ラストナイト 前編
他日、アルケイナ界。
まばゆい光に包まれた白亜の神殿の前で、ソフィアが出迎えた。
いつものようなふざけた態度じゃない。
ごく神妙な表情をしている。
「フォルトゥナと話したよ」
それが彼女の第一声だった。
「たぶんだけど、みんなの言ってることが正しいと思う。受け入れるのは難しいけど……」
事実に到達しかけている、か。
だが、おそらく藤原咲耶の言ったように、非を認めるにはインターバルが必要なのだろう。
彼女はどこか気まずそうに、目をそらし、こう言葉を続けた。
「たしかめたいことがあるの。あなたたちを、本当に信用していいのかどうか」
全員が納得するかは分からない。
だが、俺は受け入れたかった。
「なにか提案があるのか? ぜひ教えてくれ。応じられるかもしれない」
ソフィアはうなずいた。
「今日はね、特別な敵を用意する。みんながどんなふうに戦うのか見せてみて?」
「敵? 戦いで証明させるのか?」
「これ以上のヒントはナシ。さ、行って。今日で花のエリアは最後だよ」
*
青空から一転して、夜の世界。
あまったるい花々の領域。
俺たちは警戒しながらも、そのときを待った。
おそらくチーム・ホワイトも同様に待機しているはず。
チーム・スペクトラムはどうだろう。
他チームとは通信ができないから、状況を把握することはできない。
ふと、彫刻のある転移門が出現。
現れたのは、小さな翼をもった少女。
役割は世界。
ソフィアだ。
ただひとり、武器も持たず、ふっとこの地上へ降り立った。
まさか特別な敵が自分とはな……。
俺は仲間たちに「待機」を要請した。
安易に攻撃を仕掛けるべきじゃない。
「どうするの?」
向井六花が不安そうな表情で尋ねてきた。
もちろん分からない。
ただ、これはなんらかの試練のはず。
どうすべきかは、可能な限り考えなければならない。
身をひそめた内藤くららから通信が来た。
『いつでも撃てる』
「待ってくれ」
『分かってる。戦いたくないんでしょ?』
「ああ……」
彼女も、このごろだいぶ協力的になってきた。
ソフィアは動かない。
遠すぎて、表情も見えない。
チーム・ホワイトはどうするのだろうか。
まったく動きはない。
俺は腕のアザをみた。
虚無に反応してうずいている。
一体化したくてたまらなくなっている。
気をつけていないと呼吸が乱れる。
新たな転移門が出現した。
現れたのはチーム・スペクトラム。
それも五名。
フルメンバーだ。
いったいなにをしに……。
などと傍観していると、例のメガネとおぼしきシルエットが、魔法書を手に近づいていった。
ヤる気だ。
これまでの借りを返すつもりかもしれない。
「内藤さん! ソフィアを援護して!」
『了解』
返事は早かった。
一条の光が敵を襲う。
すると後退したメガネに代わって、今度は鎌を手にした北条真水が挑みかかった。
これを阻止すべく、脇からワゴンが突入。
チーム・ホワイトがソフィアに加勢した。
「俺たちも行こう!」
守らなくては。
ソフィアを。
いまは戦っちゃいけない。
たしかにソフィアは悪いヤツだ。
自分の目的を叶えるために、俺たちの命を簡単に奪い続けた。
復讐したくなる気持ちも分かる。
だけど、それじゃあ解決しないのだ。
近づくと、北条真水と服部大輔が、拮抗した戦いを繰り広げていた。
「逃げ回ってないでかかってこいよ。次は首を刈る」
「ふん。言葉ではなく、行動で証明してみせろ」
戦闘狂たちは、この状況さえ楽しんでいるようだ。
俺は虚無を巨大なシールドに変化させ、ソフィアの前に立った。
間もなくメガネの放った光の矢が、そこへ直撃して闇夜へ霧散。
「また君か。何度も俺の邪魔をできると思うな」
「どうぞお手柔らかに」
全力はご遠慮願いたい。
俺はともかく、いまはソフィアを肉片にされるのは困る。
するとソフィアは、なんとも言えない表情でつぶやいた。
「守ってくれるんだ?」
「仲間になるんだろ? なら守る」
「私のこと、嫌いじゃないの?」
「分からん。だけど、今後好きになる可能性はある。なにせ、マイナスからのスタートだからな。だが気にするな。俺も似たようなものだった。けど、いまは仲間がいる。きっとお前にもできるさ」
ウソじゃない。
本当のことだ。
それはいま、俺が証明している。
メガネが魔法を放とうとしたが、仲間たちがそれを阻止してくれた。
俺は流れ弾がソフィアの命を奪わないよう、つきっきりで保護するつもりだ。
ソフィアはつぶやいた。
「見て。私を殺したがってる人がいるよ」
「受け入れろ」
「受け入れられないよ」
「お前がしたことだ。だが、もう言うな。認めて前に進め。いまのお前には俺たちがついてるだろ!」
「寂しい」
「耐えろ。絶対に死なせない。もし泣くなら、それはいまじゃない。結果を見て感動してから泣いてくれ」
魔法が飛んできて、ガァンとシールドを叩いた。
俺はいっぺん床を転がされたが、すぐに起き上がって盾にとなった。ちょっとしんどいが、俺のシールドは頑丈だ。割れるものなら割ってみろ。
「八十村くん、体に鱗ができてる」
「そうだな」
「人間じゃなくなっちゃう」
「そうかもな」
「私のせい?」
「そうだ。だがもう言うな。俺は受け入れている」
ふたたび魔法が来て、俺は花の中をみっともなく滑った。
金髪の強化能力のせいで、メガネの魔法が重たすぎる。
そのうち腕の骨も折られそうだな。だが、耐えてみせる。このクソみたいな茶番で、仲間を死なせるつもりはない。
「さっきから、痛くないの?」
「まあまあだな」
「ウソ。手が震えてるよ」
「ちっとシビレてるだけだ。あぐあッ」
自分でもビックリするような光景を見た。
あまりの衝撃で、腕が折れ、その骨が皮膚を突き破って飛び出してきた。俺は転倒しただけでなく、シールドを手放してしまった。
というか、変な方向に曲がって自分の腕じゃないみたいなのに、鋭い痛みだけが襲ってくる。
やるんじゃなかった、という気も、少しはした。
「お兄ちゃん!」
琥珀が目に涙をためて駆け寄ってきた。
「俺に構うな! 作戦を続けろ!」
「ムリだよ! なんでこんな子のために、お兄ちゃんが傷つかないといけないの!?」
「大事なことだからだ!」
「私、やりたくない!」
琥珀……。
俺はお前を守るためにやっているのに、やはり傷つけてしまう……。
「どうしてもダメなら、後ろにさがってろ」
「お兄ちゃんも……」
「俺はここに残る」
「なんで?」
「なんでもだ!」
「だって、もう象徴も持てないでしょ?」
「まだ手はある」
俺は無事なほうの腕で地べたを這って、虚無へ近づいた。
盾の役割は、上島明菜が代わってくれた。
魔法には魔法で、というわけだ。
しかし強化された魔法を受け続けるのは、かなり厳しかろう。
それでも琥珀の魔法なら、メガネを始末できるかもしれない。あのときはいろんなタイミングが重なったとはいえ、敵のシールドを破壊できたのだ。
「お兄ちゃん、ムリしないで!」
「……」
うるさい。
これはお前のためでもあるんだ。
なぜ邪魔をする……。
俺と琥珀が戦いに参加していないせいで、チーム・ブラックはほとんど貢献できていなかった。代わりに、今日はチーム・ホワイトが活躍している。
ひときわ大きな魔法が炸裂した。
ダァンと落雷。
シールドを破られた上島明菜が、絶命して膝から崩れ落ちた。
だが、ソフィアは無事。
きっと自分を犠牲にしてソフィアを守ったのだ。
俺は歯を食いしばって虚無へ近づいた。
だいぶ遠い。
あいつと一体化すれば、腕だって動くようになるはず。ここが正念場だ。
夜空を、ワゴンが舞った。
おそらく魔法でぶっ飛ばされたのだろう。
仲間が、次々と散ってゆく。
いまのシールド役は、チーム・ホワイトの魔術師だ。だが、早くしないと上島明菜の二の舞になる。
あと少し。
黒い盾に手をのばす。
だが、それは急に取り上げられた。
琥珀だ。
「ダメだよ、お兄ちゃん」
「なにやってんだ! 返せ!」
「また鎧にするんでしょ? そしたらもっと変なアザできちゃう! もうやめてよ!」
「いまやらないとダメなんだ! それを返せ!」
腕の激痛のせいで、気を使っている余裕なんてなかった。
骨の心が痛い。
ずっとハンマーで叩かれているみたいに。
だが、琥珀は聞き入れなかった。
「あ、そうか。ソフィアちゃんがいるからいけないんだ」
「えっ?」
「あの子がいるから、お兄ちゃんが傷つくんだよね?」
「こ、琥珀?」
「待ってて、お兄ちゃん。私が片付けてきてあげる」
ウソだろ……。
ここでソフィアの気持ちを踏みにじったら、もう、取り返しのつかない事態になる。戦いが有利に進められないだけじゃない。信じようとする人の気持を、裏切ることになってしまうんだ。
すると通信機から、ぼそりと声がした。
『ごめんね、琥珀ちゃん』
「えっ?」
エーテル銃が飛んできて、琥珀の足が撃ち抜かれた。
「あぎィ……」
危ない転び方をした。
後ろから膝を貫かれたようだ。
『ごめん……ごめんね……でも……琥珀ちゃん、間違ってるよ……』
内藤くららは、絶対に、そんなことしたくなかったろう。
だけど、その行為に、俺も妹も助けられた。
命を奪わずに動きを止めるには、こうするほかなかった。
俺は通信機に「ありがとう」とだけ告げ、琥珀の落とした虚無へ手を伸ばした。意識を通わせ、黒いエーテルを身にまとう。
腕の痛みがひいていった。
起き上がれる。
「琥珀、そこで寝てろ。すぐに終わらせる」
「お兄ちゃん、待って……」
「……」
待つわけにはいかない。
*
魔術師は、メガネの攻撃によく耐えていた。
まずは敵チームの強化を止めなければ。
俺は加速し、ソフィアたちを通り過ぎ、メガネを通り過ぎ、のんきに傍観していた金髪へ渾身の突きを叩き込んだ。
「があッ」
手に、身体を破壊するときのイヤな感覚があった。
きっと即死できたはず。
悪いが、手加減している余裕はなかった。
「戦いをやめろ! ソフィアを殺してなんになるんだ!」
俺がそう告げると、北条真水が鎌を手に襲いかかってきた。
「シケたこと言ってんじゃねェよ。ここは戦場だろ? 強いヤツが、弱いヤツの命を刈る場所だ」
「黙れよ!」
こちらも打撃を放つが、さっと避けられてしまった。
強化は失われたはずだが、それでもかなりの体捌きだ。
横を見ると、榎本将記が片膝をつき、ハルバードにしがみついていた。
チーム・ホワイトにもバッファーはいるが、それでも及ばなかったようだ。
ふと、視界の端に巨大な鏡が見えた。
藤原咲耶と百地青子が、その場でなにやらモメていた。
「咲耶さん、おやめなさい! なぜあなたが犠牲になるのです!?」
「技を発動させるためには、私が中に入る必要があるのです」
「不毛ですわ! ほかの方法を考えましょう!?」
「あなたには関係のないこと」
「ありますわ! わたくし、あなたに傷ついて欲しくないの! だからもうおやめになって!」
「離してください。巻き込んでしまいます」
仲間割れか。
ストーカーを応援したい気持ちになったのは、これが初めてだ。
だが、俺は自分の戦いに集中しなければ。
敵は北条真水。
こいつにだけは負けられない。
(続く)