ラストナイト 後編
俺は隙なく構え、北条真水と向き合った。
敵の象徴は鎌。
切られれば、死なずとも寿命を削られる。
慎重に攻めなくては……。
だが、北条真水が構えをといた。
俺も背後からの気配に気づいて、そちらを確認した。
どこかにふっ飛ばされていたらしい向井六花が、大剣を重たそうに引きずりながら、ボロボロの姿で近づいてくるところだった。
「八十村くん、そこ代わって。私がやる」
呼吸が荒くなっている。
「ムリだ! 俺に任せてくれ! これ以上は命に関わる!」
「うるさい。あなたはさがってて。ていうより、見届けてよ。私、勝つから」
「……」
もう人の話など聞きそうにない顔だ。
それくらい決意をみなぎらせている。
俺は道を開けた。
「危なくなったら助けに入るから」
「ダメ。そんなことしたら絶交」
頑固すぎる。
だが、絶交だろうがなんだろうが、危なくなったら俺は動く。こっちだってそれなりに頑固のつもりだ。
北条真水は肩をすくめた。
「オマエも懲りねェな。また泣くハメになるぞ?」
「あのころの私とは違う」
「なにが違うんだ? ジジイの操り人形がよ。オマエは空っぽ女なんだよ。自分の頭で考えもしねぇ。それがイッパシの口を聞いてやがる。笑わせんな」
唐突ではありますが、横から拳で失礼してもよろしいでしょうか?
なぜこいつはこんなに口が悪いのだ?
だが、向井六花は不敵に笑った。
「そう。私は操り人形だった。でも、もうやめたの。あなたとの縁談も解消させてもらう。両親には私の気持ちを伝えてあるから」
すると北条真水もサメのような顔で笑った。
「上等だ。剣のほうも操り人形じゃねぇといいんだがな」
「それはいまから見せてあげる」
親に言えたんだな。
ずっと不毛なことが続いていたけれど、そこだけは本当に、俺にとってもいいニュースだった。
あとはこの戦いさえうまくいけば……。
先に仕掛けたのは向井六花だった。
大剣をなんとかぶん回して、真上から攻めた。が、回避され、鎌でいなされた。
おそらくいま、敵は彼女を切ることができた。なのに、ただ鎌の背で突き飛ばした。
あの男、もしかして手加減しているのか……。
向井六花は睨みつけた。
「切りなさいよ!」
「あ? オマエ、自分にその価値があるとでも思ってんのか?」
「私を侮辱する気?」
「そうだ。侮辱だ。もとからザコのくせに、そんなザマでこの俺に挑んできやがって。目障りなんだよ」
「昔からそうね、あなたって人は……」
斬撃。
刃が弧を描き、ガァンと音を立てて激突。
夜空にエーテルが散った。
この戦いを、俺は羨望の目でみないわけにはいかなかった。
ふたりは幼馴染なんだろうか。
俺の知らない過去がある。
ふたりだけが分かり合ってる。
やがて向井六花が弾き飛ばされた。
立ち上がろうとするが、足に力が入らないらしく、みっともなく転がった。
北条真水は、その様子をシラけた顔で見ている。
かと思うと、彼は俺へ話しかけてきた。
「おい、オマエ。ぼうっと見てんな。危なくなったら入ってくんじゃなかったのかよ?」
「まだそのタイミングじゃない」
「見ろこの女。ちっとも立ちあがれねーじゃねーかよ。殺そうと思ったら秒で殺せンぞ?」
「分かった。じゃあ選手交代だ」
向井六花も、さすがに文句を言ってはこなかった。
「次鋒、愚者行きます、ってところだな」
俺のつぶやきは誰からも無視された。
まあ流してくれて結構。
北条真水は、鋭い眼光で俺を睨みつけてきた。
「なあ、オマエさ、どっかの道場通ってたろ? その戦法、どっかで見覚えあンだよな。たしか他流試合やったとき……」
「忍術を少々」
「おー、それだ。忍術。いたよいたよ。西山先生だろ?」
「なぜそれを……」
動きのクセだけで、師匠が分かるのか?
こいつ、性格はクソすぎるが、戦いの才能はあるようだな。
サメ男は嬉しそうにニィッと笑った。
「なるほどな。どうりで奇襲が得意なわけだ。動きも変則的で読めねーしよ。あの人が師匠か。納得したぜ」
動きが変則的なのは、たぶん素人だからだと思うが。
俺は平静を装い、こう応じた。
「おかげで、正面から戦うのは得意じゃない」
「よく言うぜ」
「舌戦は結構。行くぞ」
「かかってこい」
ではお言葉に甘えて。
俺は背面からエーテルを噴射させ、トップスピードで突きを打った。
もちろん当たらない。
ギリギリで回避された。
だが俺は大きく通り過ぎてから、地面を蹴ってUターンし、ふたたび打撃を放った。敵は鎌の背でそれを受けた。俺はその鎌ごと殴り飛ばす。
北条真水は、地面の花々を散らしながら地面を転がった。
ハッキリ言ってこんなパワーだけの戦い方、忍術でもなんでもない。なのに敵は、よく流派を当てることができたものだ。構えとかステップとか呼吸とか、そういうのでバレたのだろうか。
北条真水はのたのたと立ち上がった。
「なるほど。力で押せるときは力で押してくるってワケだな。ま、一対一じゃ、奇襲もなにもあったもんじゃねぇしな」
その通り。
コソコソ背後から仕掛けるのが忍術ってもんだ。
こうしてバチバチにやり合う状況では、たいして忍者らしいことはできない。まあ土を蹴りあげて目潰しくらいはできるだろうけど。
その後も、いくらかの激突があった。
パワーでもスピードでもこちらが上。
だが、技は向こうが上回った。
確実に押しているのだが、押しきれない。
「はぁ、クソ、やっぱ強ぇな……」
こうして弱音を吐いたのは、敵の作戦だろうか。
俺は安易に距離を詰めない。
「降参か?」
「ナメんなボケ。オマエはそのワケの分かんねー能力でぶん殴って来てるだけだろ。そんな単調な攻撃じゃ、いつまで経っても死ねねーんだよ」
もし急にジャンプキックに切り替えれば奇襲になるかもしれない。が、移動しながら攻撃し、なおかつ体勢を崩さないようにするためには、上半身による攻撃しかない。
いや「しかない」というのはウソだが。
ここは堅実に攻めなければ、相手の技に飲まれる。
だが、戦闘を継続することはできなかった。
転移門が現れ、フォルトゥナが姿を現したからだ。
花々の中へ降り立った彼女は、哀しげな顔をしていた。
「ソフィア、愚かなことを……」
責められたソフィアは、しかし動じなかった。
「分かってる。けど、これが最後のワガママ。私、みんなを信じることにする」
「そう。なら終わらせましょう」
魔法陣が現れ、審判が召喚された。
北条真水は舌打ちだ。
「クソが。せっかくあのガキをブッコロせるところだったのによ。オマエらのせいで台無しだ」
好戦的なのも考えものだな。
俺も思わず応じた。
「今後は味方であることを願うよ」
「アマえんな。誰がオマエらなんかと手を組むかよ」
「……」
まあいい。
彼にもメンツってものがあるんだろう。
*
俺たちは、平穏な雲上へと帰還した。
戦死した上島明菜を除く四名と、そしてソフィア。今回はフォルトゥナもいた。
足を撃ち抜かれ、動けなくなった琥珀に、内藤くららが泣きついている。
「ごめんね、琥珀ちゃん。でもボク、どうしていいか分からなくて……」
「いいの。止めてくれてありがとう。私、取り返しのつかないことするところだった」
「ごめん。ごめんね」
「もう謝らないで」
苦しそうだが、命に別状はなさそうだ。
傷口には、内藤くららのジャケットが巻き付けられている。急いで応急処置をしてくれたのだろう。
俺はソフィアへ向き直った。
「今後はどうなる?」
「生命の樹まで案内する。その力を使って、アルケイナ界を終わらせよう」
「いいんだな?」
「仕方ないもん……」
浮かない顔だ。
彼女にとって、ここは錬金術師と一緒に作ったような世界だった。神になる夢も抱いた。だが、すべては悪魔に利用されていた。
このままでは邪龍とやらが復活してしまう。
へたり込んでいた向井六花が、大剣を杖代わりにしてなんとか立ち上がった。
「でも、チーム・スペクトラムのメンバーは、きっと協力しないと思う」
あいつらの動きは読めない。
一部は特に好戦的だ。
自分たちを欺いたソフィアにいい印象を抱いていないはず。
ソフィアもうつむいてしまった。
「また、守ってくれる?」
向井六花は目を細めた。
「いいけど、あなたも戦いなさいよ。いちおう戦士なんでしょ?」
世界ということになっている。
なかなか答えないソフィアに、今度は俺が尋ねた。
「そういえば、お前の象徴はなんなんだ?」
「生命の樹」
「そうか。なら、武器にはならなそうだな」
丸腰というわけだ。
向井六花も溜め息をついた。
「分かった。じゃあ私たちが守ってあげる。ちゃんと感謝しなさいよ?」
「うん」
和解、ということでいいのかな。
少なくともチーム・ブラックは。
琥珀の心境は読めないが……。でも、少しは考えを改めてくれたと思う。足を傷めたのは気の毒だったけど。
あとは、チーム・スペクトラムの妨害さえなければ……。
だが、俺は策をひとつ思いついた。
説得すればいいのだ。
必ずしもアルケイナ界で会う必要はない。
榎本将記の手を借りて、居場所を突き止める。そしてなりふり構わず交渉を仕掛け、休戦へ持ち込むのだ。
戦場でバチバチやり合うだけが戦いじゃない。
敵を取り込んで味方にするのも、立派な戦術だ。もし味方にできなくとも、せめて対立だけは避けられるかもしれない。
(続く)