ゴールド&シルバー 後編
俺は動けない。
だから、仲間たちに託すしかない。
といっても、もう、動けるのは琥珀と内藤くららだけだが……。
一条の光が伸びた。
内藤くららの狙撃、だが、ゴールドの周囲にシールドが展開され、攻撃は弾かれてしまった。
やったのはメガネだ。
「ぼうっと立ってるんじゃない。次は助けないぞ」
「これは失礼」
余裕の会話だ。
こちらの手の内はすべて披露してしまった。
もう奇襲は通用しないだろう。
すると石板を手に、琥珀が前へ出た。
頼む。
頼むから異界文書を書き換えないでくれ。
お前の寿命はあと三十年しかないんだ。
石板が掲げられ、魔法が発動した。
光の柱。
それも、いつもの細いものではない。大木ほどもあろうかという、とんでもないサイズだ。長さも電信柱ほどある。
それが、メガネを直撃した。
もちろんシールドは展開された。だが、受け止めるにはエネルギーが足りなかったのだろう。ほんの一瞬だけ柱の動きを止めたが、すぐさま粉砕され、メガネもすり潰された。
ダァーンと重たい音が響き渡り、花々が風圧でゆすられた。
すると間もなく、金髪の頭部へも狙撃が命中。
彼は糸の切れた人形のようによろけ、その場に崩れ落ちた。
勝利だ。
たぶん。
まだサメ野郎が生きているが。
いちおうのルールでは、これはチーム・ブラックとチーム・ホワイトの対決ということになっている。
だから、チーム・ホワイトが全滅したのなら、転移門が出現していないとおかしい。
まだ撤退していない自動機械が、わらわらと密集している。
いくら弱いとはいえ、あれを片付けないと俺たちの安全は確保されない。
だが次の瞬間、自動機械の大半が砕け散った。
飛び出してきたのは戦車だ。
「ぐっ……クソ……俺は……無敵だ……」
いや無敵ではない。
傷だらけでボロボロだが、どうにか生きていたらしい。
力を使い果たしてへたり込んだ琥珀に代わり、内藤くららがエーテル銃で自動機械をなぎ払った。
そこでようやく敵は撤退を開始。
だが、面倒なことになった。
服部大輔が生きているということは、帰還用の転移門が現れないということだ。
彼はワゴンに乗ったまま、のたのたと近づいてきた。
「生き延びたのはガキだけか」
「俺も生きてる」
俺は寝転んだまま告げた。
「ほう。無様だな。その様子では、戦えまい」
「妹には手を出すな」
「ふん。命令するな。だが言われずとも、ガキをいたぶる趣味はない。フォルトゥナの登場を待つ」
ガキと言われて怒ったのか、内藤くららが『こいつ撃っていい?』と通信をよこしてきた。
だが俺が「待て待て」と告げると、いちおう従ってくれた。まあ本気じゃなかったのだろう。
転移門が現れた。
フォルトゥナと、二人の少女。
「これは……予想外の展開ですね」
「草草の草ですわ。一人でじゅうぶんだと豪語していたのに、大の字でお休みだなんて。そのままお腹をひやすといいですわ」
青と赤の衣装。
藤原咲耶と百地青子だ。
俺は力を入れて、なんとか身を起こした。
「またフォルトゥナを傷つける気か……」
「あら、てっきり死んでいたものかと」
「ま、ギリギリでな」
とはいえ、現在のメンバーでは、前回の攻撃には耐えられないだろう。
鏡を使ってこないことを祈るのみだ。
「交換条件ってのはどうだ」
彼女たちがなにか言い出す前に、俺は必死で持ちかけた。
「交換条件?」
「榎本さんの個人情報をやる。だからフォルトゥナを解放してくれ」
榎本将記には悪いが、緊急事態だ。
フォルトゥナのためなら、きっと彼も承諾してくれるだろう。
百地青子が「草」と言いかけたところで、藤原咲耶が口を開いた。
「あなた、勘違いしてますね」
「なんだと?」
「私は、フォルトゥナを傷つけるつもりはないと言っているのです」
「えっ?」
どうした?
考えを改めてくれたのか?
藤原咲耶は神妙な表情で、こう続けた。
「彼女から、歴史を見せてもらいました。それが事実かどうかは判断しかねますが……。もし事実であれば、悔しい話ですが、私たちが騙されていたということになります」
「……」
俺はここで追撃しなかった。
彼女たちは、自分たちの力で事実に近づこうとしていた。それを煽り立てても仕方がない。
百地青子は自慢の縦ロールを指先でつまんだ。
「わたくしは信じる気ありませんけど。咲耶さんが信じたいのであれば、寄り添うのもやぶさかではありませんわ」
藤原咲耶は、しかし迷惑そうな顔だ。
「いえ、あなたはあなたのお考えで決めたらいいと思います」
「んまーっ、ソウルメイトに対してそのようなこと……」
「ソウルメイトではないので」
やはりただのストーカーだったか。
いや、いまはふざけている場合ではない。
タイミングを見計らい、俺は口を挟んだ。
「じゃあ、今回は戦わなくていいんだな?」
「はい。私たちはこのまま撤収します」
「そこの死にぞこないも連れてってやってくれ。このまま放置されたら、寿命が減らされちまうからな」
「もちろんです」
気に食わない相手だが、余計な恨みを買う必要はない。
寿命の十年くらい、ぶん取ってやりたい気持ちはあるけれど。
北条真水はこちらを睨みつけた。
「恩を売ったつもりか?」
「好きに解釈してくれ」
「クソ野郎が……」
うーん、黙らせたい。
だが、彼女たちは転移門を使い、北条真水を連れて帰還してしまった。
いったいなぜ転移門を自由に使えるのかは不明だが。
まあいい。
フォルトゥナは哀しげな目でこちらを見ている。
「私の到着が遅れたばかりに、また命が失われてしまったわね……」
自分を責めている。
俺はかぶりを振った。
「そんなことない。あんたが来てくれなかったら、もっと多くの命が消えることになるんだ。どんなに時間がかかったって、来てくれただけ嬉しいよ」
「本当に? そう思ってくれる?」
「もちろん……」
なんだか、ずいぶんと弱気だ。
鏡の中で、ひどく傷つけられたのかもしれない。
フォルトゥナは魔法陣を描き、審判の精霊を召喚した。
ラッパの音が、夜空に響き渡った。
*
俺たちは神殿へ強制送還された。
ソフィアが悔しそうな顔でこちらを見ている。
「また勝てなかった……」
そう。
勝てなかった。
こいつの基準では、その程度の認識なんだろう。
だが、こっちは仲間の命を失った。
俺はソフィアに近づき、容赦なく平手を叩き込んだ。
妹たちはビックリしていた。
ソフィアも目を丸くしている。
俺は、もしかしたら正当な理由で叩いたんじゃないのかもしれない。いや、そもそも叩くのに、正当な理由なんて存在しないんだろう。
だけど、そうしないわけにはいかなかった。
「お前の父親は、こんなこと望んでなかった」
「えっ……」
「あの人は、ずっとお前を止めたがってた。なのにお前はそんなことも分からないで……」
「なんでパパのこと言うの!」
こいつはたぶん、全部は知らないんだろう。
俺の枷鎖が外れたことまでは察知した。けれども、誰がそれをやったかまでは分かっていないのだ。
なにせ、あの人は、アルケイナ界の外にいた。
だからソフィアには見えなかったのだ。
「お前の父親は、外の世界でずっとお前を見守ってた。お前が悪魔に騙されていることを気にして……」
「勝手なこと言わないで!」
小さな翼をパタパタ動かして怒っている。
「お前が育てているのは生命の樹なんかじゃない。世界を喰らう怪物、邪龍だ」
「えっ?」
「お前のお父さんが、みずからの存在と引き換えに教えてくれたんだ。きっとこれが最後のチャンスだと思ったんだろう」
「パパ! パパがいたの!? 本当に?」
「ああ、いた。だが、もう消えてしまった。お前を止めるために」
「……」
半信半疑といった顔。
だが、いろいろ考えて、やはり事実だと確信したのだろう。
だいたい、俺が自力で枷鎖を外したり、異界文書を書き換えたりできるわけがないのだ。そのためには外部の協力者が必要。
ソフィアは目に涙を溜めて、こちらにしがみついてきた。
「パパは、なんて……」
「お前を救いたいと」
「救う? それって私が神になることでしょ? そのために樹を育ててるんだよ?」
「それが間違いなんだよ。お前は邪悪な存在に利用されている。生命の樹に溜められた命は、邪龍の復活に使われるんだ」
「ウソだっ! ウソだウソだウソだウソだウソだっ!」
地団駄を踏んでしまった。
ま、俺だって真偽は判断できない。だけど、あの錬金術師が己の存在と引き換えにしてまで俺に託したのだ。きっと真実のはずだ。
「すべてを受け入れろとは言わない。だが、考える材料にはしてくれ。あの人は、ずっとお前のことだけを考えて、あらゆる手を尽くしてきた。俺も協力したい」
「……」
返事はない。
睨むような目。
だけど、俺を信じようとしているようにも見えた。
「一度、フォルトゥナとも話し合ってみたらどうだ? それで信じられるようならそうすればいいし、納得いかないならそれでも仕方ない」
「わたし、あなたのこと嫌い」
「それでもいい。だが、もし嫌いでなくなったら、そのときは手を組もう。正しい目的のためなら、俺はお前を受け入れる」
「今日は帰って。もうバイバイだよ」
白いもやがかかり、景色が塗りつぶされた。
*
部屋で目をさましたとき、時計はまだ五時半を回ったところだった。
夏休みだってのに、早起きが過ぎる。
俺は腕に違和感をおぼえたので、薄暗いながらも目をこらし、よく確認してみた。
黒いアザがある。
よく見ると、鱗みたいな形。
虚無の使いすぎか?
それとも因果律に触れたか?
このままだと、本当に人でなくなってしまうかもしれない。
だけど、こうでもしないと戦いに勝てないのだ。
きっと俺が弱いから……。
力が欲しい。
もっともっと、強い力が。
(続く)