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ケイオスガーデン 後編

「いやっ、やめてっ」

 琥珀の声がした。

 目をやると、ひょろ長い咎人ザ・ハングドマンが琥珀の腕をつかみ、乱暴にひねりあげていた。

「エネルギーが切れた途端、急にこれだよ。君、もしかして中学生? 仲間のカタキ、たっぷり取らせてもらうからね?」

 なんだこいつ……。


 ハラワタが煮えくり返るというのは、こういうのを言うんだろう。

 目の前の敵さえいなければ、いますぐぶちのめしてやるのに。


 それにしても、こいつは上島明菜と戦っていたはず。

 まさかとは思うが……。


 しかし彼女は死んではいなかった。

 うずくまって泣いている。

 いったいなにをしやがった……。


 俺は小声で内藤くららに尋ねた。

「あいつを狙撃できないか?」

『ダメ。琥珀ちゃんも巻き込んじゃう……』


 クソ!

 クソ、クソ、クソ!


「おいお前! その子から手を離せ! もし少しでも傷つけたら、百倍にして返すからな!」

「んんー? いいのかなぁ、そんなこと言って。もっと力が入っちゃうかも」

 すると琥珀は「痛い!」と甲高い声を出した。

 もうダメだ。

 ムカつきすぎて、頭が爆発しそうだ……。


 すると榎本将記が、静かに告げた。

「各務、手を離してやれ。いたぶる必要はない」

「えっ? 榎本さん、なんで……」

「いまあの男が言った通りだ。この不毛な戦いで、余計な恨みを買うべきじゃない。今回は俺たちの優勢だが、もし逆だった場合を考えてみろ。お前、楽には死ねんぞ」

「ぐっ……」


 俺は、あらゆる面で、この男に負けている。

 この戦いだって、こちらが約束を破ったにも関わらず、負けることになる……。

 格が違う。


 通信が来た。

『琥珀ちゃんは撃てないけど、後ろにいる女なら撃てるよ』

 内藤くららの声は震えていた。

 きっと彼女も怒ってる。

 怒ってるのに、なるべく冷静に状況を見ている。

 怒りで我を忘れそうになった自分が恥ずかしい。


 俺は静かに応じた。

「分かった。ただ、少し時間をくれ。終わったら合図する」

『了解』

 おそらく奇襲することも可能だったろう。

 だが、榎本将記という男に対して、いまはそんな手を使いたくなかった。


 俺は彼へ向き直った。

「お礼を言わせてください、榎本さん」

「戦いの最中だぞ。あとにしろ」

「はい。だから、早く戦いを終わらせましょう」

「次は全力で行く。覚悟しておけ」

「はい!」


 俺は通信機に「いいぞ、撃て」と告げた。


 一条の光が伸び、それは榎本将記の脇を通過し、咎人をもスルーし、後ろの女を撃ち抜いた。

 榎本将記の顔色が変わった。

「しまった……」

「行きます!」

 俺は槍を手に、一気に駆けた。


 おそらくだが、後ろの女がメンバーを強化していたのだろう。その強化さえなくせば、これまでみたいな動きはできないはず。


 象徴と象徴とがガァンとぶつかり、虹色のエーテルを飛散させた。


 だが、身体能力は向こうが上。

 俺の攻撃は受け止められただけでなく、力で押し返された。

 今度は床を転がされるほどではない。数歩後退するだけで済んだ。


 老人から力をもらったのはいいが、パワーもスピードも増していない。

 やはり象徴を使いこなさねば……。


 俺は虚無ヴォイドと意識を通わせ、想像力でもって変形を命じた。

 言葉ではなく、イメージで直接つながるのだ。虚無はどのように変形できるのか。どのように変形したいのか。そしてまた、俺自身がどのようになりたいのか。


 すると虚無は液体金属のような流動体となり、俺の体にまとわりついてきた。

 手から這いあがり、肩、胴体、腰……。

 それは全身を覆い尽す黒い甲冑となった。


 エーテルのささやきが聞こえる。

 因果律をも超越する力。

 空も、花も、この力におののいているのが分かる。


 俺は背面からエーテルを噴出させ、加速して榎本将記へ攻撃を仕掛けた。ただ両手を突き出しただけの簡素な打撃。

 なのだが、ズダァンと音がして、ハルバードで受けた榎本将記は向こうへすっ飛んでいった。

 キィン、と、かすかなエーテルの残響音。


 力を感じる。

 たぶん、もっと、凄いことができる。

 だが、怖すぎて、フルパワーを出すことはできない。


「次はお前だ」

 俺が歩を進めると、咎人は露骨にうろたえ始めた。

「ま、待った! 待ってくれ! 俺、武器は持ってないんだ! 言葉が武器でさ……。それで……あぎゃあっ」

 琥珀がそうされたように、俺はそいつの腕をつかんでひねりあげた。

「あだだだだっ! 折れちゃう折れちゃう! 頼むから!」

「……」

 へし折ってやりたい。


 こいつは琥珀の腕を折らなかったかもしれない。

 だが、それがどうした?

 榎本将記が止めなければ、長々といたぶっていたはずだ。いずれ折っていた可能性もある。もっとひどいことをしたかも。

 上島明菜だってまだ泣いている。

 泣くようなことをしたのだ。


「お前、上島さんになにを言ったんだ? 答えろ!」

「ギブギブ! さっきも言った通り、俺の武器は言葉なんだ! だからちょっとは悪く言ったけど、あんなに泣くとは思わなかったんだ!」

「琥珀にもなにか言ったのか?」

「まだ言ってない! あーっ! 待ってホントに折れちゃうぅ!」

 情けない声を出しやがって。

 クソが……。


 だが、見たところ上島明菜は死んでいない。琥珀も不安そうな顔でこちらを見ている。いつまでもいたぶるべきではあるまい。


 俺が手を離すと、男はうめきながらうずくまってしまった。

 とはいえ、このまま寝かせておくこともできない。

 戦いは、いずれかが全滅するまで続く。

 いっそひと思いにトドメを刺すべきだろう……。


 ふと、転移門が現れた。

 まだ戦いの最中だというのに。


 現れたのは、フォルトゥナだった。

 少し高い位置に出たのだが、花の魔力にやられ、ふっと花の中へ着地した。


「遅くなってしまったわね……」


 本当に遅い。

 すでに犠牲者が出た。

 この状態から俺たちを救済してくれるのだろうか。


 彼女は天を仰ぎ、両手をひろげた。

「みんな、戦いをやめて……」

 やめて?

 それで解決するならしてもいい。

 だが、事態が好転するとは思えない。


愚者ザ・フール、武装を解除しなさい……」

「安全が確保されたらな」

「その力は危険よ。言う通りにして」

「まだ決着がついてない」

「因果律が壊れてしまう」

「壊れればいい。そしたらこのバカげたゲームも終わるだろう」


 もしかして、この女は救済に来たのではなく、俺に説教しに来たんだろうか?

 だとしたら余計なお世話だ。

 即刻お引き取り願いたい。


 彼女はいつもの哀しげな表情だ。

「なぜ戦いを望むの……」

「身を守っているだけだ」

「象徴とそんなに交わっては、いずれ人でなくなってしまう……」

「怪物にでもなるのか?」

「ええ」

 そうか。

 なら好都合だ。

 それで妹たちを守れるならば。

 敵は人間じゃないんだ。そいつらと戦って勝つつもりなら、俺も人間をやめねばならない。


 フォルトゥナはそっと目を閉じ、一筋の涙を流した。

 頬からしたたり落ちたしずくが、花の上に落ちる。


「泣くほどのことなのか?」

「あなたはいつでも哀しい選択をする。愚者ザ・フールよ、これが最後のループとなるでしょう。だから、あなたに記憶を授けるわ」

「記憶? 誰の?」

「この世界の歴史の一部よ。さあ、こちらへ……」

「……」

 歴史?

 俺たちの戦いとなんの関係があるのかは分からないが、俺は言われるまま彼女へ近づいた。

「まずは武装を解除して」

「必要なことか?」

「虚無の力に拒まれてしまう」

「ふん」

 そういう口実で、俺の武装を解除したいだけかもしれない。

 それでも俺は言われた通り、武装の解除を試みた。

 なのだが、うまくいかない。

 俺の体にまとわりついた虚無は、頑としてはがれようとしなかった。こちらが踏ん張れば踏ん張るほど、生き物のようにミチミチとイヤな音を立てて抵抗してくる。


 フォルトゥナが小首をかしげた。

「解除できないの?」

「できない……。クソ、なんでだ……」


 琥珀も不安そうに近づいてきた。

「お兄ちゃん、どうしたの? それ、取れないの?」

「分からん。外そうとしてるんだが……」

「頑張って。きっと大丈夫だから」

「ああ」

 言われなくても頑張ってる。

 正直、静かにしていて欲しかった。

 だが、琥珀の顔を見ると……。

 そうだ。簡単にイライラしてはいけない。俺は琥珀を哀しませてはいけない。冷静に、いまできることを考えるんだ。


 すっと、身が軽くなった。

 いきなり虚無が収縮し、球体に戻ったのだ。

 もしかして俺が力を入れていたことで、虚無も緊張してしまったのかもしれない。力や思いが相互に作用しているらしい。

 これは、やはり危険な道具なのでは……。


 フォルトゥナも安堵の息をはいた。

「ではあらためて、記憶を授けましょう」

 俺の頭に、そっと手をかざしてきた。

 こんなので本当に歴史が……。


 *


 過去が見えた。


 そこは神々の領域――。


 ある日、人間の訪問者があった。

 異端の錬金術師だ。

 男はそこがどんな空間かも理解せぬまま、神々の存在にさえ気づかず、ただ世界の深淵を覗いたつもりでいた。

 いつものように錬金術の研究を始め、やがてその「場」に宿る神秘性を感じ取った。


 他日、彼は幼い娘を連れ込み、こう言い聞かせた。

「お前はここで神になるのだ」

 これがソフィアだ。


 ふたりは神界で、生命の樹を育て始めた。

 しかし何度試しても、それは必ず失敗に終わった。

 なにかが足りなかった。

 やがて男は力尽き、生命の樹の養分となった。

 ソフィアはその樹をじっと見つめていた。


 「異界文書コーデックス・アルケイン」は、その錬金術師が遺したものだった。

 それは魔術書であり、神々との契約書でもあった。

 ソフィアはそれを拾い、姿も見えぬ神々に捧げた。

 神々は、その契約を承諾した。


 契約に従って因果律が成立し、ソフィアだけの空間が作られた。

 アルケイナ界が誕生した。


 *


 俺は思わず溜め息をついた。

「おおむね理解したよ。そして混乱してる。思ってた方法じゃ、この戦いは終わらない」

 この会話は、ソフィアにも聞かれているかもしれない。

 が、いまは些細なことだ。


 このゲームは、ソフィアを殺しても終わらない。

 なぜなら、「異界文書」にそう記述されているからだ。

 すべては契約に従って動いている。いちど始まってしまえば、個人の意思など関係ない。ルールだけが粛々と稼働し続ける。

 かといって因果律を破壊すればいいというものでもない。

 正しい方法で終わらせなければ、事態の悪化を招く可能性さえある。

 複雑なコンピューターのように。


 事態を安全に終息させるためには、より上位の存在にアクセスせねばならないのだ。

 つまり、契約を承諾した神々に。


「フォルトゥナ、教えてくれ。神はどこにいる?」

「この世界の外側に」

「そこへ到達することはできるのか?」

「あなたにはできない……」

 それでもいい。

 この口ぶりなら、誰かは行けるんだろう。そいつに頼んでもいい。


 足を引きずりながら、榎本将記が戻ってきた。

「これからどうするつもりだ?」

 フォルトゥナは静かに目をつむる。

「今日の戦いを強制終了させる方法がある。もう死んでしまったものは救えないけれど……。勝敗のつかない状態で、戦いを終わらせることができる」

 つまり勝ちも負けもないから、いま生きてる人間の寿命が減ることはない、ということだ。


 彼女が手をかざすと、虚空に光の魔法陣が現れた。

 まばゆい光。

 かと思うと、虹の粒子が飛び出してきて、人の形となった。


「これは?」

審判ジャッジメント。ただし適合者がいないから、精霊が役割ロールを代行してる。この状態なら、私が使役できる」

 以前ソフィアが言っていた空きの五枠というやつか。


「さあ、審判ジャッジメント。ラッパを鳴らしなさい。この戦いを終わらせるのよ」

 精霊はラッパを吹くような姿になった。

 終了の合図が鳴り響く。


 *


 俺たちは、いつのまにか雲上の神殿にいた。

 ソフィアはむくれた顔でこちらを見ている。


 帰還できたのは四名。死亡した向井六花は、あのエリアに置き去りにされてしまった。十年とはいえ、守ることができなかった……。


「ソフィア、話をしよう」

「いいよ」

 もう隠すことはなにもないはず。

 俺はこいつと協力し、ゲームを終わらせるつもりだ。

 殺すのではない。救う。


(続く)

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