしたまま、特に操作することもなく、ただぼんやりと布団のやわらかさに包まれていた。


 *


 神殿に来ていた。

 もちろんメンバーは俺一人。

 うとうとしているうちに紛れ込んでしまったらしい。いや、そもそもここは自力で到達できるような場所だろうか? もしかしてソフィアに呼ばれたのでは?


 キョロキョロしていると、ソフィアがやってきた。

 白い布を体にまいた、青い髪の少女。背には小さな翼がある。


「呼んだか?」

「うん」

 いつも通りの人なつこいにこにこ顔。

 だが、心の底はどうだか知れない。

「まさか一人で戦わせる気じゃないだろうな」

「そんなことしないよ。ただお話ししたかっただけ」

「お話し? ま、いいぜ。クソみたいな内容じゃなけりゃな」

 クソみたいな内容じゃなかった試しがないが。

 ソフィアはそれでも表情を変えなかった。

「仲間を増やしたいって言ってたよね?」

「ああ、言ってたな。向井さんが」

「候補を用意してるの」


 空中に、楕円形の鏡のようなものが浮き上がった。

 いや、テレビだろうか。

 そこには、学校で図書委員をしている琥珀の姿が映し出されていた。


「この子なんだけど、どう思う?」

 率直に言っていいのか?

 目の前のクソガキを、槍で串刺しにしてやりたい気持ちだ。だが、事前に確認をとったことだけは褒めてやろう。

「ダメに決まってるだろ」

「あ、やっぱり? 空いてる枠も五つしかないしね。じゃあメンバー増やすのはナシにしようかな」

「ぜひそうしてくれ。いまのメンバーで十分だ。言っておくが、もし妹を巻き込んだら、その瞬間に取り返しのつかないことになるからな? それだけは覚悟しておいてくれ」

「うんうん」

 ちゃんと理解してるんだろうな。

 優しく言っちゃいるが、こっちはかなり怒ってるぞ。もし妹がこんなことに巻き込まれて、寿命をすり減らすなんてことになったら……。考えただけでも頭がどうにかなりそうだ。


 ま、それも問題なのだが。

 別の疑問もある。

「で? 空いてる枠が五つってのはどういう意味だ?」

役割ロールのことだよ。全部で二十二枠しかないの」

「二十二!? そんなにあるのか? つーか空きが五ってことは……えーと……」

「十七枠は埋まってるね」

「俺たち以外にもいるってことか?」

「そうだよ」

 だからなんだという顔。

 なぜそんな簡単に言えるんだ。

「どこにいるんだよ?」

 するとソフィアは、にぃっと不気味な笑みを浮かべた。

「別の領域テリトリーで戦ってる」

「敵じゃないんだよな?」

「分かんない」

「分かんない!? ふざけんな。どういう意味だよ?」

「どうもこうも、それは相手の気持ち次第だからさ」

「気持ち?」

 こいつはあきらかに状況を楽しんでる。

 ずっとニヤニヤしたままだ。

 俺は象徴シンボルを槍に変形させた。

「答えろよ、ソフィア」

「私を攻撃する気? あまり賢い判断とは思えないけど」

「愚者に賢さを求めるな」

「まあまあ。軽率なことはやめておきなよ。本気じゃないのは分かってるけどさ」

 クソ。

 もちろんただの脅しだ。というより、反応を見たかっただけだ。実際に攻撃したらヤバいことになるのはなんとなく分かる。だから、武器を向けたとき、どれだけ慌てるのか見てみたかった。結果、ちっとも慌てちゃくれなかったが……。


 俺は象徴を球体に戻した。

「知ってること全部教えてくれ。仲間だろ?」

「仲間? んー、まあ、いちおうはそういうことになるかな。でも言えることと言えないことがあるよ? フェアじゃなくなっちゃうから」

「なんだよフェアって」

「君たち五人だけヒイキするわけにはいかないってこと」

「そこをあえてヒイキしろ」

「ぶっぶー。ダメですぅー。琥珀ちゃんのことを事前に聞いてあげただけでもかなり優しい対応なんだから。感謝して欲しいよ、まったく。ぷんすかぷん」

 このクソガキ……。

 だが、まあ、一理あるな。あくまで一理だが。

「分かった。その点だけは感謝する。琥珀を巻き込まないって約束するんだよな?」

「もちろん」

「だからって瑠璃を身代わりにするのもダメだからな?」

「もー、うるさい。分かってるよ。心配性なんだから」

「信用の問題だ」


 だが確認は取れた。

 家族が巻き込まれないなら、ひとまずそれでいい。


 ソフィアは肩をすくめた。

「ま、聞きたいことはそれだけだから。戦いがあったらまた呼ぶね。じゃ、バイバーイ」

 一方的に用件を切り上げ、白いもやもやで包み込んできた。


 *


 自室のベッドで目を覚ました。

 時計を見るが、まだ五時前。夕飯の時間でさえない。俺はスマホをつかみ、画面を確認した。上島明菜からメッセージが来ていた。


『少しいい?』

『おーい』

『返事してよー』


 意味不明なスタンプとともに、そんな内容が送られていた。

 俺も慌ててメッセージを打った。


『ごめん、寝てた』

『どうだった?』


 既読マークはすぐについた。

 返事はこうだ。


『明日、あの喫茶店で会える?』


 文字では伝えきれない内容ということか。

 俺が『もちろん』と打ち返すと、親指を立てているクリーチャーのようなスタンプが来た。女子高生的には、これがカワイイのだろうか。

 ともあれ、明日またミーティングだ。


 コンコンとドアがノックされた。

「おにーちゃーん。おきてるー?」

 琥珀だ。

 勝手に入ってきたりはしないが、俺が居眠りしているといつもこうして呼び出してくる。

「起きてるよ」

「プリン食べようよー」

「いま行く」

 まったく、かわいい妹だ。

 一人で食べればいいものを。


 *


 リビングに入ると、瑠璃もいた。

「兄貴、やっと起きた……。ちょっとプリン作ったから味見してみてよ」

「お前が作ったのか?」

「二人で作ったの。いいから食べて。そして感想ちょうだい。悪いこと言ったら怒るから」

「おう……」

 褒めるしかないようだな。

 琥珀がスプーンを持ってきて「はいどうぞ」と渡してくれた。

「ありがとう」

 小さなカップに、カラメルソースのかかったプリンがおさまっていた。見た目はごく普通。特に言うべきことはない。

 俺はスプーンをつっこんで一口食べた。

 まずは香ばしいカラメルの風味が来た。そしてなめらかな舌触りとほのかな甘み。最後はミルク感が舌に残った。

「うまい……」

 それしか出てこない。

 瑠璃がふんと鼻を鳴らした。

「うまいのは分かってんの。もっと具体的に褒めて」

「え? いや、うますぎてちょっと……。本当にお前たちが作ったのか? どこかで買ってきたんじゃなくて?」

「すごいっしょ? ネットのレシピ見て作ったの」

「すごいよ。さすがだな」

 俺も料理に挑戦したことはあるのだが、チャーハンを作ろうとしてガリガリに焦がした経験しかない。

 自宅でこんなうまいプリンが食えるとは。


 琥珀も嬉しそうだ。

「お父さんとお母さんにも食べてもらおうね」

「新しいプリンにも挑戦するわよ。次は抹茶プリン」

「わぁ、楽しそう」

 仲よさそうでなによりだ。

 この二人がこうして楽しそうにしていると、俺も兄である甲斐があるというものだ。


 椅子で足を組んでいた瑠璃が、ぐっと顔を近づけてきた。

「そういうわけだから、兄貴、後片付けお願いね」

「は? 俺が?」

「当然でしょ。兄貴だけなにもしてないんだから」

「……」

 勝手に作っておいて、後片付けを押し付けるとな?

 だがまあ、食ってしまったわけだしな。

 背中をバンバン叩かれた。

「また食べさせてあげるからさ! いいじゃん!」

「お前な……」

 琥珀は「え、私もやる」と言ってくれたのだが、瑠璃が「いいからいいから」と引きずって部屋へ行ってしまった。

 俺は一人になった。


 よその家ではどうか知らないが、うちはむかしからこんな調子だった。俺と瑠璃で作業を分担する。琥珀はあまやかす。かわいいから仕方がない。


 妹たちの作ったプリンを食いながら、俺は思った。

 アルケイナの武器は、使用者の強さに比例するという。つまり俺自身が強くなれば、アルケイナでの生存率もあがる。

 もしなにかの間違いで琥珀が巻き込まれても、守ることができる。


 プリンを食って片付けを済ませたら、筋トレでも始めるとしよう。

 俺は強くならねばならぬ……。


 *


 だがその日、アルケイナでの戦闘はなかった。

 特別なことじゃない。ソフィアにもソフィアの事情があるのだろう。妹が巻き込まれないならそれでいい。


 翌朝、学校へ向かった俺は、勉強だけして放課後を迎えた。

 予定はないから、そのまま喫茶店へ。すると、すでに上島明菜が待っていた。

「こっちこっち」

 チェーン店だから先払いだ。

 俺はコーヒーだけ持って彼女のテーブルへ向かった。

「早くない?」

「うち、私立でさ。ホームルームも掃除もないから」

 こんなシンプルな情報さえ把握していない。

 俺たちは、お互いのことをよく知らないままだった。

 向井六花がたまたま同じ学校で、それを上島明菜がたまたま見つけたから会うことができた。だが、内藤くららやレオが、いまどこでなにをしているかは分からない。


 俺はブラックのコーヒーをすすり、あまりの苦さに砂糖とミルクをあるだけ投入した。ココアにしておけばよかった。

「で、昨日はどうだったの?」

「あー、うん、それね……」

 それが本題のはずなのに、上島明菜はなんとも言えない表情でカフェモカのカップを持ち上げた。

 なにか言いづらいことだろうか。

 ケンカした様子ではないが。

「言いづらかったら、言えるとこだけでいいよ」

「うん。笑わないで聞いて欲しいんだけど……。向井さん、あたしらが付き合ってると思ってたらしくて」

「は?」

 いや、まあ、今後そうなる可能性は否定できないが……。現時点では、そうとも言い切れない。なにせ現実で会うのはこれで二度目だ。そりゃ素敵な女性だとは思うけど。

 彼女も困ったような笑みを浮かべた。

「おうちがね、わりと厳格っていうか。男女のことに厳しいみたい。だから、そういうのは、ちゃんとしないとダメだってお説教されて……」

「だから男に厳しいのか」

「そうなの?」

「俺が声かけてもほとんど無視だぜ。その代わり、毎日女子のファンに囲まれてる。てっきり男が嫌いなのかと思った」

 今日もそうだった。

 道場に入るまでずっと廊下でキャーキャー言われていた。クラスは違うが、よく見る光景だ。


 俺は今度こそ甘くなったコーヒーをすすった。

「ま、俺なんかじゃ嫌われて当然か。最悪の出会いだったし」

「うん。あれも怒ってた。あ、でもあたしはあんまり見てないから大丈夫。安心してね」

 赤面してしまった。

 見た目に反して、じつにかわいらしい。

 いや、ここで余裕ぶっている場合ではないな。事故とはいえ、堂々と見せつけるべきではなかった。

「反省してるよ」

「ううん。八十村くんは悪くないよ。急に呼ばれたんだし」

「そう言ってくれると助かる」

 しかし向井六花は、俺を斬り捨てたいと思っているかもしれない。内藤くららは舌打ちしていたが、まあそれくらいのほうがこっちも気が楽だ。そういえば上島明菜は、あのときも両手で顔をおおっていたような気がする。俺の中のギャルの概念が壊れる。


 彼女は鞄からノートを取り出し、テーブルに広げた。

「ね、せっかくだし、また前回の続きしよ? 作戦会議したら、すっごくチームワークよくなったし」

「いいね。やろう。あれからいろいろ気づいたことがある」

 レオの機動力が、こちらの想像以上だったこと。内藤くららが戦況をよく見て動いていること。あとは、向井六花の戦法がワンパターンということも。

 ま、パターンが分かりきっているほうが、こちらも合わせやすいというものだ。


(続く)

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