表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/45

ありがとう

 その晩、さっそくフォルトゥナに呼び出された。

 今日はフルメンバー。


 雲上。

 夜の景色。


「私に用があるとか……」

 ギリシャの彫刻みたいな女だが、フォルトゥナは露骨にそわそわしていた。

 もしかして、俺たちとのお喋りを楽しみにしていた……とか?

 いや、彼女はれっきとした神だ。

 こんなことで浮かれたりはしないだろう。

「座ってお話ししましょう」

 率先してそんなことを言う。


 上島明菜がぷっと笑った。

「なんか話しかけちゃいけない雰囲気かと思ったけど、そんなことなかったね。あたし、上島明菜。明菜ちゃんって呼んで」

「明菜ちゃん……」

 一人だけコミュニケーション能力が高すぎる。

 彼女は黙っている俺たちを、一人ずつ紹介していった。

「で、こっちが向井さん、八十村くん、妹の琥珀ちゃん、その友達の内藤さん」

 おそらくフォルトゥナは、そんなこととっくに知っている。

 知っているはずなのだが、なぜか楽しそうだった。


「私はフォルトゥナ。人間たちには、幸運の女神として知られているわね」

「わー、ホンモノなの? 肌キレイだし、ヘアスタイルも似合ってる! すごいすごい! ホンモノだ!」

「え、ええ、ホンモノよ……」

 いいのか?

 実在の神に対してこの態度。

 まるでサークルの新人歓迎会だぞ……。


 いや待て。

 もしかして、だが。

 これこそが彼女の望んでいたことなのでは?


 俺たちは命のかかったクソ真面目な会話しかしてこなかった。

 必然、みんな思いつめた顔になるし、言葉だって辛辣になる。


 俺は土下座した。

「ごめんなさい!」

「ええっ……」

「いままでよかれと思って手を貸してくれたのに、俺は自分の都合ばっかり……。甘えてたよ! 許してくれとは言わない。ただ、どうしても謝りたかった……」

 まるで親に甘えるガキのような態度だった。

 相手が神だから、それくらい押し付けていいと思い込んでいた。

 だが、神にも神の事情がある。

「あ、頭をあげて、愚者ザ・フール……じゃなくて八十村博士……。そういう謝罪は、あまり慣れていないから」

「分かった。やめる。それに、今後はきちんと感謝することを誓うよ。そちらにも困ったことがあれば、俺たちでよければ協力する」


 フォルトゥナはふるふると震えだした。

「な、なんでしょう……。過去にこんなことなかった……。やはり確実に、流れが変わっているようだわ……」

 それは嬉しい。

 嬉しいが、つまり過去の俺は、さんざん手を貸してもらったのに、礼のひとつもしてこなかったというわけだ。

 俺め、なんてダメなヤツなんだ……。


 向井六花も正座したまま、姿勢よく一礼した。

「私からも感謝申し上げます。あなたの協力がなかったら、おそらく悲惨な結末を迎えていたでしょう」

「けれども、過去のあなたを救えなかった」

「ご自分を責めないでください。私たちは非力な存在。あなたの力がなければ、希望を見つけることさえ叶わなかったはず」

「……」

 またふるふるし始めた。


 神というのは、もしかしたら、孤独な存在なのかもしれない。

 思えば俺も、年末年始に神さまに「お願い」はする。だが「礼」をしたことはなかった。自分の都合で一方的に拝み倒すだけだ。

 だから神も、こちらに対して一方的な態度になりがちなのかもしれない。


 フォルトゥナは静かにこう告げた。

「じつは私たち神の一族は、かつては人とともに地上で暮らしていたの」


 *


 彼女の話はこうだ。


 人々がまだ文字を持たぬ時代。

 神々は、まだ地上にあった。

 彼らは、ときに助け合い、ときに争い、ときに歌い、世界を分かち合って暮らしていた。


 しかし別れの時が来た。

 人々が、自分たちの手で大地を支配したいと望んだのだ。


 神々は困惑した。

 これまでうまくやってきたはず。

 とはいえ、あまりに存在の違う両者は、異なる世界に生きたほうがいいのではないかという意見も出た。


 交渉は長きに渡った。


 やがて神々は、人間の希望通り、地上を去ることを決めた。

 次に移り住んだのは、なにもない空間。

 そこは最初から神界だったわけではない。

 神々が移り住んだことで、ようやく神界となったのだ。


 神々は、しかしこの決断をすぐに後悔した。

 寂しかったのだ。

 人々は、神を追い出したあと、もう神の存在など忘れ、楽しく暮らし始めた。


 親と子のような関係だった。

 子は親を追い出して自分たちの世界を作り、追い出された親はなにもない空間で忘れられていった。


 *


 歴史を語り終えたフォルトゥナは、こう続けた。

「多くの神々は忘れられたことに失望し、やがて活力を失ってしまった。神であることを終えて、象徴シンボルになってしまうものもいた。それがいま、みんなの使用する神器」


 象徴は、神そのものだったのか。


「もちろん、もとの姿のまま存在している神もいるわ。けれども、みんな人間との対話を極端に避けている。この世界に錬金術師が迷い込んできたときでさえ、ただ傍観していた」

 あまりに哀しげな表情をする。

 彼女たちにしてみれば、言葉たくみに地上を終われ、そのまま見捨てられた気分だったろう。

 俺は人類を代表する立場ではないが、申し訳ない気持ちになった。

「知らなかったこととはいえ、なんだか……」

「いいの」

「でも、だったらなぜ異界文書コーデックス・アルケインを受け入れたんだ? それも無視すればよかったのに」

 すると彼女は、困惑気味に笑みを浮かべた。

「皮肉なことに、正式な契約書の形をしていたの。だから神々は形式的に応じたのね。きっと中身も見ずに……」

「撤廃はできないの?」

「正式な文書だから。いちど承諾されてしまった以上、書いた本人でさえ簡単に変更できない。もし変更するなら、膨大な命を捧げる必要がある」

 彼女は言及しなかったが、昨日俺がやったことだ。


 ふと、内藤くららが首をかしげた。

「みんなで承諾したの? それとも誰か個人が?」

「分からないわ。きっと本人も上の空だったはず」

 そんなことがあるのだろうか?

 まあ神が言っているのだから、そうなのかもしれない。

 なにせ神をやめて象徴になるほど無気力だったのだ。中身も見ずに、反射的に承諾することもあるだろう。

 だが、もしそれが誤解で、じつは悪意のある誰かが仕組んだことだとしたら……。


 俺はこう尋ねた。

「膨大な命が必要と言ったけど、それがないと撤廃できないの? だったら、俺たちみんなの命が必要とか……」

 すると彼女は、静かにかぶりを振った。

「いえ、命ならもうあるの。過去にソフィアが捧げてきた命が」

「えっ?」

「それは最後の領域テリトリーに存在する生命の樹に蓄積されている。けれども、私が見たところ、あれは生命の樹ではない」

「じゃあ、いったい……」

「分からない。ただ、その命を使えば、この契約を終えることができると思う。神々と交渉せずにね」


 楽しく談笑するだけのはずが、思いがけず核心に迫ってしまった。

 ともあれ、このプランをソフィアが許可するとは思えない。

 もしかすると、ソフィアを殺す必要があるかもしれない。因果律に影響が出るだろうけれど、いざとなったらやむをえない。


 フォルトゥナはふふっと笑った。

「それにしても、本当に流れが変わったのね……。こんな話ができるなんて……」

「変化の原因は特定できないんだっけ?」

「そう。でも、どのループにおいても、皇帝ジ・エンペラーは私のことを気に留めてくれた。感謝の言葉を口にしてくれた。けれども、あなたに相談なんてしなかったわね」

 過去の俺たちは、もっと敵対的だったのかもしれない。

「まったく心当たりがないんだ」

「それでいいわ。もしかしたら、これこそが本当に予定されていた未来かもしれない。私たちが百回以上ループすることも、きっと規定の流れだったのよ。因果律を超えたメタ世界があるんだわ」

 彼女たちをも超越する存在が、じつはいるのかもしれないな。


 ま、分からないことを考えても仕方がない。

 分かってるところだけ考えよう。


 俺たちはいま、事態を前進させている。

 結論に到達しかけている。

 最後の領域にある生命の樹を使い、異界文書を無効にするのだ。それなら神々の力に頼らずに、俺たちだけで実行できる。たぶん。


 だが、俺は念のため、定番の質問を投げることにした。

「ところで、過去の俺たちは、この生命の樹にどう対処した? 事実を知っていた? そして実行した?」

「ええ。知っていたし、挑みもした。生命の樹にも到達したわ。けれども、成し遂げられなかった」

「敗因は?」

「いまはまだ……因果律に触れる……」

 またそれか。

 だがいい。

 今回は、前回までと違う。

「分かった。ありがとう。いつか言えるようになったら、教えて欲しい」

「ええ」


 *


 翌朝、爽快な気分で目をさました。

 目覚ましがなるより少し早い。だが、かなりいい時間だ。

 クソ暑くて汗だくだが、体は軽い。


 シャワーを浴びて、俺はリビングでテレビを見た。

 やがて母が目を覚まし、父も起きてきた。

「お、なんだ博士。早いじゃないか」

「うん。なぜか快眠だったよ」

「若いってのはいいな」

「毎晩、酒飲むからだろ」

「飲んだほうが体にいいんだよ」

 すると母が「そんなわけないでしょ」とつっこみを入れてきた。

 ま、それも日常的な会話だ。うちはきっと、みんな仲がいい。俺も瑠璃も琥珀も問題を起こさないし、親もうるさく言ってこない。

 そこだけは、俺も感謝している。


 父が家を出て、瑠璃が起きてきて、琥珀が起きてきて、次第に騒がしくなった。

「うわ、兄貴に寝癖がない。え、なに? モテたいの?」

「早く起きたから汗を流しただけだ」

 瑠璃の皮肉にも、動じてはならない。

 琥珀は「お兄ちゃん、かっこいいよ」と褒めてくれる。

「お前もかわいいぞ」

「ホント?」

「ホントだよ」

「やった。くららちゃんに自慢しちゃおっと」

 それはやめろ。

 後ろから撃たれる。


 ま、しかし、当然のように享受しているものも、じつは誰かの善意で成立しているかもしれないんだよな。

 俺の場合、父と母だ。

「はい、これお弁当ね」

「いつもありがとう」

 俺が感謝の言葉を述べると、母はびっくりしたようにのけぞった。

「え、なに? 急にいい子になっちゃって。お小遣いでもあげて欲しいの?」

「あげてくれんの?」

「ダメダメ。毎月厳しいんだから」

「じゃあ言わんでくれよ」

 期待させおって。

 ま、感謝の言葉を述べるのはタダだ。もっと言っていこう。誰も悪い気はしない。


 これが最後のループだ。

 後悔のないように生きよう。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ