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アルケイナ戦記 ~愚行権の行使者~  作者: 不覚たん
第二章 対決編

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日常への影響

「まずは私の目的を明確にしておくね」

 ソフィアはそう切り出した。

「私はここで生命の樹を育ててる。その実を食べれば、神になれるから。そのために、みんなの命を養分にしてる」

 あまりに自分勝手な目的だが、ウソをつかず、素直に自白したことだけは褒めてやってもいい。

 誰かが苦情を言い出す前に、俺はこう返事をした。

「俺はお前を救済し、このゲームを終わらせる。協力してくれ」

 ウソじゃない。俺は本気だ。


 ソフィアはまず唖然とした顔を見せた。

 それからケタケタと大笑い。

「救済する? 私を? じゃあ、いっぱいあがいて死んで養分になってよ。命を惜しんで死んだほうが、いい養分になるんだ」

「お前を神にするつもりはない」

「このゲームは壊させないよ。私は神になるんだ」

「父親のことは忘れろ」

 俺がそう告げると、ソフィアはすんと表情を消してしまった。

「なにそれ? そういうあなたは、妹のこと忘れられるの? そんなこと命令できる立場?」

「分かった。じゃあ忘れなくてもいい。だが、他人を巻き込むのはやめろ。それはお前を破滅へ導くことになる」

「なら殺しなさいよ? 異界文書コーデックス・アルケインには、マスターとして私の存在が記述されてるの。殺したら、因果律が壊れちゃう。そしたらみんな、もう二度とここから出られないかも」


 おそらく事実だろう。

 エラーが起きて、閉じ込められる可能性はじゅうぶんある。

 仮にフォルトゥナが転移門を用意しようが、あるいは俺の虚無ヴォイドで空間を切り裂こうが、あくまでアルケイナ界の各エリアを移動できるだけだ。その外へは出られない。


 俺はなるべく冷静に告げた。

「今後もお前のゲームには参加する。拒否権はないだろうしな。だが、そのたび無効試合にしてやる。俺たちも、死ぬわけにはいかんからな」

「ダメ! そんなのズルだよ!」

「手段を選ぶつもりはない」

「……」

 哀しげな顔をする。

 だが、こちらはもっと悲惨な目にあってきた。今日だって数名が寿命を失った。これを許容するつもりはない。

「ソフィア、あきらめて協力しろ。この世界は、お前にとっても好ましくない」

「うるさい! 私は神になるの!」

 長いこと、そればかりを追い求めて来たのだ。

 俺にちょっと言われたところで、急に意見を変えるわけがない。

「ま、すべてが手遅れになる前に返事してくれりゃそれでいい。少し考える時間をやる」


 とはいえ、無効試合を繰り返したところで、俺たちがゲームから解放されるわけではない。むしろこの世界に、永遠に囚われ続けることになる。

 とにかく時間を稼ぐ効果しかない。

 フォルトゥナがどう考えているのかは不明だが……。


 もし彼女に策がなくとも、俺には、ある。

 俺に力を与えた老人。

 錬金術師にも協力させる。


 *


 とある休日――。


 俺はタオルで汗を拭きながら、体育館に向かって歩いていた。

 まだ午前だというのに、とんでもなくクソ暑い。

 ちょっと前まで初夏だと思っていたのに。いきなりピークが来た。いや、じつのところこんなのはピークではなくて、このあともっと暑くなるのかもしれないが。

 靴底からさえアスファルトの熱が伝わってくる。


「兄貴、こっちであってんの?」

「あってるよ」

 瑠璃と琥珀、それに内藤くららも連れてきた。

 まるで引率の先生だ。


 駐車場には自動車も並んでいた。

 どの車も太陽にあぶられて、フライパンみたいになっている。


 体育館の中は少しだけ涼しかった。

 外が眩しすぎたせいか、少し暗い感じもしたが。目はすぐに慣れた。


 エントランス付近には選手がおらず、保護者や関係者と思われる人たちが何人かいるだけだった。ベンチもあるから、待ち合わせをしている人もいる。

 女子の大会だからか、その友人と思われる女子生徒も多かった。ナンパされてる子までいる。ストレートの黒髪で、目鼻立ちのくっきりとした、アイドルみたいな美女だ。


 上島明菜とは、ここで待ち合わせになっている。すでに到着しているはずなのだが……。スマホでも確認してみるか。

 と思っていると、さっきのアイドルが近づいてきた。

「ちょっと、みんな。スルーしないで。ずっと待ってたのに」

 この声、上島明菜か……。


 俺は思わず即答できなかった。

 黒髪になっていたから気が付かなかった。以前見せてもらった写真は、もっと快活な感じだったのに。

 いや、よくよく考えれば、あれは中学のころの写真だ。いまはもっと大人っぽくなっているはず。


「ご、ごめんごめん。印象変わってたから」

「えっ? ん、まあ……髪は黒くした、けど……」

 艷やかな黒髪を指でもてあそびながら、彼女は不安そうに視線を泳がせた。

 本当に、見惚れるような美貌だ。雑誌の表紙を飾っていてもおかしくない。お姉さんにメイクしてもらったのだろうか。


 ケツに膝蹴りが来た。

「兄貴、なにぼっとしてんの? 合流できたんだから、会場行こうよ」

「いっ……おう……」

 瑠璃だ。

 いまのはいささか強めだったな。もっと手加減してくれてもいいだろうに。


 すると背中にパンチも来た。

「お兄ちゃん、早くして!」

 琥珀だ。

 こっちは威力も弱くてかなり可愛い。


 だが暴力はいかんぞ!

 お兄ちゃんは、お前たちをそんなふうに育てた覚えはないからな。

 あとでお説教だ。


 *


 ちょうど開会式が終わったところだった。

 うちの剣道部は、すでに地区大会の時点で団体戦に敗退している。だから、向井六花が出るのは個人戦のみだ。

 過去の実績から考えれば、全勝してもおかしくない。

 だが彼女は、先日の戦いで寿命を失ってから、少し元気がなかった。夢の中での戦いが、現実へ影響を及ぼしている。


「琥珀ちゃん、麦茶飲む?」

「うん」

 内藤くららは、ポットから冷たい麦茶を注いで渡した。

 俺たちのぶんは、ない。


 いまいるのは、体育館の高くなったスタンド席。

 観客はスカスカというほどでもないが、わりとまばらだ。

 まだ全国大会でもないし、こんなものなのかもしれない。


 呼び出しがあり、選手たちが登場した。

 試合は四つのエリアで同時進行。

 観客はだいぶ静かだから、竹刀のぶつかるパシィーンという音だけが異様に響いた。あるいは選手たちの「キィェェェー!」という声。

 どうやらこれが観戦のマナーらしい。外野は声をかけてはいけない。許されているのは拍手のみ。

 やけに緊張感がある。


 よく知らなかったのだが、剣道は、かなり激しいスポーツだった。とんでもない勢いでぶつかり合うし、そのあと突き飛ばしたりもする。体格差があると、派手にふっ飛ばされる。

 防具をしているから安全な競技だとばかり思っていた。


 向井六花はシード選手だから、一回戦には参加しなかった。

 出場したのは二回戦から。これは始まってすぐに勝利した。

 動きがいいのか悪いのかは分からない。


 選手たちの緊張感は凄まじい。だが、観客席はわりと気楽なものだった。

 小さな声で遠慮がちに応援する保護者や、雑談している生徒、うろうろしている関係者など、わりと自由だ。


 出場選手が多いせいか、三回戦まではだいぶ間があった。

 なのに試合は一瞬。

 向井六花は順調に二本先取して、勝利をおさめた。

 スピードと勢いが、相手選手とは桁違いだ。

 こうして見ると、本当にエースなんだと実感させられる。


 そして準決勝。

 向井六花の出番が来た。

 相手選手との体格差はないように見える。どちらが有利なのかも分からない。

 空気だけが張り詰めている。

「始め!」

 審判の号令で、両者、威嚇の声をあげた。

 竹刀を軽くゆすって相手の隙を誘う。

 ダァンと床を蹴る音。竹刀のぶつかる音。甲高い声。

 向井六花が弾き飛ばされた。

 相手選手は、かなりパワーがあるらしい。


 その後も激しい打ち合いは続いたものの、決定打は出なかった。

 時間が来て、審判が「やめ!」と止めた。

 判定。

 相手選手の勝利。


 向井六花は、全国出場に届かなかった。


 *


 試合後、選手たちはまとまって撤収してしまった。

 俺たちは声をかけることさえできなかった。


 みんなでファミレスに入った。

 五人だったけれど、俺たち兄妹はボックス席に詰めて座った。


「向井さん、残念だったね」

 気を使ったのか、上島明菜があえてその話題を切り出した。

 みんなはしかしすぐに返事をできず、間が空いた。

 内藤くららなどは、ズズーとドリンクを飲みきって、お代わりを口実に席を立った。

 空気がシラけている。


 俺は軽く咳払いをした。

「相手が強すぎたね」

「うん……でも、こないだの……」

 上島明菜は納得していない。

 おそらく彼女も、アルケイナ界での死が影響していると言いたいのだろう。


 向井六花のメンタルは万全ではなかった。

 残り七十年あった寿命は、十年も奪われた。

 いや、寿命のことより、一騎打ちを引き受けておきながら、またしても負けたことのほうがショックだったかもしれない。

 自分という人間は、自分で思ってるほど強くない。

 そのように考えた可能性もある。


 俺はつい出そうになった溜め息を噛み殺し、こう応じた。

「もう二度と、あんなことにはさせない。俺たちはこれ以上、一人たりとも、一年たりとも、寿命を失うべきじゃない」

「兄貴、コーラとってきて」

 真面目な話をしているのに、窓際の瑠璃が空のコップを押し付けてきた。

「お前な……」

 琥珀もそわそわしていたので、廊下側の俺がそれぞれ回収した。

 フリードリンクってのはこれだから……。


 俺はジュースを注ぎ、ミックスジュースを作っていた内藤くららと一緒に席に戻った。

「策はある」

 会話もなかったようなので、俺は勝手にさっきの話を続けた。

「じつはソフィアの父親に会ったことがある」

「え、でも死んだはずじゃ……」

 ミックスジュースのマズさに顔をしかめていた内藤くららが、苦しそうな顔のままこちらを見た。

 真面目な話を続けてもいいんだろうか。

「そう。死んだはず。だけど、いたんだ。居場所は、おそらくアルケイナ界じゃない。別の空間。俺が望めば、また会ってくれると思う。だから巻き込むよ。あの人も、きっとソフィアを救済したいと思ってるはずだし」

 すると内藤くららは、ぐっと眉をひそめた。

「ソフィアのこと、助ける必要ある?」

「分からん。もし殺して解決する問題なら、俺たちは自衛のためにそれをせざるをえないだろう。だけど今回はそうじゃない。それに、味方は多ければ多いほどいい」

「どこまでお人好しなの……」

 まあそう言うな。

 自分でもどうしようもないんだから。


 本当に憎ければ、アルケイナ界が消滅してからソフィアを殺害するという手だってある。

 俺は望まないが。

 だが、他のメンバーがそれをしない保証はない。

 実際、仲間たちは寿命を奪われたのだ。黙って許すかどうかは、各自の判断に委ねるほかない。


 俺はアイスティーをすすり、ほっと息を吐いた。

 今後、こうしてみんなで集まる機会は、そうそうないかもしれない。

 フォルトゥナは必ず最初から現れるわけではない。

 なにかの拍子に争いが起きて、寿命を失うことだってありえる。

 そうなると、もう、楽しく談笑するような気分でもなくなってしまうだろう。

 精神力の強い向井六花でさえ、コンディションを崩したのだ。

 他のメンバーだったら、ふさぎ込んでしまうかもしれない。実際、過去のループでそんなことがあったような気がする。


 ここからは、ひとつのミスも許されない。

 もう誰も傷つけさせない。


(続く)

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