表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/45

ケイオスガーデン 前編

 幾度目かのアルケイナ界。

 ついに直接対決が始まった。


 風が吹き抜けるたび、あまったるいかおりが鼻をつく花のエリア。

 そこは夜の世界。

 毒々しい色の花々が一面に咲き乱れており、その瘴気によって俺たちは空を飛べなくなっていた。

 ここでは地上戦しかできない。


「いつものフォーメーションを意識して! 敵はもう展開してると思う!」

 俺はそう指示を出した。


 花は膝ほどもないから、視界を遮られることもない。

 まっくらでもないから、人が現れればシルエットで分かる。

 きちんと目をこらしていれば、奇襲を受けることはない。


 いや、奇襲を受けたっていいのだ。

 これはデキレース。

 今回、俺たちは敗退し、命を失う。

 フォルトゥナが介入してこない限りは……。


 仲間たちは、いちおう作戦を承諾してくれたものの、心からは納得していなかった。

 交互に勝利を譲り合い、時間を稼ぐ。その代償は十年の寿命。攻略法を手に入れない限り、俺たちの命はガリガリと削られてゆく。

 もしかすると、ただ損して終わるかもしれない。


 どうにかして攻略法が分かればいいのだが……。


 こちらは五名。

 敵も五名。


 ゴロゴロと車輪の回転音が近づいてきた。

 現れたのは、ワゴンに乗った戦車ザ・チャリオットの服部大輔だ。今日もツンツンと尖ったスパイキーヘアをしている。

「フゥーハハハー! 相変わらずこそこそ固まっているようだな!」

 すると剣を手にした向井六花が前に出た。

「一人?」

「ああ、一人だ。お前たちに、一騎打ちを申し込む!」

「一騎打ち? 正気なの?」

「もちろん正気だ。俺は榎本なんぞの命令に従う気はない。ただ死力を尽くして戦うのみ」


 な、なんなんだこいつ……。

 命が惜しくないのか?

 高校生の発想じゃない。

 いや、大人だってこんなのいないだろ……。もしいるとすれば、こいつが大人になった姿。つまりこういうヤツは、生まれつきこうなのだ。


 この挑発に向井六花が乗った。

「みんなはさがってて。私が相手になる」

 リベンジ、というわけだ。


 いったいどうなってしまうんだ?

 もし向井六花が勝ったとして、結局、俺たちは負けなくてはならない。服部大輔にとっては、なんのメリットもない戦いのはず。


 俺は注意深く周囲を見回した。

 これも榎本将記の策だろうか。俺たちが心変わりした場合に備えて、戦車を囮にして急襲するつもりかもしれない。


「ふん。弱い女をなぶるのは趣味ではないが、名乗り出た度胸だけは認めてやろう」

「その弱い女に負けるのよ、あなたは」

「では行くぞッ! ハァッ!」

 掛け声とともに戦車を走らせた。

 はやい。

 突風が駆け抜けたかと思うと、花びらが舞い上がり、戦車はいつの間にか遠くでドリフトしていた。助走ナシでいきなりトップスピードが出る。


 向井六花はギリギリでかわしたらしく、鋭い視線で戦車を睨みつけていた。

 一瞬であれだけ距離がひらいたということは、戻ってくるのも一瞬だろう。どんなに遠くにいようと気が抜けない。


 俺も周囲への警戒をおこたらない。

 負ける戦いだと分かっていても、心の準備くらいはしておきたい。


 また戦車が来た。

 大袈裟な突風。

「きゃっ」

 体をかすめられたらしく、向井六花は尻餅をついた。


「フゥーハハハー! か弱い声を出すではないか! 逃げ回っていても俺には勝てぬぞ!」

「うるさい!」

 どう見ても向井六花が押されている。

 このまま放っておけば、またハネられてしまうだろう。

 しかし一騎打ちだ。手を出すことはできない。


 身を潜めていた内藤くららが通信を送ってきた。

『もう囲まれてる』

「えっ?」


 上空から、ダァンと人が降ってきた。

 榎本将記だ。

 大地にハルバードが叩きつけられ、花々と土砂が混じり合って飛散した。


「外したか……。次は当ててやる。お前たちも、死ぬなら一撃がいいだろう」

「……」

 なんだ?

 いったいどこから?

 どうやって飛んだ?


『右と左、それと正面にもいる』

 内藤くららはそう教えてくれたが、まったく見えない。いや、正面のシルエットだけはかろうじて……。しかし遠い。


 上島明菜が「ひっ」と声をあげた。

各務莉煌斗かがみりおと咎人ザ・ハングドマンだ。俺が君の相手になろう」

 ひょろりとした男が、いつの間にか接近していた。


 いや、それだけではない。


 琥珀のそばには、メガネをかけた少年が立っていた。

「僕は魔術師ザ・マジシャンの広瀬真彦。君に恨みはないけど、死んでもらうね」

 この野郎!


 だが、榎本将記のハルバードがぶんとうなり、俺の眼前をかすめた。

「よそ見している余裕があるのか? お前の相手はこの俺だ。抵抗しても構わん。最後は俺が勝つのだからな」

「クソッ」

 やるしかない。

 俺は象徴シンボルを槍に変え、正面に構えた。


 負けないといけないのに。

 いざとなると命が惜しくなってしまう。


 フォルトゥナは来ない。

 やはり彼女をアテにすべきではなかった。


 それに、俺はもう力を得た。

 因果律を超越する力。

 槍となった虚無ヴォイドは虹色の光を放ち、みなぎったエーテルがキィンと高い音を立てている。


 榎本将記は驚いたように目を丸くした。

「く、空間を裂いている、だと……」

「えっ?」


 槍を動かすと、一瞬、無関係な景色が見えた。それは他のエリアのものだろうか。青い海だったから、もしかすると前回のエリアかもしれない。


 以前、チーム・ホワイトは、フォルトゥナの力で俺たちのエリアに乱入してきた。

 それと同系統の力かもしれない。

 だから榎本将記は、この現象を見てすぐ「空間を裂いている」と判断できたのだ。


 つまりいまの俺は、フォルトゥナと同じようなことができる。


 ソフィアから通信が来た。

『八十村くん、その力はなにかな? 説明してもらえる?』

「お前には関係ない」

『因果律が壊れたらどうなるか、分かってるの?』

「どうなるんだ?」

『分からないの。分からないから怖いの。特にあなたの場合、フォルトゥナと違って限度を知らないんだから……』

 そうだ。

 限度なんて知らない。

 だが、因果律とやらは壊れないだろう。なにせ過去の俺も、これを壊してないんだ。俺はその辺のイキリ野郎と違って、節度ってものを持ってるからな。たぶん。


 だが、俺のこの自信は、すぐに揺らぐことになった。


 ダァンと上空から光の柱が降り注ぎ、直撃を受けた「魔術師」がミンチになった。

 飛散した血液に染まり、花々は怪しく踊っている。

 ちゃんと確認しなくても分かる。

 即死だ。

 やったのは琥珀。

「私、死にたくないよ。お兄ちゃんにも死んで欲しくない」

 これも石板タブラ・ラサの力なのか。


 榎本将記は溜め息をついた。

「やはりこうなったか……」

「……」

 反論できなかった。

 俺たちは、約束を破ってしまった。

 謝罪して自害するくらいでないと足りない。


 なのに、俺は応戦してしまった。

 振り回されたハルバードに、槍を合わせた。

 槍が弧を描くと、そこに異空間の景色が現れた。

 しかしハルバードを裂くことはできない。おそらくエーテルで保護されているからだろう。

「なるほど。あながち心得がないわけではなさそうだ」

「待ってくれ、まだ修正できる」

「それはお前の妹に言うんだな」

 彼がサッと飛び退くと、そこへ光の柱が降り注いだ。

 まるで裁きのいかずちだ。


 すると、榎本将記のそばに、戦車がやってきた。

「ふん。まだ遊んでいるのか」

「事態が想定を上回った」

「代われ。俺が相手する」

「……」

 服部大輔は、リーダー相手にも強気だった。


 彼が来たということは、向井六花が負けたということだ。

 いや、「負けた」なんて表現はよそう。

 殺されたのだ。


 なるべく考えないようにしているが、息が上がってきた。

 踏み込まれたエンジンが加速していくように。

 心臓がドキドキする。

 向井六花が死んだ。

 殺したのはこいつ。

 手にギリギリと力が入る。


「お前がチーム・ブラックのリーダーか? ふん。弱そうではないか」

「ああ、弱いさ」

「戦う前から勝負が見えたな。行くぞ。ハァッ!」

 掛け声とともに、戦車が来た。

 俺は逃げない。

 腰をおとし、槍を構えた。そして槍を太く変形させ、柄を伸ばして大地に固定した。防御用の杭だ。


 ガァンと、凄まじい衝突音がした。


 戦車は完全に静止。

 代わりに、乗車していた服部大輔は上空へ放り投げられた。

 そこへ上空から光の柱が落ち、ズダァンと大地へ墜落した。


 これで四対三。


 榎本将記は振り向き、怒声を浴びせた。

「岩波! なにをやっている!?」

 遠くのシルエットがちぢこまった。

 そういえば、まだ姿を現していないメンバーがいたな。戦いに参加せず、遠方で眺めているだけの存在。いったい何者なのだろうか……。

 榎本将記はさらに叱責した。

「傍観していればお前も死ぬぞ! 力を使え!」

「は、はいっ!」

 少女の声だ。


 榎本将記がハルバードを手に襲いかかってきた。

 俺は形を戻した槍で受ける。

 ガァンと想像以上の衝撃。


 俺は転がりながら、後方へぶっ飛ばされた。

 さっきより強くなっている?

 顔をあげると、榎本将記はすでに眼前に迫っていた。

 俺は慌てて槍を合わせる。


 サッカーボールのように、いともたやすく弾き飛ばされた。

 信じられないパワーとスピード。

 いったいなにが……。


 体が動かない。

 俺は地べたに伏せたまま、しばらく体勢を立て直せなかった。

 なのに、榎本将記は、凄まじい勢いでこちらへ迫っている。空から降り注ぐ光の柱を余裕で回避しながら。

 次の攻撃は防げない。


 ふと、一条の光が伸びた。

 榎本将記は俺の頭にハルバードを叩き込もうとしていたが、光線を回避して横へそれた。

 内藤くららのエーテル銃だ。


 俺は慌てて立ち上がり、次の攻撃に備えた。


「こざかしいマネを……」

「チームワークと言って欲しいな」

 武器を手に、対峙する。

 敵は堂々とした構えだ。

 対する俺は、刃の鋭さに怯えて腰がひけている。


 おそらく勝てないだろう。一対一では。

 だが、こちらには仲間がいる。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ