チーム・プシュケ 後編
力の精霊はダメージを負ったものの、絶命はしておらず、星の精霊の背後に隠れた。どこから撃たれたか把握できなかったのだろう。
こうして時間を稼いでくれれば、俺たちの体もじき動くようになる。
かと思うと、俺はいきなり下からぶん殴られた。
下!
つまり地面だ!
俺を殴ったのは、せり上がってきた虹色の塔だ。
チーム・ホワイトと戦っていたはずの、塔による攻撃。
俺は宙を舞いながら、最悪の想像をした。
まさか彼らは、負けてしまったのだろうか……。チームが違うから通信もできない。
熱を感じた。
無防備に打ち上げられた俺へ、巨大な火球が迫っていた。
太陽の攻撃。
このままでは灰にされる!
俺は無我夢中で虚無を変形させ、アーマーにした。
ほかに選択肢はない!
甲冑が身を守るのと、火球が俺の身を灼くのは、ほぼ同時だった。
クソ熱い!
だが熱いと思えるだけの体が残っているということだ。
俺は重力に引っ張られつつも、本能だけで受け身を取り、大地にドーンと叩きつけられた。
全身の骨が折れそうだ。
いや、何本かイッたかも。
アーマーがなければ即死だった。
痛みをこらえてなんとか立ち上がると、向井六花が駆け寄ってきた。
「八十村くん! 平気!?」
「ああ、大丈夫だ。けど、アーマーを使っちまった……」
五対四。
この状況は、あまり有利とは言えない。
俺は通信機へ尋ねた。
「満足か、ソフィア?」
『まだだよ。まだあなたたちが生きてる。必死で抵抗して、命を散らせてみせてよ。生命の樹も喜ぶよ』
「哀れなガキだな……。必ず救ってやるから、いい子で留守番してろ」
『はぁ?』
勝算などない。
だが、軽口でも言ってやらないと気が済まなかった。
俺は仲間たちへ告げた。
「俺が先陣を切る。大暴れして隙を作るから、各自、うまいことやってくれ」
「カッコつけてるわね」
向井六花がチャチャを入れてきたが、俺は親指を立てて返した。
まあ見てろ。
枷鎖の外れた俺の虚無は、きっとみんなの命を救う。
背面からエーテルを噴いて加速し、まずは塔の精霊をぶっ飛ばした。回避なんてさせない。最初からトップスピードだ。
続いて、力の精霊へ一撃。これは回避されてしまった。
だがこっちのペースだ。
休まず仕掛けるぞ。
星の精霊を蹴り飛ばし、その反動で太陽の精霊も攻撃。距離があったせいか、俺の拳は命中しなかった。
動作が俊敏すぎる。
内藤くららがエーテル銃でさらに撹乱し、琥珀も光の柱で敵を追い込んだ。
「もらった!」
向井六花の大剣が一閃し、星の精霊を両断した。
その身体は、パァンと爆ぜて消滅。
完全に姿を消した。
これで五対三。
『やるね……。でも許さないよ。絶対に死んでもらうから……』
ソフィアの声は震えていた。
転移門が現れた。
そこからぞろそろと現れるスペード、ハート、ダイヤ、クローバー。だが花の魔力に負けて、どれも地表すれすれまで落ちてきた。
このエリアじゃ飛べないってこと、忘れていたらしい。
『ぐっ……。いいよ。自動機械、みんなを殺して!』
威勢がいいのは号令だけで、自動機械の動きは緩慢だった。
なにせ俺が命を削って異界文書を書き換えたからな。動きはのろのろだし、ビームだってなかなか撃とうとしない。
ま、それでもこの状況で敵に大量の増援があったことは、まったく歓迎できることではないのだが……。
「フゥーハハハー!」
いきなり戦車が、自動機械の群れをぶち割ってこちら側へ飛び出してきた。
全身傷だらけだが、声だけはデカい。
「おい、精霊ども! 俺はまだ生きてるぞ! 勝手に戦いをやめるんじゃない!」
とんでもない戦闘狂だ。
ザンとハルバードで自動機械を切り裂きながら、榎本将記も現れた。
「待て服部。俺たちは自動機械を片付ける」
「命令するな。やりたいならお前がザコを片付けろ。俺は精霊をヤる」
「ふん。なら勝手にしろ……」
この二人は、どうもウマが合わないようだ。
だが、それが結果として役割を分担することとなり、噛み合っているのかもしれない。
それぞれが、それぞれの持てる力を駆使し、戦った。
俺のメインターゲットは、力の精霊だ。
スピードは互角。
パワーも互角。
カタさは俺のほうが圧倒している。
体当たりを仕掛けると、力の精霊はみっともなく地面を転がった。
「お前はレオじゃない! ただの精霊だ!」
俺はそう言い放った。
もっとも、力の精霊は、俺たちにレオだと名乗ったわけでもなく、なんなら俺たちが勝手にレオだと思い込んだだけなのだが……。
いや、いいのだ。
命がけで戦っていると、理不尽なことのひとつも言いたくなる。
「最後になにか言い残すことはないか?」
「……」
返事はない。
きょとんとしている。
会話するほどの知能も備わっていないか。
その頭部が、いきなりエーテル銃に撃ち抜かれた。
内藤くららだ。
『先輩、ふざけてないで真面目にやってください』
苦情も来た。
「すまん……」
返す言葉もない。
振り返ると、戦車が塔をハネて木っ端微塵にし、向井六花が太陽を一刀両断したところだった。
数を減らした自動機械も撤退を開始。
俺たちは、戦いに勝利した。
しかしこれで、二十二枠のうちのいくらかが判明した。
五枠が俺たちチーム・ブラック。五枠がチーム・ホワイト。五枠がチーム・プシュケ。これに「車輪」のフォルトゥナも含めれば計十六枠。
残りは六枠。
新メンバーが味方であることを期待したいが。
榎本将記が神妙な表情でやってきた。
「そちらは全員生き延びたか。うちは三名がやられた」
「なんと言ったら……」
「胸を張れ。お前たちの強さが証明されたのだ。俺たちも見習わんとな」
休日に集まって訓練してきた甲斐はあったようだ。
しかし榎本将記は全寮制の高校に通っている。進学校だし、忙しいはずだ。俺たちのように、休みのたびに気軽に集まれるわけでもないのだろう。
そう考えると、俺たちは恵まれている。
転移門が現れ、フォルトゥナが登場した。
「遅くなったわね……」
以前の俺なら、皮肉のひとつも口にしていたかもしれない。犠牲者が出る前に来て欲しかったと。
だが、彼女にも彼女の都合がある。
エリアを超えてまで、ここへ来てくれた。もし彼女が来なかったら、俺たちは互いに殺し合わねばならない。
感謝しかない。
「ありがとう。来てくれて嬉しいよ」
彼女はにこりと笑みを浮かべてくれた。
光の魔法陣が現れ、審判が登場した。
戦いの終わりを告げるラッパが、夜空に鳴り響く。
*
雲上へ戻された。
こちらは昼の世界。まぶしいほどの青空だ。
ソフィアはふてくされていた。
「ズルい……」
「今後も永遠にこうなる。ところで、今日は精霊を投入してきたな? 自動機械も」
俺がそう指摘すると、彼女は怒りに興奮しながらも、なんとか勝ち誇った表情を浮かべた、
「どう? 怖かった?」
「まあまあだな。だが、俺が言いたいのはそんなことじゃない」
「なによ?」
「敵から領域を解放したんだ。戦士側の勝利、ということでいいんだよな?」
「は?」
「異界文書にもそう記述されていなかったか? 自動機械を追い払うことで、戦士たちは加点される。つまり俺たちの勝利というわけだ」
「……」
異界文書の中を覗くだけなら、さほど命を削られない。
だから俺は、事前に基本ルールを確認しておいた。
ソフィアはがっくりとうなだれている。
「ウソでしょ……じゃあ……私は絶対に勝てないっていうの……?」
「ご名答。分かったら、俺たちに手を貸すんだな。いまなら全部許してやるぞ、俺はな」
他のメンバーがどう思うかは別だ。
ソフィアは視線を泳がせている。
上島明菜がぐいっと近づいた。
「ね、ソフィア! もう争うのやめようよ! あたし、もうケンカしたくないよ!」
「うるさい! 私、あなたみたいな八方美人、嫌いなの」
「……」
急に黙り込んでしまった。
NGワードでもあったのか。
すると向井六花も近づいてきた。
「好きでも嫌いでもいいから、早めに決断なさい。私だって、あまり長引くと許す気が失せるわ」
「脅迫には屈しないんだから……」
「知ってると思うけど、私、あんまり我慢強くないから」
それは俺も知っている。
いや、基本的に忍耐強いほうだとは思うのだが。よく分からないところで急にスイッチが入る。
ソフィアはあせったように翼をパタパタ動かした。
「とにかく今日は解散! 次は容赦しないから!」
どうせたいした策もないんだろ。
早いとこ降参して欲しいものだ。
ところで、虚無と一体化したままなんだけど、この状態で解散して平気だったかな……。
*
翌日、学校。
体調は悪くない。
プールの授業でなぜか溺れそうになったほかは、特に問題もなく午前を過ごした。
昼、向井六花と昼食。
剣道部の部室でこうして食事をするのも日課になった。
「今日も暑いわね」
「うん」
じとりと汗をかいている。
いちおうクーラーはあるのだが、かなり弱い。窓から差し込んでくる日差しのおかげで、蒸し風呂状態だ。
「ね、八十村くん、それなに?」
ふと、彼女は妙なことを言い出した。
「どれ?」
「首のところ。アザになってる」
「アザ?」
まさぐってみるが、まったく分からない。
向井六花が手鏡を貸してくれた。
「ほら、鎖骨の上」
「あ、ホントだ……」
五百円玉くらいの黒色のアザがあった。蚊に刺されたわけじゃなさそうだし。原因がよく分からない。
「保健室で見てもらったら?」
「いいよ。痛みもないし。たぶんプールのときに、どこかにぶつけたんだと思う」
そうであって欲しかった。
向井六花は箸で里芋をつまんだ。
「八十村くんたち、プールだったんだ」
「うん。溺れそうになってさ」
「苦手なの?」
「いや、得意ではないけど、溺れるほどじゃないなぁ。なんだろ。今日、調子悪いのかな」
「ふぅん」
自分から質問しておいて、興味のなさそうな顔になってしまった。
いや、違う。
すましている顔を作っているだけだ。やたら視線を動かして、なにかをうかがっている。
「ところで八十村くん、夏休みって、いつもなにしてるの?」
「なにも。盆は親の実家に帰ってるけど、あとは適当。てか家で琥珀とゲームしてるかな」
「ふぅん」
以上。
ま、生真面目な性格だから、夏休みも訓練したいとか思ってるんだろう。
「そういう向井さんは?」
「わ、私?」
俺が尋ねると、彼女はびくっと背筋を伸ばして、目を見開いてしまった。驚いたネコみたい。
「あ、部活だっけ?」
「そ、そうだけど……。でも午前で終わるから、午後からは暇よ」
「じゃあ、集まって訓練でもしようか」
「プールで?」
「ああ、そんなこと言ってたっけ。じゃあプール訓練も入れよう。あとでスケジュール考えとくよ」
「うん……」
あんまり遊びとか行かないのかな。
ま、俺もプールっていうと、妹の引率係を押し付けられた記憶しかないけど。
(続く)