チーム・プシュケ 前編
他日、俺たちはアルケイナ界に呼び出された。
空虚なデスゲームの始まりだ。
もちろん無効試合にしてやる。
いまとなってはもう、戦っているフリさえする必要がない。
夜の花園。
俺は仲間たちに虚無をあずけ、ひとりで敵陣へ向かった。
戦いに行くわけじゃない。
先日の詫びをしなくては。榎本将記からは許しをもらったが、他のメンバーへの謝罪が済んでいない。
チーム・ホワイトは全軍待機を遵守していたのか、初期位置にかたまっていた。
「榎本さん、敵が乗り込んできましたけど」
ひょろ長い咎人が、不快そうに顔をしかめた。
実際、不快だろう。
水に流すにしては、少々やりすぎた。お互いに。
榎本将記はフッとキザに笑った。
「動くな。ヤツは一人。それも丸腰だ」
「罠かも……」
「もしそうなら命を奪う。だが、いまは待機だ」
話が早くて助かる。
俺はホールドアップしながら近づいた。
「前回の謝罪に来た。戦う意思はない」
けれども大半のメンバーは警戒し、象徴を構えている。
ツンツン頭の戦車が前に出た。
「謝罪? 戦士と戦士が死力を尽くして戦い、そして散ったのだ。謝罪されるおぼえはない。お前のそれは、むしろ侮辱だろう」
こいつにとってはそうなんだろう。
だが、他のメンバーはそう思っていないはず。
俺はこの脳筋を無視し、その場に膝を折り、地に頭をこすりつけた。
「約束を破り、攻撃を仕掛けたこと、お詫びします」
返事はない。
というか、みんな困惑している様子だ。
榎本将記もあきれたように笑った。
「現実世界でもずっとこの調子でな。もう飽きたからやめろと言っているのに、まだやる。服部の言う通り、侮辱に来たのかもしれんな」
メガネの魔術師がおずおずと近づいてきた。
「君のせいで、僕の寿命は十年も縮んだ。本来だったら、許せないと思う。でも、君が三十年の寿命を使って、異界文書を書き換えたって聞いたよ。簡単には許せそうもないけど、そのための努力はできると思う」
某ポッターみたいな顔をしているだけあって、モラルが高い。
すると女も近づいてきた。
「わ、私も……同じ意見です……。ですから……もう頭をあげてください……」
消え入りそうな声だ。
咎人は「ふん」と鼻を鳴らしただけで、近づいてさえ来ない。
だが多数決で許されたとみたのか、文句は言ってこなかった。
空気を読まないのは服部大輔だ。
「では改めて一騎打ちと行くか。お前、武器とってこい。今度はハネ飛ばしてやる」
なんとかにつける薬はないようだ。
俺は立ち上がり、こう告げた。
「戦う意思はない」
「ではなにをしに来たのだ?」
「謝りに来たんだよ」
「本当にそれだけだと? まさか、このまま逃げる気ではあるまいな?」
「逃げるよ、そりゃあ」
師匠も言っていた。戦わず逃げるべし、と。忍術の大半は遁術であるとも言っていた。遁げるための技術なのだと。
「では、これにて失礼」
俺は一礼し、敵陣に背を向けて離脱した。
後ろから攻撃してくるならそれもいい。
俺は約束を破り、命を奪ったのだ。奪われても文句を言える立場にない。
だが、彼らは背後から襲ってきたりはしなかった。
お行儀よく待機を続けている。
おそらく榎本将記がそうするよう根回ししていたのだろう。
*
「お兄ちゃん、お帰り! 怪我はない?」
琥珀がしがみついてきた。
「ただいま。大丈夫だよ。ちゃんと話を聞いてくれた。争ったりもしてない」
「よかったぁ」
結果として無事だったものの、命がけの交渉であったことは間違いない。
だから内藤くららも、いまは離れろとは言ってこなかった。
向井六花は、しかし盛大な溜め息だ。
「そうやってひとりでカッコつけるの、あまり感心できないんだけど」
「みんなで押しかけるべきじゃない。それに俺は、形ばかりとはいえ、リーダーなんだから」
「それがカッコつけだって言ってるの。もし同じことが起きたら、次は私が行くから」
「分かった。そのときは頼むよ」
とはいえ、本当に頼むつもりはない。彼女は服部大輔に挑発されたら、また一騎打ちに応じてしまうだろう。
次がないことを祈るしかない。
さて、こうなると、もはやすべきことがない。
フォルトゥナの登場を待つばかりだ。
花々は、今日もあまったるいにおいを周囲に漂わせていた。
狭い部屋にトイレの芳香剤を置きまくったような感じで、あまりいい気分ではない。何事もほどほどが一番だ。
上島明菜が不安そうに近づいてきた。
「八十村くん、これからどうなるのかな……」
黒髪にはなったが、やはりどこかギャルっぽい。
「おそらくソフィアは自動機械を使ってくると思う。俺たちは、そいつに対処しながらフォルトゥナを待つことになると思う」
するとそのソフィアから通信が入った。
『アマいなぁ、八十村くんは。あなたが異界文書を書き換えたのは、もうとっくに分かってるんだよ? 自動機械なんて使うワケないじゃん』
ならどうする?
まさか本人が乗り込んでくるつもりではないだろうし。
俺が黙っていると、彼女はこう続けた。
『前に、空きが五枠って教えたよね? その役割は精霊が代行してるんだ。審判の使用権はなくなっちゃったけど、残りの四つは私が自由に使えるの。だから、見せてあげるね? 精霊たちの恐ろしさを』
やがて虚空に浮かび上がったのは、四つの転移門。
エーテルに満ちたその表面から、虹色の粒子が飛び出してきた。遠くから眺めていると、まるでハエの群れのように見える。そいつはみるみる人の姿となり、大地に降り立った。
いや、一体だけは人の形ではなく、四つん這いの獣だったが。
ソフィアの声がした。
『紹介するよ。チーム・プシュケの精霊たち。塔、星、太陽、そして力だ』
強いかどうかは分からない。
ただ、力の精霊が姿を現した途端、琥珀と内藤くららが同時に息をのんだのが分かった。
まるでレオだ。
「やだよ……。レオ、なんで……」
内藤くららは泣きそうな声を出した。
『はっきり言って強いよ。エーテルだってほぼ無尽蔵だしね。こんなことなら、残りの五枠も空きにしておくんだった。そしたらみんなを簡単に殺せたのに』
ソフィアは無自覚に口を滑らせた。
残りの五枠は精霊ではなく、人間ということだ。まだ見ぬライバルたち、といったところか。
「みんな! あれはレオじゃない! 精霊が役割を代行してるだけだ! 戦わなきゃやられるぞ!」
すると後ろから抗議の声が来た。
「お兄ちゃん、本気なの!? レオだよ!」
「戦う気がないならさがってろ! 俺がやる!」
「やめて! お話しくらいさせてよ!」
「お前はなにを言ってるんだ……」
たしかに、身のこなしはレオだ。
だが、虹色の粒子の集合体に過ぎない。あれは精霊だ。レオとは関係がない。
「琥珀、それと内藤さん、ふたりは後ろにさがってて。戦いの邪魔になる」
「……」
「向井さん、上島さん、悪いけど今回は俺たち三人で戦う。いいね?」
するとそれぞれ「分かった」「大丈夫」と返事が来た。
敵は四体。
そのうち二体はチーム・ホワイトを攻撃するはず。
レオの偽物がこちらへ来る確率は半々。
面倒なことにならなきゃいいが。
だが、来てしまった。
星の精霊と、力の精霊――。
たしか、先代の星は瑠璃だったな。シルエットだけだが、なんとなく面影がある。
ソフィアのヤツ、心理的に俺たちを削ろうとしているようだ。
だが、アマいな。
俺は偽物には惑わされん。
虚無を槍へ変え、精霊どもの前に立った。
「止まれ。俺が愚者だ。ここから先は通さん」
「……」
もちろん返事はない。
無視はつらいが、精霊にそんなマナーを求めるのがどうかしている。通じるのは肉体言語だけだ。
力の精霊が飛びかかってきた。
俺は槍で迎撃するが、素早い身のこなしでひょいとかわされてしまった。動きがやわらかすぎる。
回避したほうへさらに槍を向けるが、今度はすっと引いて後退してしまった。
距離があいた。
かと思うと、星の精霊が流星のような飛び蹴りをカマしてきた。完全にノーマークだった俺は、顔面でそれを受け、派手に花畑を転がった。
痛すぎる。
瑠璃の動きじゃない……。
顔面だけでなく、首もやったかもしれない。
俺が起き上がれずにいると、二体の精霊がここぞとばかりに飛びかかってきた。
だが、俺は焦っていない。
星の精霊へは向井六花が、力の精霊へは上島明菜が攻撃を仕掛け、追い払ってくれた。
「サンキュー」
持つべきものは仲間ってワケだ。
形式は三対二。
数の優位は、心の優位でもある。
それにしても動きがいい。というか、攻撃に躊躇がない。心のない戦闘マシーンなんだろう。見たところ急所というものもなさそうだ。これはタフかもしれない。
琥珀が手を貸してくれると助かるんだが……。
俺は隙なく槍を構え、敵を威圧した。
仮に心が存在しなくたって、心理戦らしきものを仕掛けることは可能だ。もし敵が機械的に反応してくるならば、隙を作れば攻めてくるだろうし、隙をなくせば攻めてこない。
すべての状況は、この俺がコントロールできる。
動きが追いつけば、だけど。
問題は、来ると分かっていても対処できない攻撃。たとえば二体が同時に仕掛けてきたり……。そこは数で優位に立ち続けるほかない。
じりじりと距離を詰め、敵の反応をうかがう。
力の精霊が駆けた。対応は、瞬発力に優れる向井六花に譲った。次に動き出した星の精霊へ、俺は槍を突き出す。
攻撃が当たらない。
上島明菜がエーテルを撒き散らして追撃するが、それも当たっているのか当たっていないのか、効いているのか効いていないのか、サッパリ分からない。
また虚無を甲冑にして使うか……。
いや、あまりいい選択とは思えない。
ならば、石板を模して使うか……。
俺は槍を石板に変え、破壊エフェクトを「引用」した。
命を奪われる感覚があるが、たしょうはやむをえない。
光の柱が落下し、ダァンと大地をえぐった。
命中せず。
もっとよく狙いをつけなければ。
夢中になって戦っていると、次第に、周囲が明るくなってきたことに気づいた。
夜明け?
いや、違う。
もっと異質ななにか……。
バチィと音がした。いや、音がしたと同時に、全身にシビレが来た。痛みもあったような気がするが、すぐに感覚はなくなった。
俺は自分の意思とは関係なく、その場に崩れ落ちてしまった。
周囲にただよっているのは、帯電したような光の粒子。
これは、星の精霊の技か……。
「あぐっ」
向井六花も膝から崩れ落ちた。
「ふたりともっ! きゃっ!」
少し離れた位置にいた上島明菜も、フィールドに足を踏み入れてすぐさま放電の餌食となった。
身動きが取れない。
まさか、戦闘不能……。
しかし精霊たちも近づけないらしい。電気がおさまるまでは、トドメを刺せないようだった。
放電は、バチィ、バチィ、と、何度も俺たちを責め続ける。
「お兄ちゃん!」
「来るなッ!」
近づけば巻き込まれる。
「逃げろ、琥珀……。逃げ切れば、いずれフォルトゥナが来る……」
「でも……」
おそらく光が消えたところで、俺たちの体はすぐには動かないだろう。すると敵は、簡単に俺たちの命を奪うことができる。
琥珀たちを、同じ目にあわせるわけにはいかない。
ふと、一条の光が伸び、力の精霊を撃ち抜いた。
エーテル銃だ。
『琥珀ちゃん、あれはレオなんかじゃないよ……。ボクたちの敵だ』
どこかに身をひそめているであろう内藤くららから、そんな通信が入った。
すると琥珀も目をさましたらしい。
「うん、そうだね。私たちも戦わなくちゃ」
これで五対二。
フルメンバーだ。
(続く)