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逃避行

 数日後、俺は縁日に来ていた。

 最近仲のいい向井六花と上島明菜が盛り上がった結果、みんなで集まろうということになったのだ。


 もうじき夜だが、かろうじて太陽の赤が地平線に残っていた。


 俺と内藤くららは私服、瑠璃と琥珀が浴衣。

 四人で電車に乗り、向井六花の地元へ行った。大きな神社があるらしく、そこを中心にずらっと屋台が並ぶのだそうだ。


 待ち合わせ場所に行くと、浴衣姿の二人を見つけた。

 そこに混じって男が一人。

 サメのような顔つきの、短髪の男だ。背が高い。大学生だろうか。ナンパのようには見えないが……。


「お待たせ」

 意を決して声をかけると、向井六花はなんとも言えない表情で応じた。

「あ、うん。あの、この人は、たまたま会っただけだから気にしないで」

 するとサメ男は、もともと怖い顔をさらに険しくした。

「つめてぇじゃねぇか。未来の旦那サマだってのによ」

「私は認めてない」

「あ? 聞いてねぇよ。もしイヤならハッキリ拒否してくんなきゃよ。なぁ?」

「……」

 なんだこいつは? 未来の旦那サマだと? ハッキリ拒否しとるだろうが。

 俺がイライラしていると、男はギロリとこちらを見た。

「あ? なんか文句あんのか?」

「向井さん、嫌がってるけど」

 精一杯強がって応じた。

 俺は最近体を鍛えているし、アルケイナ界ではそこそこ強い。けれども、リアルではたぶんそんなに強くないはず。ケンカになったらみっともなく負ける。

 それでも、言い返すくらいはしたかった。


 サメ野郎はニヤリと笑みを浮かべた。

「口ではそう言うけどよォ、いまいちハッキリしねぇんだ。許嫁いいなずけだなんて、家同士が決めたことだ。もし本気で破談にしてぇなら、正式にお断りの連絡があるはずだろ? なのに、ちっとも来やしねぇ。俺ずっと待ってんだけどさ」

 向井六花は下唇を噛んで耐えている。

 許せねぇ。

 だけど、一番許せねぇのはコイツじゃないのかもしれない。

 親はなにをやってるんだ、親は。


 俺はなんとか呼吸を整え、頑張って反論した。

「それでも、傷つけるような言い方、よくないと思うんで……」

「オマエさぁ、もしかしてコイツのこと好きなの?」

「そういうことじゃないでしょ」

「いや、べつにいいぜ、俺ァよ。応援してやるよ。だってこいつ、顔がいいだけで、性格クソだろ? オマエが欲しいならくれてやるよ。でも家がうるせぇからよ」

 もしかするとこのクソザメも、家のせいで自由を奪われているのかもしれない。

 かといって、そのイライラを向井六花にぶつけるのは間違ってる。


 俺が反論しようとすると、背中にパンチが飛んできた。

 瑠璃だ。

「やめなよ兄貴! もう行こ! いちいちカマうから長くなるんでしょ!」

「……」

 たぶんこいつの言う通りだ。

 言い返すから面倒になる。


 俺が「行こう」とうながすと、サメ野郎も「逃げんのかよ、つまんねぇな」と言い残し、向こうへ行ってしまった。

 最初からこうしていればよかった。

 挑発に乗るべきではなかったのだ。


 俺たちは少し歩いてから、なんとなく足を止めた。

「ごめんね、私のせいで」

 向井六花がぼそりとつぶやいた。

 暗い表情。

 見ているこっちがつらくなる。


 なにかフォローしてやりたい。

 なのだが、いま口を開けば、向井六花の親を悪く言ってしまいそうだった。

 さっき彼女が強く反論しなかったのは、きっと親のことを言われたくなかったからだろう。俺が攻撃したら逆効果だ。


 すると上島明菜が、向井六花の後ろから抱きついた。

「ほら、気にしないでよ。悪いのはアイツなんだから。もう忘れよ? 今日はいっぱい楽しむんだから」

「うん。ありがとう、上島さん」

「もー、そろそろ下の名前で呼んでよー」

「そ、そのうちね……」

 まだぎこちないが、笑みが浮かんだ。

 結局、肉体言語には勝てないのか……。

 あれこれ悩んでいたのがバカらしくなるな。いや、逆に、俺は考えすぎなのかもしれない。こういうときは理屈で対処するのではなく、ぱーっと楽しめばいいのだ。


 すると上島明菜は、こちらへも笑みを向けてきた。

「八十村くんもカッコよかったよ。さすがリーダーだね」

「いやぁ……」

 だけど妹に叱られてちゃ世話ない。

 こういうのも、完璧にこなせれば素直にカッコいいんだろうけど。榎本将記だったら、どう対処しただろうか……。


 そして店を回っているうち、俺たちはだんだん元気になってきた。

 いろいろ冗談を言いながら歩いているだけで、楽しい気持ちになってくる。

「ね、お兄ちゃん、わたあめ食べる? これあげる」

 琥珀が食いかけのを押し付けてきた。

 わたあめを食べている途中で、別のを食べたくなったのだろう。

「ありがとう。もらうよ」

「はいどうぞ」

 他のメンバーはわりと引いていたが、もういまさらなので気にしないことにした。

 俺たちはずっと前からこうなのだ。

 受け入れてもらうしかない。


 内藤くららが「はぁー」と盛大な溜め息をついた。

「ホント、ありえないんだけど。先輩さぁ、前世でどんな徳を積んだらそんなポジションになれるの?」

「俺に聞くなよ」

 たぶん、このポジションになりたがってるのは彼女だけだ。

 いや俺だって不満はない。

 でも、こういう関係になる前は、もう少し幼くて、ぎこちなかった。長い時間をかけて、なんとかこのバランスを成立させてきたのだ。


 俺はわたあめで口が甘くなったので、イカ焼きを買って食った。

 身がとてもプリプリしている。

 縁日で買うイカ焼きは、なぜこんなにウマいのだろうか。家で出されてもたいしてウマくないのに、なんて言ったら母に悪いけど。


 小学生がくじ引き屋のところで「これアタリ入ってないんだよな!」と仲間たちに力説していた。きっと動画サイトでも見たのだろう。

 ま、俺も当たった試しがないけど。

 店の親父はうんざり顔だ。


 チョコバナナを買いに行った上島明菜が、だいぶ経ってから戻ってきた。

「もー、うっざ。さっきからナンパばっか。あたし、そんな軽そうに見えんのかな? 髪も黒くしたのに」

 髪が黒くてもギャルはギャルだ。

 だが、問題はそこではなく、単に顔がいいからだろう。

 言うと面倒になるから言わないけど。


 瑠璃はハンと鼻息をふいた。

「へー、ナンパ? あるんですね、そういうの」

 怒るな怒るな。

 背が低いからガキに見られてるだけだぞ。


 内藤くららは、ここぞとばかりに琥珀にしがみついた。

「ボク、琥珀ちゃんがナンパされないように見張ってるから」

「う、うん……」

「変な人についてかないでね?」

「うん……」

 反応に困っている。

 だが、まあ、これはこれでいい。キョロキョロ警戒する内藤くららが不審すぎて、誰も声をかけないはずだ。


 向井六花も楽しそうにほほえんでいる。

 たまにふっと暗い表情になることはあるけれど。


 *


 一通り回ったあと、あまり遅くならないうちに俺たちは別れた。

 帰りの電車にも浴衣の乗客がいた。

「くららちゃん、口のとこチョコついてるよ?」

「とって?」

「もう、ティッシュあげるから」

「ありがと」

 こうしていると、琥珀もお姉ちゃんみたいだ。というより、内藤くららが溶け過ぎなのか。俺と話すときはトゲトゲしいのに。


 *


 部屋へ戻ると、俺は急に一人になった。

 それまでが楽しかっただけに、どっと寂しさが押し寄せてきた。


 スマホを見ると、女性陣が楽しげにチャットをしていた。

 だけど向井六花の発言はほとんどない。いちおうの相槌をうっているだけだ。


 俺はスマホを放り、シャワーを浴びることにした。


 *


 シャワーからあがると、リビングでは父と瑠璃が言い合いをしていた。父はニュース番組を、瑠璃はバラエティーを観たがっていたようだ。

 俺はスポーツドリンクだけ飲んで、会話に混ざらず部屋へ戻った。


 スマホに通知があった。

 向井六花から、個別のメッセージが来ていたようだ。


『急にごめんね』

『ちょっと相談があって』

『明日、会える?』

『別の日でもいいけど』


 俺は返事を打てなかった。

 心臓がドキドキしていた。


 いや、深刻な悩みかもしれないのだから、俺が勝手に勘違いしていたらバカみたいだし、なにより相手に失礼なのだが。

 それに、俺はあまり深い関係にならないように、なるべく意識しないように、これまで慎重にやってきた。

 もし本気で誰かを意識してしまったら、きっと俺は、戦いに集中できなくなってしまうから。


 深呼吸してから、俺はこう返した。


『明日でもいいよ』

『どうせ暇だしね』


 少し冗談めかして書かないと、気持ちが落ち着かなかった。

 向井六花からの返事は、少し間があった。


『ありがとう』

『じゃあまた明日』


 *


 アルケイナ界からの呼び出しはなかった。

 もしこのタイミングだったら最悪だった。


 翌日、俺は昼飯を済ませて外へ出た。

 相変わらず暑い。

 というかもう灼熱だ。

 これでよく地球が爆発しないものだ。


 電車に乗って、向井六花の地元へ。

 昨日も来た駅。

 あまり大きくはない。乗り降りするためだけのシンプルな駅だ。


 彼女は白いブラウスに、淡い水色のスカートをはいていた。品がよくて、どこかのお嬢さんといった印象。暑いらしく、長い髪は後ろでまとめている。

 俺はなにも考えず、Tシャツと短パンで来てしまった。

 まさかデートではないと思うし。

 いや、それはいいのだが……。


「来てくれたんだ」

「ずいぶん大荷物だね……」

 彼女はキャリーケースを引きずっていた。

 のみならず、思いつめた表情をしている。

「私、家を出るから」

「はっ?」

 家出、だと……?

 俺は思わずあとずさった。


 向井六花はずいと距離を詰めてきた。

「手伝ってくれるよね?」

「いや、手伝うったって……。うちに泊まるの?」

「それはダメでしょ」

「ダメだよねぇ」

 当然だ。

 親になんて言われるか分かったもんじゃない。


「たぶん、ネットカフェなら泊まれるから」

「本気で言ってんの?」

「本気。でも一人じゃ不安だから、八十村くんも一緒に……」

「一緒って」

 すると彼女は、急に目を見開いた。

「も、もちろん別々の席よ? そうじゃないと、たぶん、アレだし……」

「いや、それはいいけど……」

 俺は流れてきた汗を、手の甲でぬぐった。

 いったいなんなんだ……。


「とにかく、一回、喫茶店にでも入って話し合おう」

「喫茶店……」

 なんだか嫌そうな顔をされてしまった。

「なに? 違う店がいい?」

「分からない。私、そういうの行かないから。注文方法が複雑で、失敗すると笑われるんでしょ?」

「そんな店ないよ」

「そうなの? ホントに?」

 一回も行ったことないのか?

 まあ、複雑なオーダーする店もあるかもしれないけど。大半の店はそうじゃないと思う。


 *


 地元の喫茶店には入りたくないというので、いろいろ考えた末、高校近くの喫茶店に入ることにした。定期もあったし。


 向井六花は、いまストローでオレンジジュースを飲んでいる。

 いつもは勇ましいのだが、こうして清楚な格好をしていると、本当に良家のお嬢さまといった感じだ。


「それで、なんだけど……。本題に入る前に、ひとつ聞いていい? なんで家出したいの?」

 俺は言葉を選びながら、なんとか質問を投げかけた。

 それでも彼女はお気に召さなかったらしく、急にむくれてしまった。

「言いたくない」

「……」

 会話が途絶。


 協力してやりたい気持ちはある。

 だが、原因が分からないのでは、解決のしようがない。

 いや、彼女が求めているのは問題の解決などではなく、ただネットカフェに付き添ってくれる人材なのかもしれないけれど。


 こちらも覚悟を決めて、もう少し踏み込んでみる必要がある、か……。


(続く)

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