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ギスギス

 俺は電車の中でスマホを取り出し、チャットツールでみんなにメッセージを投げた。

『唐突だけど、みんなの寿命を教えて欲しい』

『それを参考に今後の作戦を立てたいから』

『ちなみに俺は80年って言われた』

 おそらく部活中の向井六花以外は、すぐに返事をしてくれるはず。

 さっそく内藤くららから返事が来た。

『90年』

 だいぶ余裕がありそうだ。


 この調子でデータが集まるかと思ったが……。

 しかしいくら待っても、返事は続かなかった。

 言いづらい数字なのだろうか。


 俺はさらにメッセージを投げた。

『大事なことだから、言いづらくても必ず報告して欲しい』

『みんなが生き延びるために必要だから』

 もし極端に短いようだったら、なるべく前に出さないようにしなければ。


 *


 しかし返事がないまま、家についてしまった。

「ただいまー」

「おかえりー」

 琥珀がツインテールをピョコピョコさせながら玄関までダッシュしてきた。

 手にはスプーンを持っている。

「ね、お兄ちゃん。今日もプリンあるよ。食べよ?」

「ほほう」

 そして俺は、また後片付け担当というわけだ。


 しかしリビングに入ると、片付けものはすでに残されていなかった。その代わり、瑠璃がダルそうにテレビを観ていた。

「兄貴、遅かったじゃん」

「ちょっとな」

「友達もいないのに?」

「いるよ」

 一人いるんだよ!

 隣のクラスに!

「今日もプリン作ったからさ、味見してよ」

「楽しみだな」

「前よかうまくできたから」

「うむ」


 冷蔵庫には、カップに入ったプリンがあった。ひとつとってテーブルへ。

 すると琥珀がまた近づいてきた。

「お兄ちゃん、紅茶がいい? コーヒーがいい?」

「じゃあ紅茶もらおうかな」

「うん」

 じつにかわいい妹だ。

 だが、瑠璃はなぜか鬱陶しそうな顔をしている。

「琥珀さ、ちょっと兄貴にまとわりすぎじゃない?」

「えっ?」

「もう中二でしょ? いつまでもお兄ちゃん、お兄ちゃんってさ」

「だって……」

 しょぼくれてしまった。

 なんでいきなりケンカするんだよ。


 俺は立ち上がり、琥珀の手からポットをとった。

「自分でやるよ。ありがとな」

「うん……」

「瑠璃も、あんまキツいこと言うなよ。悪いことしてるわけじゃないんだからさ」

「うっさい」

 なんでこうなるんだ。

 ふたりで仲良くプリン作ってたんじゃなかったのか?


 瑠璃は溜め息をついて、リビングから出て行ってしまった。琥珀もあとをついていった。ちゃんと仲直りしてくれるといいんだが。


 俺はテレビを眺めながら、妹たちの作ったプリンを一口食べた。

 ほのかな甘み。卵とミルクの風味も残っていて、とてもおいしい。

 ふたりはこれを作っていたとき、きっと楽しい気持ちだったはずだ。なのにあんなこと言ったりして。

 いきなり機嫌が悪くなるのは珍しいことでもないけれど……。


 *


 自室のベッドに転がり、スマホを確認した。

 向井六花から『私は七十年です』と返事が来ていた。

 だが、上島明菜からのリアクションがない。


 やはり言いづらい数字なのだろうか?

 それともバイト中で返事できないのか?


 妙な雰囲気。

『誰かレオの寿命知ってる人いる?』

 俺はあえて、みんなの注意をそらすことにした。

 これに反応したのは内藤くらら。

『知らない』

『今度ソフィアに聞いてみる』

 まあライオンは喋れないからな。

 俺は『頼む』と返事をし、ベッド上にスマホを放った。


 ノックがあった。

「お兄ちゃん、いま時間ある? 入っていい?」

「おう、いいぞ」

 琥珀だ。

 瑠璃と同じ部屋にいづらくなって、こちらへ助けを求めに来たか。


 ドアが開き、おずおずと琥珀が顔を覗かせた。

 なんとも言えない表情をしている。

「大変だったな」

「えっ?」

「さっきの。でも気にするなよ。お前はなんにも悪くないんだから」

 すると琥珀はキャスター付きの椅子へ腰をおろし、困惑気味に笑みを浮かべた。

「それはもう解決したよ」

「早いな」

「うん。お姉ちゃん、すぐ謝ってくれたし。優しいんだ」

「ならいいけど……」

 だったら、いったいなんの用だ?

 勉強について教えて欲しいなら、瑠璃にでも聞けばいいわけだし。


「ね、お兄ちゃんってさ……まだくららちゃんと仲いいの?」

「えっ?」

 内藤くららのことか?

 特に仲がいいわけではないが……。琥珀が知りたいのはそういうことではないような気がする。

「なにかあったのか?」

「私が質問してるの」

「いや、べつに仲はよくないけど……」

「お休みの日、一緒に会ってるよね? なにしてるの?」

「サークルの集まりだって言っただろ」

「なにしてるの?」

 琥珀は独占欲が強い。

 もしかすると、俺が友達をとってしまうのではないかと心配しているのかもしれない。

「スポーツしてるだけだよ」

「どんなスポーツ?」

「えーと……だから……サバゲーみたいな……」

「サバゲー? エアガン撃つやつ?」

「それに近いな。まあ公園でやってるから、エアガンなんて撃たないけど。フリだけな」

「楽しいの?」

「いや、どうだろうな……」

「私も混ざっていい?」

「……」

 ぐいぐい来やがる。

 実際、椅子を動かしてこちらへ距離を詰めてきた。

「なに? ダメなの?」

「ほかのメンバーもいるからさ。いきなり俺が妹連れてったらおかしいだろ?」

「けちぃ……」

 しょぼくれた顔。

 俺はこの顔に弱くて、いつも甘やかしてしまう。瑠璃の言う通り、少し距離をとったほうがいいのかもしれない。

 でも放ってはおけないという……。

「分かってくれよ。内藤さんとはそういう関係じゃないからさ。向こうでもあんま喋んないし。そもそもなに話したらいいか分かんないしさ。な? 内藤さんとはさ、俺のことは気にせず、友達として仲良くやってくれよ」

「うん……」

 いちおう返事だけは素直だが、まるで納得していない顔。

 自分のせいで妹が友達とギスギスしてしまうなんて、あまりいい気分じゃないな。


 ブブッとスマホが振動した。

 俺は無視するつもりだったのだが、琥珀が「いいよ」というので、見ざるをえなくなった。

 妹の圧に負ける兄とは……。


 上島明菜からの返事が来ていた。

『遅くなってごめん』

『あたし200年ある』


 俺は思わず声をあげてしまった。

「え、二百? 人間って、二百年も生きるの?」

 琥珀が覗き込んできた。

「なんの話」

「あ、いや、こっちの話」

 俺はとっさに画面を隠した。

 危ない。

 まあ見られたところで、内容までは理解できないと思うが……。


 向井六花は数字に疑問を抱いたようで、こう質問していた。

『それは正確な値なの?』

 上島明菜の返事はこうだ。

『あたしだって信じらんないけど』

『でもこれ、精神の寿命だから』

『体はそんなに生きないよ』


 そういえば、ソフィアからも言われていた気がする。

 これは精神の寿命だから、必ずしもその年齢まで生きられるわけではないのだと。あくまで体が完全に健康で、事故もなかった場合の最大値というわけだ。だから老いて体が弱れば普通に死ぬ。

 つまり「精神の寿命」というよりは、きっと「魂の寿命」なのだ。


 しかし二百年とはな……。

 さすがは「女教皇ザ・ハイプリーステス」さまだ。


「お兄ちゃん忙しそうだから、私もう行くね」

 俺が食い入るようにスマホを見ていたせいで、琥珀が居づらくなってしまったようだ。

「あ、悪いな」

「ううん。急に来てごめんね」

「ああ……」

 行ってしまった。

 なんだか悪いことをした気がする。あとで謝っておこう。


 あ、それと。


 俺はひとまず『了解』と打ってから、内藤くららにメッセージを投げた。

『ところで内藤さん、妹とはどう?』

 我ながら、あまりに遠慮がちな文面だ。

 幸いなことに、返事はすぐに来た。

『完全に怪しまれてるけど?』

『それがなに?』

 ダメじゃねーか!

 ここは俺が兄としてフォローせねば……。

『琥珀はちょっと情緒不安定なとこあるけど』

『根は素直でいい子だからさ』

『あんまり不安にさせないでやって欲しいんだ』

 返事はこうだ。

『うざ』


 ひどい!

 妹を心配する兄に対して、あまりにも残酷!


 だが内藤くららの攻撃は終わらなかった。

『そんなことだから琥珀ちゃんがブラコンになるんだよ』

『もうちょっと距離とったら?』

 瑠璃と同じようなことを言いやがる。


 俺はどう返事をしていいのか分からなくなり、文字を打てなくなった。

 代わりに、上島明菜が『まあまあ』とフォローに回ってくれた。

『八十村君、いいお兄ちゃんじゃん』

『あたしも妹だけど』

『お姉ちゃんいるけど』

『家族ってそいうもんだよ?』

 そういえばいつだったか、姉に服を選んでもらったとか言っていたな。

 チームメイトの家族構成さえろくに把握していないのだ、俺たちは。


 内藤くららの勢いはおさまらなかった。

『知らんし』

『ベタベタしすぎ』

『そのせいで』

『ボクが先輩のこと言うだけで機嫌悪くなるし』

『いみふ』

『わらえる』

 そして謎の魚スタンプ連打。

 こちらをからかっているというよりは、怒っているようにも見える。


 この流れに、向井六花は完全にスルーを決め込んでいる。

 いや、本当はそのほうがいいのかもしれない。

 なぜか俺の代わりに応戦してしまい、火に油を注いでしまっている上島明菜よりは。


『待ってよ』

『八十村君、みんなのこと思って言ってるんだよ?』

『なんでそんなこと言うの?』


『うざ』

『彼女ヅラか?』

『そういうのいいから』


『あたしはチームのために言ってるの』

『彼女とかそういうんじゃないし』


『うざ』

『うざ』

『うざ』


 これには上島明菜もこたえたらしく、返事をやめてしまった。

 スタンプを連打しているのは内藤くららだけ。

 俺には止めることさえできない。


 *


 その日、アルケイナ界には呼ばれなかった。

 もし呼ばれていたら、きっとチームワークは最悪だったろう。

 その代わり、昼休みにまた向井六花が来た。


 ミーティング用のがらんとした教室。

 ふたりきり。

 廊下の喧騒が、逆にこの部屋の静けさを際立たせている。


「八十村くんに聞きたいことが」

「うん」


 昨日は黒塗りの高級車に拉致され、今日は向井六花と昼飯。

 おかげでクラスメイトだけでなく、他学年の生徒までもが俺のことをチラチラ見るようになっていた。好意的な視線ではないけれど。

 ちょっとした有名人だ。


「あの、八十村くんに聞きたいのはね……」

「うん?」

 なんだ?

 歯切れが悪いな。

「内藤さんと、付き合ってるのかなーって……」

「は?」

「いや、だって、昨日の……」

 なぜそうなるのだ。

 むしろギスギスしてたじゃないか。

「誤解だよ。付き合ってない。ていうかあの子、偶然、妹と同じ学校でさ。そんで友達同士だったの。で、妹がいろいろ勘違いしてて……」

「そこなんだけど……」

「はい?」

「なんで妹さんに、そんなこと追求されてるの? もしかして八十村くん、妹さんとそういう……」

「おいおい」

 本題はそっちか。

 どうりで露骨に聞きにくそうにしていたわけだ。

 俺は思わず溜め息をついた。

「まあ、琥珀は独占欲が強いっていうか、束縛はわりとキツめだけど……。むかしからそうだったんだ。ちょっと歳が離れてるせいだと思うけど」

「ごめんなさい。私、兄弟とかいないから。そういうこともあるのかなって」

「ないない。ないよ。そんなことが聞きたかったの?」

「いちおう確認しとこうと思って」

 そんなことならスマホで聞けばよかったのに。一対一のチャットもできるんだし。

 ま、こちらとしては、ひとりで弁当を食うよりマシだからいいけど。


 向井六花はほっと胸をなでおろし、弁当のつつみをときはじめた。

「あの、八十村くん……」

「なに?」

「おかず……いっぱい作っちゃったんだけど……少し食べる?」

 いくつかのパックに、卵焼き、唐揚げ、煮豆などがみっしりと詰め込まれていた。

 あきらかに一人分ではない。

「えっ? いいの?」

「うん……」

 いつもの厳しい感じからは想像もできないような、不安げな表情。少しうつむいて、視線をキョロキョロと泳がせて、まるで照れているかのような……。


 いったいなんなのだ?

 なにが起きている?


(つづく)

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