フォーメーション
学校へは遅刻せず到着できた。
もちろん寝癖は直していない。
俺のようなビッグな男にとっては、そんなこと些事に過ぎぬからだ。
なお、クラスで誰かと会話することはない。
そもそも会話をする相手がいない。
さ、寂しくはない……。隣のクラスには友達もいるし……。
*
勉強だけしていたら、放課後になってしまった。
見事に、誰とも会話しなかった。しかも俺のソウルフレンドは先に帰ってしまった。アニメのグッズが販売されるからどうだとか言っていた。
いや、いいのだ。
学校は勉強をするところだ。
俺はなすべきことをした。
荷物をまとめ、教室を出た。
まだ日は高い。
いつものようにまっすぐ帰宅すれば、かなりの時間を一人で過ごすことになる。俺の自由時間は長い。
玄関口へ向かう途中、人だかりを見つけた。
向井六花が、女子生徒に囲まれていたのだ。「六花ちゃん部活頑張ってね」などと声をかけられている。剣道部のエース。シャープな顔立ちで、性格もストイックだから、やけに女子人気がある。そこらの男よりモテてる。
俺は素通りして靴に履き替えた。
入学時に買ってもらったシューズは、まだそんなにすり減っていない。あまり出歩かないからだ。めったに寄り道もしない。
自転車にまたがり、校門を出たあたりで、またちょっとしたざわめきに遭遇した。
誰か来ているらしい。
他校の制服だ。少し日焼けした肌に、ウェーブしたロングヘアの、ギャルっぽい風貌の女。誰かの彼女かもしれない。
ん?
どこかで見覚えが……。
俺は自転車を減速させ、ゆっくりと停めた。
「もしかして、上島さん?」
「あ、うん……」
なんとも言えない表情だ。気安く声をかけるべきではなかったかもしれない。
なおウエシマではなくウエジマだ。
普段は温厚な彼女だが、間違えると少しむっとした顔を見せる。
俺はキョロキョロと左右を見回した。
「誰か待ってるの?」
「え、うん……」
「そっか。じゃあ行くわ」
邪魔をするつもりはない。それに、クラスの女子がこちらを不審そうに見ている。友達もいない俺が、他校の女子と会話していたらおかしいからな。
すると彼女は、慌てたように自転車のハンドルをつかんだ。
「待って。八十村くんに用があって来たの」
「俺?」
「そう」
「ここに通ってるってよく分かったね」
「あ、えーと、向井さんのことは以前から知ってたから、たぶんこの高校だろうと思って」
向井六花は全国レベルの選手だ。ローカルニュースにも出たことがある。在籍する高校だって少し調べれば分かる。
俺が同じ高校に通っているということも、以前彼女に教えた気がする。
「まあ暇だからいいけど。どっかで話す?」
「うん。途中にファミレスあったから、そこで」
「あ、そこはパリピの巣窟になっているから、少し先の店がいい」
「分かった」
というわけで、俺たちは並んで自転車をこいだ。
会話はない。
余計なお世話なのだが、遊び盛りのギャルが、俺のような人間のために時間を割いていていいのだろうか。まあ用があると言っていたから、その用が済んだらすぐ消えるんだろうけど。
チェーンのカフェに入った。
学生もちらほらいるが、会社員らしき大人がほとんどだ。ノートPCなんぞを開いて、仕事でもしているのだろうか。
俺たちはオーダーを終えてテーブルについた。
「チョコ買っちゃった。八十村くんにも少しあげるね」
「あ、ありがとう……」
クソ、かわいいな。
だがこんな雰囲気には耐えられない。早く本題に入らねば。
「で、用ってのは?」
「あ、うん。あたしのこと知ってたってことは、寝てる間に起きてることもおぼえてるってことだよね?」
「アルケイナ? ちゃんと分かってるよ」
ここ数日、そのことしか頭にない。
なにせ、無関係な異世界の戦いで寿命を奪われるかもしれないのだ。理不尽にもほどがある。
上島明菜は棒状のチョコを二つに割って半分をよこしてくれた。なかなか太っ腹だ。
「でね、あたし、作戦とかちゃんと考えたほうがいいと思って」
「一理ある。けど、作戦って言ったって自動機械を殲滅するだけだぜ? いつもみたいに暴れてれば終わる」
本気で言っているわけじゃない。
メンバーが問題なのだ。
猪突猛進する向井六花。自分勝手に身を潜める内藤くらら。そして会話の通じないライオン。チームの過半数がコレだ。作戦など立てようがない。
けれども、上島明菜はうなずいてはくれなかった。
「ダメだよ! この先、なにがあるか分からないんだし!」
「たとえば?」
「分かんないけど、なんかあるかもしれないじゃん!」
「まあそうだな。最終的に、あのソフィアとかいうガキと戦うハメになるかもしれないし」
案内人を自称するあの少女は、あまりに怪しすぎる。
俺が初めて呼び出されたのは、なんの変哲もない一日だった。
そのとき俺は、風呂に入っている夢を見ていた。きっと体温があがりすぎて、寝苦しくなっていたんだろう。
暑い暑いと思っているうちに、例の神殿にいた。
俺は素っ裸。先に呼び出されていたメンバーは、ぎょっとした顔。最低の出会いだった。
「彼が新メンバーの八十村博士くん。役割は『愚者』だよ」
そのときまだ面識のなかったソフィアは、俺に事情を説明するより先に、仲間たちに俺の紹介をした。
まったくワケが分からなかった。
怒りに近い感覚をおぼえた俺は、あえて前を隠しもせず、こう尋ねた。
「誰だ?」
「私? ソフィアだよ! あなたは名誉ある戦士として選ばれたの! おめでとう!」
「なんだか分からんが、服をくれないか?」
「さあどうぞ」
ソフィアがくるくると指を動かすと、俺はマーチングバンドのような格好になった。意味不明な格好をさせられて困惑したが、全裸よりはマシなので反論せずにいた。
その後、簡単な説明を受けたのち、俺たちは戦場へ送り出された。
確保した領域はすでに十を超える。負傷は何度かあったが、死亡はナシ。順調と言っていい状況だった。
上島明菜は目を丸くした。
「戦う? ソフィアちゃんと?」
「どう考えてもあいつが黒幕だ」
「自動機械に世界を襲われて、それで助けを求めてきたんだと思うけど……」
「仮にそうだとして、フェアじゃない。人にモノを頼む態度でもなかった。俺たちには選択肢さえなかったんだ。こっちにはリスクしかないのに」
終わったらボーナスがあるとは言うが、そのボーナスとやらの正体はいまだ不明。「頑張ればいいことがあるよ」と言われてるのと変わらない。やりがい搾取だ。
彼女はそれでも納得しなかった。
「きっとなにか事情があるんだよ……」
「事情ねぇ」
事情なら俺たちにだってある。なのに俺たちの事情は無視されて、ソフィアの事情だけを押し付けられている。
かくのごとく反論しようと思ったが、上島明菜が泣きそうな顔になっていたので、言葉を飲み込んだ。見た目に反して気が弱いようだ。
「分かった。ならこれ以上は言わない。作戦について考えよう。上島さんは、なにかいい案でもあるの?」
本題に戻ってほっとしたのか、彼女の表情はぱっと明るくなった。
「うん! あたし、チームのフォーメーションを考えて来たんだ。これ見て」
鞄からノートを取り出し、テーブルに広げた。
いくつかのマルが描かれている。マルの中には「八」や「上」の文字。きっと俺たちのことだろう。
だが、それだけだ。前衛が俺、向井六花、ライオン、後衛が上島明菜と内藤くらら。他にはなにも記述がない。
彼女はなぜか自信満々だ。
「このフォーメーションで戦うのがいいと思うんだ」
「なんかゲームみたい」
「うん。ゲームを参考にしたの」
「でも戦ってるうち、すぐ崩されるぜ。後ろに抜けられたときのカバーもしないと」
すると彼女は身を乗り出した。
「それそれ! そういう話がしたかったの! お互いに意見を出し合って、いい感じにしてけたらいいなーって」
本当に申し訳ない。
見た目からは、こんなに真面目な少女だとは思わなかった。
「分かった。じゃあこの形をベースにして練り上げていこう。ただ、ライオンは少しさげて、中衛に置いたほうがいいかもしれない。あいつはスピードがあるから、俺たちが討ち漏らしたのをカバーさせたい」
「うんうん」
「それと、向井さんも内藤さんも人の意見を聞くようなタイプじゃないから、位置を固定しないほうがいいかもしれない。向井さんはほっといても最前線に出るし、内藤さんはどこにいるか分からない。だから俺たちで隙間を埋めるような動きをするんだ」
「すごいすごい! そういう話がしたかったの!」
やけに褒めてくれる。
彼女はずっとチームのありかたに疑問を抱いていたのだろう。しかし自分ではいい方法を思いつけず、思い切って俺に相談を持ちかけてきたというわけだ。
本来ならば、同じく疑問を抱いていた俺のほうから提案してもよかった。自分から言い出す気にはなれなかったのは、なかば諦めていたからだ。なにせエースの女帝サマが、あの脳筋だ。俺もまだ空中戦に慣れていない。
いろいろ話し込んでいるうち、日が暮れかけてきた。
「ヤバ。かなりいい感じになっちゃった。八十村くん、意外といろいろ考えてたんだね」
意外?
見くびられたものだな。
未来の大統領だぞ?
「考えてるよ。言っても意味がないと思ってたから言わなかっただけで」
「なにそれひどい」
「上島さんのことじゃないよ。みんなアクが強すぎるからさ」
「まあね。でも今日は相談してよかった。また会ってくれる?」
陰キャに優しいギャルは実在する!
いや、ギャルっぽいのは見た目だけで、性格はかなりまともなようだが。さすがは女教皇サマだ。
「いつでもどうぞ。どうせ暇だしね」
「よかった。じゃあ連絡先交換しよ?」
「う、うむ……」
おかしい。
なにかのフラグが立っている気がする。いや、ここで勘違いするのが陰キャのよくないところだ。焦ってはならぬ。
店を出ると、上島明菜はぐっと伸びをした。
「これでうまくいくといいなぁ。あたし、みんなには生き延びて欲しいから」
「ま、そんなたいした敵じゃない。ミスさえしなけりゃいつか終わるさ」
「うん。一緒に頑張ろうね!」
屈託のない笑顔だ。
彼女には死んで欲しくない。
素直にそう思った。
二人の影法師が、街に長く伸びている。
こんな時間まで外にいたのは、いつ以来だろうか……。
(続く)