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アルケイナ戦記 ~愚行権の行使者~  作者: 不覚たん
第一章 導入編

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18/45

ある一日

 それからの数日は、何事もなく経過した。

 何事もなく、というのは、つまりはなんの進展もないということだけど。


 授業を終えた俺は、いつも通り駐輪場へ向かった。その途中、スマホがブルッと震えたのが分かった。

 画面を見ると、上島明菜からだった。


『少し相談があるんだ』

『前に行った喫茶店おぼえてる?』

『よかったらそこ来て』


 なんだろう。

 俺は『分かった』とだけ返信し、自転車を走らせた。


 *


 クーラーの効いた店内に、上島明菜はいた。

 なにか深刻な相談かと思ったが、彼女は笑顔で手を振ってくれた。

「ごめん、遅くなった」

「ぜんぜん、ぜんぜん。大丈夫」

 夏服。

 やはりどこからどう見てもギャルだ。ブラウスの胸元を開けている。あまり見るとセクハラになりそうだけど……。


 彼女はストローでアイスカフェオレをすすり、一息ついた。

「おいしい」

「もうすっかり夏だしね。俺も汗ばっか出ちゃってさ」

 制汗スプレーとかしたほうがいいんだろうか。

 そんなの持ってないけど。

 瑠璃のを勝手に使うわけにも……。


 すると上島明菜が、少しキョロキョロし始めた。

「えーと……」

「なに? 誰かいるの?」

「ううん。そういうわけじゃないけど……。知り合いとかに聞かれたらアレかなーって」

「言いにくい話?」

「ちょっとね……」

 いたずらっぽい笑みでそんなことを言う。

 早く本題に入って欲しいんだけど。

 俺はアイスレモンティーをごくごく飲んだ。かすかな甘みと、サッパリとした酸味。すぐに飲みきってしまいそうだ。


「八十村くんさ、アレ、結局どうなったの? 向井さんとケンカしてたやつ……」

「あのこと? いやケンカじゃないよ。ちょっと不用意な発言しちゃっただけで」

「不用意って?」

「俺の口から言ってもいいのか、分からない」

 なにせ向井六花の家庭の事情なのだ。

 俺が広めていい話じゃない。


 すると彼女は、しゅんと落ち込んでしまった。

「秘密の話なんだ?」

「秘密っていうか……。家のことだから」

「家って? どっちの?」

「向井さんの」

「向井さんの家の話を、八十村くんが悩んでるの?」

「ま、まあそういうことになるかな」

 なんかそれだけ聞くとヤバいヤツみたいだけど。

 他人の家庭に土足で踏み込んでいるかのような。


「八十村くんさ、もしかして、だけど……」

「ん?」

「向井さんと、付き合ってたりするの?」

「はい?」

「こないだも、お弁当作ってきてもらってるって……」

 なぜか弁当で餌付けされている感じはするが。

 断じて付き合っているわけではない。

「違うよ。弁当は親のだよ。ただ、少しおかず分けてもらってるだけでさ」

「毎日?」

 上島明菜は少しうつむいて、上目づかいでこちらを見てきた。

 ほぼ毎日だ。

 だが、なんだか言い出しにくかった。

「えーと、まあ、わりとあるかな……」

「八十村くんはどう思うの?」

「うまいと思うよ」

「ふーん……」


 なんだか琥珀的なものを感じる。

 そういえば彼女も妹気質だったな。兄が欲しい感じなのだろうか。だが、俺では不釣り合いだと思う。同い年だし。


「あーそうそう。今度さ、向井さんの剣道の試合あるんだって。みんなで応援に行かないか? あとプールも行きたいって言ってたな。どう?」

「それはいいけど……」

「もしかして、都合悪い?」

「ううん。行く。行くけど……」

「なに?」

「琥珀ちゃんも来るの?」


 なぜそこで琥珀!?

 俺はどう応じたらいいんだ……。


「えーと、いちおうメンバーだし、呼ぼうかなと……。なんかマズい?」

「ううん。でも琥珀ちゃんがどう思うだろ」

「琥珀が? どういう意味?」

「だって、あたしらが八十村くんに話しかけると、じーっとこっち見てるから。嫉妬してるんじゃないかなーって」

 あー、まあ、そういうところあるな、琥珀は。

 外にいるときくらい、もう少し距離感を意識して欲しいところだが。

「琥珀のことは、内藤さんに任せよう」

「くららちゃん?」

「仲いいみたいだから」

 それに、内藤くららの前で琥珀にじゃれつこうものなら、次の戦場で「誤射」されかねない。また謎の魚スタンプでチャットが埋め尽くされるのも勘弁だしな。


 上島明菜は、ぐっと身を乗り出して顔を覗き込んできた。

「八十村くん、シスコンじゃないよね?」

「えっ? ち、違うよ。たぶん」

「じゃあ妹に彼氏できても平気?」

「平気じゃないけど……。でも干渉しないつもりでいる。そういうのは、琥珀の自由だから。まあ、まだちょっと早い気はするけど」

 しかも彼氏ではなく、彼女ができそうな気もするけど。


 上島明菜は、そこでようやく席に座り直した。

「でさ、そういう八十村くんは彼女作らないの?」

「作らないわけじゃないけど……」

「向井さんのこと狙ってるでしょ?」

「狙ってないよ。だってあの子、学校のエースだぜ? 高嶺の花っていうかさ。こんなことでもなけりゃ、俺なんかと接点もないよ」

「それって表面しか見てないと思う」

「そうかも。でも率直な感想だよ」

 家の事情があるから、どっちにしろ俺と付き合うことはないだろう。

 彼女の真剣な横顔には、見とれることもあるけど。美人ならみんなそうだ。相手が向井六花でなくとも起きる現象だ。

 なんて、言ってみたりして……。


 俺はごまかすようにアイスレモンティーを飲み干した。

 上島明菜は不審そうな目でじっとこちらを見ている。

「上島さんはさ、お姉さんいるんだっけ? どうなの? 彼氏いるの?」

「いる。てか別れたのかな。いつの間にか付き合ってて、いつの間にか別れてる。お姉ちゃん、モテるから」

「君だってモテるだろ」

「……」

 会話が途絶してしまった。

 いったいなぜ!?

 見たまんまを言っただけなのに……。いや、それがダメなのか?


 上島明菜は少しそわそわし始めた。

「そりゃ……たまにはナンパされるけど……。でもぜんぶ断ってるよ! あたし、ちゃんとした人がタイプだし」

「ごめん、意外だった」

「意外!? どういうこと? 八十村くん、あたしのことそういうふうに思ってたの?」

「あ、いや、いまのナシ。でもほら……わりとそういうのオープンな感じしたから……」

「ひどい!」

 ギャルなのは見た目だけで、中身は全然違うのか?

 いや、だったらなぜそんなカッコをしているのだ……。まあどんなカッコだろうが自由ではあるけれど……。でも周りは勘違いするのでは?


 彼女はしょげて机に突っ伏してしまった。

「やっぱこのカッコのせいかな……」

「に、似合ってるよ」

「お姉ちゃんもそう言ってくれる……。でもこれ、お姉ちゃんに強制されてるっていうか……」

「そうなの?」

「明菜ちゃんはこっちのほうがかわいいよー、って。美容師だから。髪とかもやってもらってるんだ」

 着せかえ人形、というわけだ。

 本人がそんなにイヤそうでないのが救いだが。


 上島明菜はがばと起き上がった。

「むかしの写真、見てみる?」

「あるの?」

「うん。髪も染めてなくて、パーマもかけてないときの、地味なやつ……。笑わないなら見せたげる」

「それはぜひ見たい」

「ん。じゃあ、はい」

 スマホを操作して、こちらに渡してくれた。


 画面には、まっすぐな黒髪の健康そうな少女が映っていた。いまと制服が違うから、中学のころのだろう。


「え、かわいいじゃん」

「ホント!? こっちのが似合う?」

「まあ、いまのも似合ってるけど。こっちもアリだよ」

「どっちかっていうと、どっちがいい?」

「うーん」

 どっちもいい。スマホの中の上島明菜は、言うほど地味でもなく、清楚というわけでもなく、普通に健康的な女子という感じだ。好感が持てる。

「ねー、どっち? どっちの感じが好みなの?」

「えっ? いや、まあ、どっちもいいよ」

「ダメ。どっちか選んでよ」


 め、めんどくさい……。

 これが妹の資質というものか……。

 琥珀を思い出す。ツインテールにするかおさげにするか、かなり悩んで、何度も俺に見せに来たっけ。

 どっちもかわいいんだから、選べるわけがない。


「たまにイメチェンしてみる、とかは?」

「じゃあ黒に戻すね」

「いいの? お姉さん、納得するかな?」

「いいもん。たまには反抗するし。んー、でもそっかぁ。八十村くんは、黒いのが好みなんだぁ」

「……」

 特にそういうわけではないのだが。


 *


 帰りの電車で、瑠璃からチャットが来た。

 レオの墓参りをしたいから、一緒に行こうというのだ。


 俺は地元駅につくと、ガードパイプに腰をおろした。ベンチもあるのだが、それはバスの利用者が使うものだ。

 先に来たのは琥珀だった。内藤くららもいる。

「あ、お兄ちゃん。お帰りぃ」

「ただいま。内藤さんも一緒なんだ?」

「うん」

 頭をなでて欲しそうにそわそわしているが、内藤くららの視線が厳しくて、応じることができなかった。

「瑠璃もそろそろかな」

「うん。ね、お兄ちゃん、なんか飲む? お金あるからおごってあげる」

「いいよ。お前の小遣いだろ」

「でもこないだ、お兄ちゃんお小遣い使っちゃったでしょ? だから代わりに」

「大丈夫。ありがとな」

 つい頭をなでそうになり、思いとどまった。


 だが、内藤くららは我慢がならなかったようだ。

「琥珀ちゃん、ちょっと距離近いよ」

「えー、なんで? お兄ちゃんなんだから普通だよぅ」

「普通じゃない。キョーダイでこんなベタベタしてるの、変だと思う」

「変じゃないもん」

「変だよ。異常」

「なんでそんなこと言うの? くららちゃん、もしかして私のお兄ちゃん狙ってるの?」

「狙ってないよ、そんなヤツ」

「そんなヤツ?」

「ごめん、いまのは……」

「もー」

 正直、どちらにも味方したくないな。

 瑠璃よ、早く来てくれ……。お兄ちゃんの精神力は限界だ。


 *


「お、揃ってんじゃん」

 瑠璃が駅舎から出てきた。

 まっさきに駆け寄ったのは内藤くららだ。

「先輩、琥珀ちゃんに言ってやってください。お兄さんにベタベタしすぎだって」

「言っても聞かないよ、琥珀は。むかしっからそうなんだから」

「絶対ヘンだし」

「まあヘンだよね」

 あんまり言うな。またヘソを曲げるぞ。


 日が伸びたとはいえ、空はやや暮れかけている。

 急いだほうがいいだろう。

「行こう。場所を教えてくれ」


 自転車で移動した。

 場所は、中学校のそばの道路だった。

 生徒の姿はほとんどない。

 日も落ちてきて、遠くの歩行者は、シルエットしか見えなくなっていた。


 墓の場所はすぐに分かった。

 土手に石が置かれ、小さな棒が刺さっていた。


「ここに埋まってるのか?」

 俺の問いに、瑠璃は首を振った。

「ううん。死体は役所が持ってっちゃったって。火葬しないといけないらしくて」

「ま、それもそうか……」

 なら、ここはあくまで事故現場というわけだ。


 ほぼ道路側とはいえ、この土手は、おそらく付近の農家の私有地に違いない。けれども墓を撤去しないということは、生徒たちの気持ちを汲んでくれてのことだろう。

 この世界には、優しい人もたくさんいるのだ……。


 俺たちは、そっと手を合わせた。


 俺の記憶が戻っていれば、救えたかもしれない命。

 個人的な思い出はほとんどないけれど、それでも仲間として一緒に戦った。

 因果律だかなんだか知らないが、あきらめることなく、レオのぶんまで戦わなくては。


 内藤くららが、ずっと鼻をすすった。

 そこへ琥珀も寄り添った。

 この子たちは、現実世界のレオとも交流があったのだ。ショックは大きいだろう。


 俺も急かすことなく、二人の気が済むのを待った。

 水の張られた田んぼでは、カエルがゲコゲコと合唱を始めた。


(続く)

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