表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/45

打ち上げ花火

 数日後、花火大会に呼ばれた。

 といっても瑠璃は同級生と用事があるから不参加だし、琥珀と内藤くららは二人でなにかをするみたいだったので、俺だけが現地へ向かった。


 つまり、前回の戦いで寿命を失った向井六花と、上島明菜と、同時に顔を合わせることになるわけだ。

 だけどチャット上では『次は頑張ろうね』といった感じで、わりと前向きに見えた。


 場所は上島明菜の地元。

 そんなによく見えるわけではないが、あまり混まないという公園に集まった。遊具もない、ベンチだけの公園だ。

 俺たちは途中のコンビニでおにぎりやジュースを買い、並んで座った。


 また俺だけ私服。向井六花と上島明菜は浴衣。

 そもそも俺は、浴衣を持っていない。着る機会もなかった。


「もうあがってるね」

 上島明菜が、少し身を乗り出した。

 ちょっと前まで黒髪だったのに、いまはピンクのメッシュが入っている。彼女いわく「どっちにしろナンパされるしもういい」だそうだ。


 遠くの空に花火があがると、やや遅れてドーンと音が来た。

 手で握れそうなほどの小ささ。混雑していない理由も納得というものだ。だが、雰囲気だけは味わえる。


 俺はおにぎりを食べた。

 ツナマヨ。

 中毒性が高すぎる。これを考えた人間にノーベル平和賞を与えて欲しい。


 向井六花が、いたずらっぽい顔でこっちを見てきた。

「八十村くんは、花より団子だね」

「これ好きなんだ」

「ふーん」

「なに?」

「べつに」

 なぜかジト目になっている。

 生真面目な子かと思ったけど、彼女はわりとこういうやりとりもするようだ。


 公園には、おそらく男子高校生と思われる集団もいた。

 花火があがるたび「ウェーイ」「ギャハハ」と盛り上がっている。

 あまり品はよくないが、見ていて羨ましくもあった。俺も隣のクラスの友人と、男同士でバカみたいに騒ぐときがある。なんだか原始人に戻ったみたいな気がしないでもないけれど。楽しいものは楽しいのだから仕方がない。


 上島明菜は立ち上がって、空を見上げていた。

 花火に集中しているのだろう。

 そう思っていた。


 だけど、彼女はぽつりとつぶやいた。

「そういえば、こないだ二人で出掛けてたみたいじゃん? 楽しかった?」

「……」


 俺は言っていない。

 向井六花も目を丸くしている。


 上島明菜はこちらへ振り向いて、笑みを浮かべた。

「あ、ごめん。街で見かけちゃったからさ。声かけようと思ったんだけど、おジャマかなーって思って」

 いや、ごまかすようなことじゃない。

 二人で出掛けたのは事実だし、その理由も説明できる。


 ブブッとスマホが鳴り、内藤くららから『琥珀ちゃんはボクが守護らねばならぬ』とメッセージが来たが、俺は無視するしかなかった。

 なんなんだよこの怪文書は。

 タイミングが悪すぎる。


 一瞬出遅れたせいで、先に向井六花が返事をしてしまった。

「たまたま一緒になったから……」

 意味深な言い回し!

 待って! ちゃんと! 家出の顛末から話してくれないと! 絶対に! 誤解を与えますよこれは!


 上島明菜も「ふーん、そうなんだ」と真顔になってしまった。

 なんなんだよこれ。

 モテまくってるラノベの主人公みたいじゃんか……。


「いや、だからさ、向井さんが家のことで悩んでて」

 俺がそう言いかけると、ぐっと服を引っ張られた。

「八十村くん! 言わないでって言ったでしょ!」

「あ、ごめん」

 そうだ。

 言わない約束だった。

 いやいや、だったら手詰まりじゃん……。

 上島明菜も「そっか、言えないんだ」とうつむき気味。


 えーと……。

 過去のループではどうだった?

 まったく情報がないんだが……。

 今回初めて起こった事態ということなのかもしれない。


 俺はビニール袋をあさった。

「あのぅ、おにぎりもう一個あるけど、食べる?」

「……」

 返事ナシ。


 こちらの事情とは無関係に花火があがり、そのたび男子高校生が「ウェーイ」と盛り上がった。

 世界は空気など読まない。


 上島明菜は溜め息をついた。

「いいよ。ごめん。あたしが悪かった。なんか突っかかっちゃったみたい。もうこの話やめよ? ホントごめんね。今日の主役は花火だもんね」

 彼女はいつも自分から折れる。

 場の雰囲気を守ろうとして。


 すると向井六花が立ち上がり、上島明菜の正面に立った。

「待ってよ。あなたはなにも悪くないでしょ? なんですぐそうやって謝るの?」

「謝っちゃ悪いの?」

「言いたいことあるならハッキリ言って」

 えぇっ、なんでこうなっちゃうのさ……。

 上島明菜もさすがに不快だったらしく、眉をひそめた。

「そっちだって言えないことあるクセにさ……」

「それは……家のことだから……」

「でも八十村くんには言ったよね?」

「仕方なかったの」

「だからいいって、この話は。どうせ言えないんだから」

「そういう言い方やめて。誰にだって言えないことくらいあるでしょ?」

「だったらなに? 謝ったんだからそれでいいじゃん。いい加減、うざいんだけど?」


 花火はあがるが、男子高校生たちはもう「ウェーイ」とは言わなくなっていた。いきなり始まった口論に絶句している。


 しばしの沈黙ののち、か細い声で上島明菜がつぶやいた。

「友達になれたと思ってた……」

「あっ……」

 向井六花も自分の手を胸元でぎゅっと握った。

 これはいけない。

 傍観していたら、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。


 だが、俺が救助に入るより先に、外野が仕掛けてきた。

 ニヤニヤした顔で、男が一人近づいてきたのだ。

「イチャついてたと思ったら急にケンカして、どこのバカかと思ったら君たちか?」

 見知った顔。

 咎人ザ・ハングドマンの……えーと、たしか各務莉煌斗かがみりおとだ。


 上島明菜が反射的に「ひっ」と身をすくませた。

 よほどトラウマになっているらしい。

 咎人はそんな様子を見て、ニタリと気味の悪い笑みを浮かべた。

「そんな怖がんないでさ。べつに敵同士じゃないんだし」

 すると後ろの男たちも「知り合いか?」「泣かせんなよ」などとケラケラ笑った。

 クソどもが。

 咎人は気をよくしたのか、饒舌になってこう続けた。

「上島明菜さん、だったよね? 八方美人の君が、人と対立するなんて珍しいよね? よっぽどなんかあったの? あ、もしかして女子特有の、イライラする日だったり……」


 だが、俺が立ち上がるより先に、向井六花が仕掛けた。すっと踏み込んで咎人の腕をとり、地べたにねじ伏せたのだ。

「あだだぁっ! 待って! 痛いってぇ!」

「なんの用? いま大事なところだから邪魔しないで」

「待ってギブギブ! ホント痛いから!」

 いや、もっと痛めつけたほうがいいぞ。こいつ反省してないから。


 向井六花も技を解かなかった。

「心の傷は治りにくいの。安易に傷つけていいと思わないで」

「思ってない思ってない思ってないですぅ! 挨拶しようと思って話しかけただけ! だから離してぇ!」

 思ってなくてもやるんだろう、こういうタイプは。なにも考えてないんだから。


 だが、技はついに解かれた。

「もう二度と私たちに話しかけてこないで」

「いってぇ……」

「返事が聞こえないけど?」

「はい!」

 自業自得だな。

 とはいえ、ちょっと気の毒という感じもしないでもない。


 俺は未開封のおにぎりをつかみ、うずくまる咎人に近づいた。

「ま、ケンカ両成敗ってことで。これあげるから許してよ」

「は?」

「どうぞお収めください」

「わ、分かった。もらうわ。なんか悪いな……」

 困惑した様子だったが、これ以上やり合っても無意味だと思ったのか、彼はすごすご仲間たちのもとへ戻っていった。

 男子高校生たちは「だっさ」「秒殺じゃん」などと煽っていた。だが、まあ、これもある種の優しさなんだろう。誰にも触れられず、しんみりしてしまうほうがつらい。


 向井六花はあきれた様子でこちらを見ていた。

「八十村くん、お人好しだよね」

「アフターケアってやつだよ」

 だが、俺の言葉にリアクションはなかった。


 彼女は上島明菜に近づき、強引に手を握った。

「そんな顔しないで。私、友達だと思ってるから。いまだって、上島さんが悪く言われて本気でムカついたし」

「えっ……」

「いまは言えないこともあるけど……でもいつかきっと話すから。時間が欲しいの。だから、まだ友達でいて欲しい……」

「いいの?」

「私、あなたに嫌われたくない」

 向井六花は涙をこらえていた。

 俺には言われたくないだろうけれど、きっとこれまで対等の友達がいなかったのだろう。ずっと孤高の存在だったから。

 上島明菜もかすかに鼻水をすすったが、涙はこぼさなかった。

「分かった。じゃあ友達でいてあげる。その代わり、そろそろ下の名前で呼んでよね」

「し、下の……」

「明菜って」

「う……その……明菜さん……はい……」

 照れているのか、耳まで赤くなっている。

 ひるんだところへ、「六花ちゃん」と抱きつく上島明菜。

 公衆の面前で、いきなり……。


 えーと、しかしどういうことだ?

 上島明菜は、俺じゃなくて向井六花と仲良くなりたかったのか?

 邪魔なの俺のほうじゃんよ……。

 ま、帰らないけどな!


 俺はベンチに腰をおろし、お茶を一口やった。

 抱き合う少女たちと、祝福する花火。

 絶景だ。


 男子どもが「あの男、なにしてん?」「フラれたんじゃね?」などと言っている。

 まだフラれてない!

 つまり、可能性だけは無限大ということ。

 そこを履き違えないでいただきたい。


 *


 その後、三人だけのチャットで、あらためて上島明菜から謝罪があった。

 仲間ハズレにされたみたいで哀しかった。でも和解できて嬉しかった。またみんなで一緒に遊びたいと。


 じつは中学のころ、クラスメイトから「八方美人」と言われて責められたことがあったのだとか。それで仲間ハズレにされて、孤立したことがあったらしい。

 しかも、それをなぜか咎人が知っていて、アルケイナ界での攻撃材料に使ってきた。

 ま、あいつの武器は言葉なのだ。事前にみんなの情報を集めまくってきたのだろう。あの公園にいたということは、きっと学区も近いはず。


 向井六花は、もう完全に上島明菜と和解していた。『今度一緒に出かけましょうね』などと言っている。

 俺の入り込む余地がない。


 かと思うと、別チャンネルへチャットが飛んできた。

『無視なの?』

『琥珀ちゃんのことはボクが守護るから』

『よろ』

 そして魚スタンプの連打。

 内藤くららだ。


 俺は気の毒になって、チャットを返してやった。

『どこ行ってたの?』

 返事はすぐに来た。

『レオのお墓参りだよ』

『そろそろお盆だし』

『琥珀ちゃんから聞いてないの?』

『家族なのに?』

『これボクの勝ち確ですね』

 そして魚スタンプの連打。


 勝手に勝ってろ。

 だが、まあ、そうか。レオも仲間だ。お盆だし、俺もまた会いに行こうかな。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ