表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/45

 フォルトゥナが協力してくれる限り、チーム・ブラックとチーム・ホワイトが争う必要はない。

 しかしソフィアは、俺たちの命を奪いたいから、精霊や自動機械オートマタを投入してくるだろう。これを撃退していれば、設定上、いずれ領域テリトリーの解放となる。

 最後のエリアに行けば生命の樹もある。

 その命を使えば、異界文書コーデックス・アルケインの契約さえ終了させられる。


 順調だ。

 問題さえ起こらなければ……。


 *


 その日、帰宅したのは俺が最初だった。

 洗面所でざぶざぶと顔を洗い、リビングでスポーツドリンクを一気飲みした。

 すっかり夏だ。

 部屋は暑いから、俺はエアコンの効いたリビングでテレビを見ることにした。といっても、あまり興味を引くものはないが……。


 やがて琥珀が汗だくで帰ってきた。

「ただいまぁ。涼しい!」

「お帰り」

 琥珀は洗面所で顔を洗うと、まずは部屋で私服に着替え、またリビングに戻ってきた。半袖と短パン。小学生みたいな格好だ。


「お兄ちゃんも麦茶飲む?」

「いや、いいよ」

「えー」

 なぜ「えー」なのだ。

 もしかして、俺と一緒に飲みたかったのだろうか。だとしたら悪いことをしたかもしれない。

 琥珀はひとりで麦茶を飲み、隣に腰をおろした。なにか面白いことでもあったのか、にこにこしている。

「ね、お兄ちゃん。なぞなぞ出していい?」

「なぞなぞ? まあいいけど……」

 この妹はしばしば俺を罠にハメようとする。

 今回もきっとそうなんだろう。

「はい、じゃあ一問目。ででん。体の中で、興奮するとおっきくなるのはどーこだ?」

「は?」

 ま、まさかこいつ……兄にセクハラを?

 いや待て。

 琥珀、それは……。


 俺が困惑するのも構わず、琥珀は足をバタバタさせて笑いをこらえている。

「分かんないの? あと十秒ね。じゅーう、きゅーう……」

「お前、それさ……」

「はーち、なーな、ろーく、ごーお……」

「待て待て」

「タイムはナシだよ。よーん、さーん、にーい……」

「分からん! 降参だ!」

 言うわけにはいかない。

 いや言ってもいいが、琥珀の前では言いたくなかった。

「えーっ! じゃあ減点ね。答えは『瞳孔』だよ! 目の中のやつ!」

「はい?」

「じゃあつぎぃ。Hになればなるほどカタくなるもの、なーんだ?」

 誰だ、琥珀にこんなこと教えたヤツは!

 クラスの男子じゃないだろうな?

 もしそうならお兄ちゃん許さんぞ。

「じゅーう、きゅーう、はーち……」

 無慈悲なカウントダウンが始まった。

 なんとなくだが、以前、誰かに同じようなネタをカマされた記憶があるのだが……。答えが思い出せない。

「なーな、ろーく、ごーお、よーん……」

「えーと、アレだ、アレ!」

「さーん、にーい、いーち、ぜーろ! はい、ぶぶー。答えは『鉛筆』でした!」

「そうだよ、鉛筆だよ」

 出てこなかった。知ってたはずなのに。

 ここんとこずっとシャーペンだったからな。


 俺は思わず盛大な溜め息をついた。

「お前なぁ、急になんなんだよ……」

「くららちゃんに教えてもらったの。面白かった?」

 あいつが犯人か!?

 いったい俺の妹をどうするつもりなんだよ。

「それさ、あんまり人にやるなよ? びっくりするからさ」

「うん、お兄ちゃんだけにしとくね」

「うむ」

 俺にもやらないでくれ。


 すると琥珀は、少しだけ椅子を近づけてきた。

「ね、お兄ちゃん、こないだね」

「ん?」

「アルケイナで……。あっちの人たちに謝りに行ったでしょ? あれって、私のせいだよね?」

 そう。

 予定では俺たちが負けるはずだったのに、つい向こうのメンバーを倒してしまった。

「まあ、きっかけは琥珀だったかもしれんが……。でも許してもらえたよ」

「ごめんなさい。私、お兄ちゃんのこと守りたくて……」

「分かってる。気持ちは分かる。でも、もう解決したからさ。お前は気にしなくていいぞ」

「うん……」

 しょぼくれた顔。

 もしかして、こっちが本題だったか。

 この話をするのが怖かったから、先になぞなぞをやって、場を和ませたのかもしれない。


「お兄ちゃん、耳かきしてあげる」

「は?」

「私、迷惑かけてばっかりだから、なにかお返ししたくて……」

 耳かき、だと?

 かなり小さいころ、母親にしてもらった記憶はあるが……。

「いや、いいよ」

「なんで?」

「なんか怖いだろ、人にやってもらうの」

「怖くないよ。私、たぶん上手だし。くららちゃんも、とってもいいって言ってくれたよ?」

「そうか。だが俺は遠慮しとく」

 内藤くららの感想はアテにならない。琥珀のこととなると、無条件に高評価をつけるはずだからな。俺は自分の身を危険にさらすつもりはない。

「えー、なんで? ちゃんと優しくするから!」

「気持ちだけ受け取っておくよ」

「お兄ちゃん、私のこと信用してないんだ……」

「いや、そうじゃなくてな? 耳はあんまり掃除しないほうがいいって、ネットでも見たしさ。やめておこうぜ」

「いいよ。分かったから」

 琥珀はぷいとむくれて、リビングを出ていってしまった。

 なにも怒らんでもいいだろうに。


 しばらくテレビを眺めていると、瑠璃が帰ってきた。

「やば、涼しい。あ、兄貴、いたの? 琥珀は?」

「部屋にいるよ」

「そ」

 いつも通りのそっけない態度。


 だが水分を補給し、顔を洗い、部屋で着替えを済ませたかと思うと、大股でリビングに乗り込んできた。

「ちょっと兄貴!」

「なんだ?」

「琥珀のこといじめたでしょ?」

「バカ言うな」

「すっごい落ち込んでるよ!」

 怒るのはいいが、なにが原因なのか先に確認してからにして欲しいもんだな。

 俺は軽く溜め息をついた。

「あいつ、耳かきしたいとか言い出してな。断ったんだ。そしたら怒っちゃってさ」

「はい? そんだけ? ていうか、いつもの?」

「そうだよ。いつものだよ。だからほっといていいぞ」

「くっだらな……」

 瑠璃は部屋に帰るのかと思ったが、なぜか隣の椅子へ腰をおろした。


「でもさ、兄貴、そんなに耳かき嫌いだっけ?」

「恥ずかしいだろ、妹にされんの」

「あー、まあ、ね……」

 言いたいことはそれだけだろうか?

 俺はリモコンを差し出した。

「好きなの観ていいぞ」

「え、部屋行くの?」

「行かないよ。暑いし。俺、観たいのないからさ」

「兄貴ってそういうとこあるよね」

「なにが?」

「人に譲ってばっか」

「悪いか?」

「べつに。こっちは楽だからいいけど」


 俺だってワガママだった時期はある。だけど長男の俺がワガママを言うと、必ず俺が勝ってしまう。すると妹たちを泣かせてしまう。そんなことを繰り返しているうちに、なんだか虚しくなってしまったのだ。

 人に親切にしていたほうが、穏やかな気持ちでいられる。

 誰も泣かない。


「兄貴、ホントに怒ってないの?」

「どの件だよ?」

「あたしと交代したじゃん……」

 まだ気にしてたのか。

 俺はふんと鼻で笑った。

「そのことなら、もう済んだろ。俺がなんとかするよ」

 だが瑠璃は、なんとも言えない表情でじっとこちらを見つめてきた。

「兄貴、寿命あとどんだけ残ってんの?」

「お前が心配することじゃない」

「こっちは心配して聞いてんの! あたしのせいで兄貴がどうにかなったら、ヤなんだから……」


 もし逆の立場なら、自分を許せなくなるかもな。

 だが、勝算はある。


「大丈夫だよ。いま順調にいってる。このままいけば、犠牲を出さずにぜんぶ丸く収まる」

「ホント?」

「ホントだよ。俺を誰だと思ってんだ? 未来の大統領だぞ?」

「分かってるけど……。それ、あんま外で言わないほうがいいよ」

「うむ」

 言わないようにしてるよ!

 つい言ってしまうこともあるが……。


「ところでさ、兄貴、首のとこ……」

「ああ、これか? たぶんプールの授業でぶつけたんだと思う」

「キスマークじゃないよね?」

「はぁ?」

 不審そうな目でこちらを見ている。

 いや待て。

 そもそも、俺にキスするような相手がいるとでも?

「学校でそんなことしてたら、いつかバチが当たるからね」

「違うって言ってんだろ」


 *


 リビングを出た俺は、洗面所であらためてアザを確認した。

 ほぼ円形。こびりついた虚無ヴォイドのように見えないこともない。


 話によれば、象徴シンボルは、神の変形した姿なのだという。もとは虚無もなんらかの神だったのであろう。

 まさか俺の体を乗っ取る気ではないと思うが……。


 *


 休日、俺たちは集まって訓練をした。

 ターゲットをランダムに配置して、フォーメーションを意識しながら、どう攻略するかを決めてゆく。決まったら反復練習。

 なのだが、日差しがキツ過ぎる。

 俺たちは少し試してはすぐに木陰で休憩した。

 体育館でも借りたほうがいいかもしれない。


 汗だくでレジャーシートに座り込み、俺は水筒の麦茶を飲み干した。

 琥珀が後ろから寄りかかってくる。

「暑いよぉ。お兄ちゃん、なんとかしてぇ」

「くっつくと余計に暑いだろ」

「うん……」

 さすがに離れてくれた。

 内藤くららが凝視していたせいもあるかもしれない。

 まさか琥珀のやつ、わざと友人を挑発してるんじゃなかろうな。


 俺はひと息ついて、仲間たちにこう提案した。

「あのさ、一回プールでやってみないか?」

「……」

 返事はない。

 最初にこれを提案した向井六花さえ、なぜか無言。


 瑠璃がジト目を向けてきた。

「兄貴、えっちなこと考えてんじゃないよね?」

「ふざけんな。お前は来なくていいぞ」

「はぁ?」

「こう暑くちゃ、訓練どころじゃないだろ。実際、今日だって休憩時間のほうが長い。まあムリしても体によくないけど。そこで、プールだ。体温もあがりすぎないし、水圧もあるから、きっといいトレーニングになる」


 すると上島明菜が愛らしい笑顔で反応した。

「あたし、行きたい。新しい水着買ったし」

 見なさい、これがリア充のコミュニケーション能力だ。

 瑠璃も少しは見習うように。だいたい、口を開けば俺を攻撃してばっかりなんだから。少しはお兄ちゃんに優しくしたまえよ。


 すると向井六花も、なぜか渋々といった様子で応じた。

「私も参加するわ。八十村くんの提案にも一理あるしね」

 提案したのは君だろう!

 ま、素直にプールに行きたいと言い出せないのは、かわいいところかもしれない。でも俺を犠牲にするのはやめよう。


 内藤くららは警戒している。

「ボクは……琥珀ちゃんが来るなら行く……かな……」

 すると琥珀は、彼女にしがみついた。

「もちろん行くよ。くららちゃん、どんな水着でくるの?」

「え、普通のだけど……」

「去年と同じの?」

「そうだけど……」

「ふーん」

 つまり去年から成長していないということか……。いや、言ったら確実に怒られるな。口は災いのもとだ。


 俺はうなずいた。

「じゃあ決まり。スケジュールはあとでスマホに送っておくよ。今日はこれで終わり。ムリはよくない」

 実際、みんなくたくたに疲れ切っていた。例外なく汗でびっしょりだ。


 瑠璃が肩口に弱パンチしてきた。しょぼくれた顔をしている。

「あたしは?」

「別に来ていいよ」

「さっき来るなって言った」

「冗談だから気にするな」

 こいつもたまにめんどくさくなる。

 とはいえ、いろいろ準備を手伝ってくれるので助かってはいるのだ。今日だって水筒に麦茶を準備してくれた。塩分補給用のキャンディーも用意してくれたし。琥珀がわがままを言い出したときも、まっさきに対応してくれる。

 俺だって、そんな妹を仲間ハズレにするほど鬼ではない。


 *


 帰宅した俺は、下着を変えてベッドに仰向けになった。

 暑さだけで体力を消耗する。

 首のアザは消えていないが、大きくなったりもしていない。あまり気にする必要はないかもしれない。


 俺は深呼吸とも溜め息ともつかない息を吐いた。

 こちらが勝利するための方法は、だいたい分かった。

 なのだが、ソフィアを救う方法が分かっていない。俺たちが全領域をクリアしたあと、どうするべきか。

 人間界に戻すべきだろうか。

 それともフォルトゥナに託すべきか……。


 誰かが彼女の死を望んだとき、俺は止められるだろうか。

 あの錬金術師はどう思うだろう。


 考えていると、頭の中がぐるぐるする。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ