打ち上げ花火
数日後、花火大会に呼ばれた。
といっても瑠璃は同級生と用事があるから不参加だし、琥珀と内藤くららは二人でなにかをするみたいだったので、俺だけが現地へ向かった。
つまり、前回の戦いで寿命を失った向井六花と、上島明菜と、同時に顔を合わせることになるわけだ。
だけどチャット上では『次は頑張ろうね』といった感じで、わりと前向きに見えた。
場所は上島明菜の地元。
そんなによく見えるわけではないが、あまり混まないという公園に集まった。遊具もない、ベンチだけの公園だ。
俺たちは途中のコンビニでおにぎりやジュースを買い、並んで座った。
また俺だけ私服。向井六花と上島明菜は浴衣。
そもそも俺は、浴衣を持っていない。着る機会もなかった。
「もうあがってるね」
上島明菜が、少し身を乗り出した。
ちょっと前まで黒髪だったのに、いまはピンクのメッシュが入っている。彼女いわく「どっちにしろナンパされるしもういい」だそうだ。
遠くの空に花火があがると、やや遅れてドーンと音が来た。
手で握れそうなほどの小ささ。混雑していない理由も納得というものだ。だが、雰囲気だけは味わえる。
俺はおにぎりを食べた。
ツナマヨ。
中毒性が高すぎる。これを考えた人間にノーベル平和賞を与えて欲しい。
向井六花が、いたずらっぽい顔でこっちを見てきた。
「八十村くんは、花より団子だね」
「これ好きなんだ」
「ふーん」
「なに?」
「べつに」
なぜかジト目になっている。
生真面目な子かと思ったけど、彼女はわりとこういうやりとりもするようだ。
公園には、おそらく男子高校生と思われる集団もいた。
花火があがるたび「ウェーイ」「ギャハハ」と盛り上がっている。
あまり品はよくないが、見ていて羨ましくもあった。俺も隣のクラスの友人と、男同士でバカみたいに騒ぐときがある。なんだか原始人に戻ったみたいな気がしないでもないけれど。楽しいものは楽しいのだから仕方がない。
上島明菜は立ち上がって、空を見上げていた。
花火に集中しているのだろう。
そう思っていた。
だけど、彼女はぽつりとつぶやいた。
「そういえば、こないだ二人で出掛けてたみたいじゃん? 楽しかった?」
「……」
俺は言っていない。
向井六花も目を丸くしている。
上島明菜はこちらへ振り向いて、笑みを浮かべた。
「あ、ごめん。街で見かけちゃったからさ。声かけようと思ったんだけど、おジャマかなーって思って」
いや、ごまかすようなことじゃない。
二人で出掛けたのは事実だし、その理由も説明できる。
ブブッとスマホが鳴り、内藤くららから『琥珀ちゃんはボクが守護らねばならぬ』とメッセージが来たが、俺は無視するしかなかった。
なんなんだよこの怪文書は。
タイミングが悪すぎる。
一瞬出遅れたせいで、先に向井六花が返事をしてしまった。
「たまたま一緒になったから……」
意味深な言い回し!
待って! ちゃんと! 家出の顛末から話してくれないと! 絶対に! 誤解を与えますよこれは!
上島明菜も「ふーん、そうなんだ」と真顔になってしまった。
なんなんだよこれ。
モテまくってるラノベの主人公みたいじゃんか……。
「いや、だからさ、向井さんが家のことで悩んでて」
俺がそう言いかけると、ぐっと服を引っ張られた。
「八十村くん! 言わないでって言ったでしょ!」
「あ、ごめん」
そうだ。
言わない約束だった。
いやいや、だったら手詰まりじゃん……。
上島明菜も「そっか、言えないんだ」とうつむき気味。
えーと……。
過去のループではどうだった?
まったく情報がないんだが……。
今回初めて起こった事態ということなのかもしれない。
俺はビニール袋をあさった。
「あのぅ、おにぎりもう一個あるけど、食べる?」
「……」
返事ナシ。
こちらの事情とは無関係に花火があがり、そのたび男子高校生が「ウェーイ」と盛り上がった。
世界は空気など読まない。
上島明菜は溜め息をついた。
「いいよ。ごめん。あたしが悪かった。なんか突っかかっちゃったみたい。もうこの話やめよ? ホントごめんね。今日の主役は花火だもんね」
彼女はいつも自分から折れる。
場の雰囲気を守ろうとして。
すると向井六花が立ち上がり、上島明菜の正面に立った。
「待ってよ。あなたはなにも悪くないでしょ? なんですぐそうやって謝るの?」
「謝っちゃ悪いの?」
「言いたいことあるならハッキリ言って」
えぇっ、なんでこうなっちゃうのさ……。
上島明菜もさすがに不快だったらしく、眉をひそめた。
「そっちだって言えないことあるクセにさ……」
「それは……家のことだから……」
「でも八十村くんには言ったよね?」
「仕方なかったの」
「だからいいって、この話は。どうせ言えないんだから」
「そういう言い方やめて。誰にだって言えないことくらいあるでしょ?」
「だったらなに? 謝ったんだからそれでいいじゃん。いい加減、うざいんだけど?」
花火はあがるが、男子高校生たちはもう「ウェーイ」とは言わなくなっていた。いきなり始まった口論に絶句している。
しばしの沈黙ののち、か細い声で上島明菜がつぶやいた。
「友達になれたと思ってた……」
「あっ……」
向井六花も自分の手を胸元でぎゅっと握った。
これはいけない。
傍観していたら、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
だが、俺が救助に入るより先に、外野が仕掛けてきた。
ニヤニヤした顔で、男が一人近づいてきたのだ。
「イチャついてたと思ったら急にケンカして、どこのバカかと思ったら君たちか?」
見知った顔。
咎人の……えーと、たしか各務莉煌斗だ。
上島明菜が反射的に「ひっ」と身をすくませた。
よほどトラウマになっているらしい。
咎人はそんな様子を見て、ニタリと気味の悪い笑みを浮かべた。
「そんな怖がんないでさ。べつに敵同士じゃないんだし」
すると後ろの男たちも「知り合いか?」「泣かせんなよ」などとケラケラ笑った。
クソどもが。
咎人は気をよくしたのか、饒舌になってこう続けた。
「上島明菜さん、だったよね? 八方美人の君が、人と対立するなんて珍しいよね? よっぽどなんかあったの? あ、もしかして女子特有の、イライラする日だったり……」
だが、俺が立ち上がるより先に、向井六花が仕掛けた。すっと踏み込んで咎人の腕をとり、地べたにねじ伏せたのだ。
「あだだぁっ! 待って! 痛いってぇ!」
「なんの用? いま大事なところだから邪魔しないで」
「待ってギブギブ! ホント痛いから!」
いや、もっと痛めつけたほうがいいぞ。こいつ反省してないから。
向井六花も技を解かなかった。
「心の傷は治りにくいの。安易に傷つけていいと思わないで」
「思ってない思ってない思ってないですぅ! 挨拶しようと思って話しかけただけ! だから離してぇ!」
思ってなくてもやるんだろう、こういうタイプは。なにも考えてないんだから。
だが、技はついに解かれた。
「もう二度と私たちに話しかけてこないで」
「いってぇ……」
「返事が聞こえないけど?」
「はい!」
自業自得だな。
とはいえ、ちょっと気の毒という感じもしないでもない。
俺は未開封のおにぎりをつかみ、うずくまる咎人に近づいた。
「ま、ケンカ両成敗ってことで。これあげるから許してよ」
「は?」
「どうぞお収めください」
「わ、分かった。もらうわ。なんか悪いな……」
困惑した様子だったが、これ以上やり合っても無意味だと思ったのか、彼はすごすご仲間たちのもとへ戻っていった。
男子高校生たちは「だっさ」「秒殺じゃん」などと煽っていた。だが、まあ、これもある種の優しさなんだろう。誰にも触れられず、しんみりしてしまうほうがつらい。
向井六花はあきれた様子でこちらを見ていた。
「八十村くん、お人好しだよね」
「アフターケアってやつだよ」
だが、俺の言葉にリアクションはなかった。
彼女は上島明菜に近づき、強引に手を握った。
「そんな顔しないで。私、友達だと思ってるから。いまだって、上島さんが悪く言われて本気でムカついたし」
「えっ……」
「いまは言えないこともあるけど……でもいつかきっと話すから。時間が欲しいの。だから、まだ友達でいて欲しい……」
「いいの?」
「私、あなたに嫌われたくない」
向井六花は涙をこらえていた。
俺には言われたくないだろうけれど、きっとこれまで対等の友達がいなかったのだろう。ずっと孤高の存在だったから。
上島明菜もかすかに鼻水をすすったが、涙はこぼさなかった。
「分かった。じゃあ友達でいてあげる。その代わり、そろそろ下の名前で呼んでよね」
「し、下の……」
「明菜って」
「う……その……明菜さん……はい……」
照れているのか、耳まで赤くなっている。
ひるんだところへ、「六花ちゃん」と抱きつく上島明菜。
公衆の面前で、いきなり……。
えーと、しかしどういうことだ?
上島明菜は、俺じゃなくて向井六花と仲良くなりたかったのか?
邪魔なの俺のほうじゃんよ……。
ま、帰らないけどな!
俺はベンチに腰をおろし、お茶を一口やった。
抱き合う少女たちと、祝福する花火。
絶景だ。
男子どもが「あの男、なにしてん?」「フラれたんじゃね?」などと言っている。
まだフラれてない!
つまり、可能性だけは無限大ということ。
そこを履き違えないでいただきたい。
*
その後、三人だけのチャットで、あらためて上島明菜から謝罪があった。
仲間ハズレにされたみたいで哀しかった。でも和解できて嬉しかった。またみんなで一緒に遊びたいと。
じつは中学のころ、クラスメイトから「八方美人」と言われて責められたことがあったのだとか。それで仲間ハズレにされて、孤立したことがあったらしい。
しかも、それをなぜか咎人が知っていて、アルケイナ界での攻撃材料に使ってきた。
ま、あいつの武器は言葉なのだ。事前にみんなの情報を集めまくってきたのだろう。あの公園にいたということは、きっと学区も近いはず。
向井六花は、もう完全に上島明菜と和解していた。『今度一緒に出かけましょうね』などと言っている。
俺の入り込む余地がない。
かと思うと、別チャンネルへチャットが飛んできた。
『無視なの?』
『琥珀ちゃんのことはボクが守護るから』
『よろ』
そして魚スタンプの連打。
内藤くららだ。
俺は気の毒になって、チャットを返してやった。
『どこ行ってたの?』
返事はすぐに来た。
『レオのお墓参りだよ』
『そろそろお盆だし』
『琥珀ちゃんから聞いてないの?』
『家族なのに?』
『これボクの勝ち確ですね』
そして魚スタンプの連打。
勝手に勝ってろ。
だが、まあ、そうか。レオも仲間だ。お盆だし、俺もまた会いに行こうかな。
(続く)