ゴールド&シルバー 前編
その晩、俺たちはアルケイナ界に召喚された。
花々の咲き誇る夜の領域。
今回、琥珀はうちで戦う。
榎本将記からも、来なくていいと言われた。その代わり、内藤くららが両陣営の後方支援にあたる。これには前回もかなり助けられたようだ。
たしかに腕はいい。
周りもちゃんと見ている。
俺だって、彼女にはどれだけ助けられたか分からない。
「いつも通りだ。自信を持って、なおかつ気をつけながらやろう。絶対に勝てる」
俺は仲間たちへそう告げた。
これまでも、精霊との戦いには負けていない。
つい虚無をアーマーにしがちだが。これを使っている限りは、おそらく勝てる。
ソフィアから通信が来た。
『今日という今日は許さないよ。絶対に勝たせてもらうから』
勝手にしろ。
だが、ヤツは本当に勝手にしやがった。
まず、転移門からチーム・プシュケの精霊が現れた。そして自動機械も出現。
そこまではいつも通り。
続いて、深い緑の衣装をまとった戦士が現れた。
おそらくはチーム・スペクトラムのメンバーなのだろう。
見知った顔だ。
そいつはニヤリと笑みを浮かべた。
「なるほど、そういう関係だったのか」
肩に長い鎌を担いでいる。
例のサメ野郎だ。
世界って狭いねとか、偶然って怖いねとか、そういう話じゃない。これはソフィアの意図的な人選だ。参加者がムカつくようになる相手を、わざと選んでいる。
俺は意を決し、前へ出た。
「あんたか……」
「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺は北条真水。役割は死神だ。先に教えといてやる。この鎌は危ねーぞ。当たれば、そのまま寿命を刈り取る。たとえ死ななくともな」
なんなんだそのクソみてーな武器は。
ふざけんなよ……。
俺はツバを飲み込み、なんとか声を発した。
「戦う理由がない」
「そうか? 正直、生命の樹がどうなろうが俺の知ったこっちゃねーけどよ。オマエらと戦えるなら喜んでヤるわ。なんかムカつくしな」
精霊も自動機械も、ぜんぶチーム・ホワイトのほうへ行ってしまった。
つまり、このサメ野郎は、たった一人で俺たちを始末するつもりでいる。
向井六花が、大剣を構えて前へ出た。
「私がやる」
「……」
一騎打ちか……。
いや、止めるべきだ。
こんなのと戦って傷ついたら、どれだけ寿命を奪われるか分かったもんじゃない。
北条真水は、ひときわニヤリと笑みを浮かべた。
「六花……。オマエ、俺に勝てる気でいんの? 一回も勝ったことねーだろ?」
「こっちでの戦い方は、道場とは違う」
「俺に負けて、毎日メソメソ泣いてたよなァ? 泣き虫の六花ちゃんよ。こないだの大会も、クソみてーな負け方したんだって? 困るんだよなァ、そんなザコじゃさ。そんなんでウチの道場乗っ取る気でいたの? つくづくクソだな」
うん。
こんなヤツ相手に、我慢する必要はないな。
「この野郎ッ!」
俺は虚無をアーマーに変えて、最大スピードでぶん殴った。
もちろんクリティカルヒットだ。
なにせ喋ってる途中に、いきなり仕掛けたからな。
「あ……が……てめぇ……」
みっともなくはいつくばって、起き上がることさえできない。
鎌もどこかへ飛んでしまっている。
のみならず、歯も何本か欠けた。ま、朝になれば直ってるわけだから、いいだろう。
俺はゆっくりと近づいた。
「精神攻撃が始まったとみなした。よってこれは反撃だ。なにか苦情は?」
「クソかてめぇ……」
「ああ、その通り。クソなんだ。俺の役割は愚者。八十村博士だ。おぼえておいてくれ」
「横から入ってきやがって……」
「あんたの発言はほぼ攻撃みたいなもんだ。戦いは始まっている。俺は気にしてないぞ。あんたも気にするな。言ってなかったが、俺は忍術を学んでた。卑怯なのは得意なんだ。よろしくな」
すると後ろから向井六花が追ってきた。
「待って! やめてよ!」
「なぜ?」
「こんなのダメだよ!」
「……」
理由になっていない。が、まあ、一理ある気もする。
渋々ではあるが、俺は「分かった」と応じた。
「命までは奪わない。相手が降参するならな」
だが、北条真水はこちらを睨んだまま降参する気配がない。
死にたいならお望み通りにしてやるが。
すると転移門が出現し、また別のメンバーが現れた。
二名。
ゴールドとシルバーの衣装をまとった男たちだ。
「おやおや、みっともないね、北条くん。一人でじゅうぶんだと言っていたのに、もうお休みかい?」
女みたいな顔をした金髪の男が、ファサッと髪をかきあげた。
いや女か……。
衣装はスカートではなくズボンだが。
するとシルバーの男も、くいとメガネを押しあげた。
「君は寝ているといい。俺たちで片付ける」
これにゴールドが反論した。
「俺たち? 困るな、僕は手を出さないよ。いつも通り、愛をもって見守らせてもらうから」
「勝手にしたまえ」
チーム・スペクトラムは、それぞれ衣装の色が違うようだ。
北条真水は「クソが」と立ち上がろうとしたが、体が動かないようだった。
気を抜いていたところに全力で仕掛けたからな。死んでいないのが奇跡だ。
ともあれ、これで二十二枠の全員と出会えたわけだ。
お嬢さまの二人は不参加だが。きっといまごろ自宅でぐっすり眠っていることだろう。
内藤くららは、チーム・ホワイトへひっきりなしに援護射撃をしている。向こうには精霊が四体行った。かなりの苦戦を強いられていることだろう。
早くこちらを片付けて、応援に行かないと。
俺はまず告げた。
「戦う理由を教えてくれ」
メガネの返事はこうだ。
「君はイヌやネコに対して、言葉で理由を説明するのか? 答えはノーだ。知能の低い相手に、説明するだけ時間のムダだ」
言ったな?
だったら知能の低い人間らしく、粗暴に振る舞ってやるよ。
現実界ならともかく、こっちじゃ力こそがルールだからな。
すると上島明菜が前へ出た。
「やめてよ! さっきから! なんでケンカするの!? 戦う理由なんてないじゃん! 目を覚ましてよ!」
「キンキンうるさい女だ」
メガネがそう告げた瞬間、上島明菜の身体がごうと燃え上がった。
一瞬、なにが起きたのか分からなかった。
攻撃にしては、あまりに躊躇がなかった。
いや、俺だって、ついさっき奇襲を仕掛けたばかりだ。
人のことをとやかく言える資格はない。
だけど、戦意のない相手に対して、こんな……。
上島明菜が黒焦げになって死亡した。
「俺は越智熾人。役割は『教皇』だ。これより粛々と処刑を進めさせてもらう」
なんでこうクソ野郎しかいねーんだ……。
ゴールドもやれやれといった様子で自己紹介した。
「僕は坪井薫。役割は『恋人』だよ。そっちの彼と違って平和主義者だから、誤解しないでね」
平和主義者なら、この蛮行を止めてくれよ。
俺は仲間たちへ告げた。
「先に仕掛ける。連携してくれ」
そしてトップスピードでメガネへ一撃。
だが、ひらりと回避された。
迅すぎる!
稲妻が降り注ぎ、ズダーンと俺の全身を駆け巡った。
アーマーがあるのに、内臓が焦げそうなほどの一撃。
俺は思わず膝をついた。
「ふむ、耐えたか。それにスピードも速い。それが愚者のスペックか」
余裕の分析しやがって。
向井六花が攻撃を仕掛け、琥珀も光の柱を降らせた。
が、メガネはエーテルのシールドを展開し、すべてを弾き返した。
「きゃっ」
「威力だけはあるが単調。北条くん、君は本当にこんなのに負けたのか? ガッカリだな……」
そしてメガネをくいっと押しあげた。
こいつ、強すぎるぞ。
枷鎖を外してもらった俺が言うのもなんだが、ちっともフェアじゃねーじゃねーか。
リスクもナシにこれだけの能力って……。
内藤くららから通信が来た。
『ねえ、もうチーム・ホワイト限界だよ。リーダーしか残ってない』
声が震えている。
さすがに今回はヤバいか。
俺は気持ちを奮い立たせ、全身に力を込めて、ふたたびメガネへ飛びかかった。
展開される光のシールド。
構わず殴りつける。
パァンと炸裂音がして、シールドが砕けた。
が、メガネは表情ひとつ変えなかった。ギリギリで回避して、俺の背へふたたび稲妻を落としてきた。
身が跳ねるほどの電撃。
俺は地べたに突っ伏した。
「まだ死なないとは、なかなか頑丈だな。次はもう少し出力をあげてみるとしよう」
言ってろ。
こっちは千倍のパワーとスピードでぶん殴ってやる。いや実際のところ一倍も出るか怪しいのだが。
クソ、なんでこんなことに……。
向井六花の攻撃も、琥珀の攻撃も、シールドを破ることさえできない。
俺は倒れたままその光景を見ている。
内藤くららが通信を入れた。
『チーム・ホワイト、全滅。精霊たちが来るよ』
ふざけんなよ。
琥珀には指一本触れさせないからな。
すぐ立つ!
すぐに!
だけど体が言うことを聞かない。痛いとか痛くないとかいうレベルでさえなくて、まったく感覚がない。
フォルトゥナ、助けてくれ。
なんなら俺のことはいい。琥珀だけでも救ってやってくれ。あいつはあと三十年しか生きられないんだ。
ダァンとひときわ大きな稲妻が落ちて、向井六花が絶命した。
アーマーもなく、身体能力だけで回避してきたが、ついに捉えられたようだ。
俺は呼吸を繰り返し、なんとか動こうとした。
だけど、まったくダメ。
精霊が四体、こちらへ近づいてきた。
きっとチーム・ホワイトは惨敗だったのだろう。
自動機械の大群も迫ってきた。
メガネが舌打ちした。
「目障りだな」
次の瞬間、精霊四体と、自動機械の大半が、業火に焼かれて弾け飛んだ。
キラキラと舞い散るエーテル。
信じられないことに、あいつは自分の味方まで倒してしまった。
これにはゴールドも肩をすくめた。
「力がありあまってるのはいいんだけどさ、僕の力をそういうことに使わないで欲しいな」
ん?
僕の力?
この平和主義者、ただ見守っていただけじゃないのか?
もしかしてだけど、チーム・ホワイトのときと同じ?
俺は通信機へ告げた。
「内藤さん、あの金髪を撃てるか?」
『えっ? 撃てるけど……いいの?』
「たぶん、あいつはバッファーだ。仲間の能力を強化してる。あいつを倒さなきゃ、メガネも倒せない」
『分かった』
傍観しているところ悪いが、戦いに参加しているとみなさせてもらう。
俺たちも、黙って殺されるわけにはいかないからな。
(続く)