アルケイナの空
「八十村くん! ぼうっとしてないで! 死にたいの!?」
少女から叱責が飛んできた。
向井六花は今日もまったく容赦がない。
俺は慣性にあらがいながら、空中でなんとか方向転換した。
敵と戦っている。
生物ではない。バスケットボール大の自動機械だ。いまはダイヤ型の赤い敵が、大空を埋め尽くすほど広がっている。
眼下には万緑の大地。
「ごめん、レオ。そっち行った」
「がう!」
前線で戦っていた上島明菜が敵を討ち漏らした。
サポートに入ったのはライオンのレオだ。うちのチームにはなぜか動物が混じっている。
ここはアルケイナ界。
俺たちの住む世界とは異なる世界。という説明を受けた。なんだか分からないが、とにかく俺たちはそこの戦争に借り出されている。
「八十村くん! いつまで遊んでるの!?」
「いま行くよ!」
俺はスーツの推進力を強め、槍を手にして突進した。
揃いのバトルスーツを着用している。マーチングバンドの制服にしか見えないが。それぞれの加護に応じた能力を秘めているらしい。
チーム・ブラックというだけあって、黒を基調とした色彩だ。
武器も黒曜石のように黒い。
俺は槍を突き出して、敵陣を一気に駆け抜けた。
流れてゆく赤い景色。
全身にかかる風圧と慣性。
群れに飲み込まれてしまわないよう、俺は加速を続ける。
槍に触れたダイヤ型の敵は、パァン、パァンと次々木っ端微塵になり、キラキラの破片となって蒼穹に霧散した。
自動機械はそんなに強くない。
たまにビームを放ってくるが、基本的には寝てるのかと思うほどじっとしている。まるで俺たちに倒されるのを待っているかのように。
厄介なのは数だ。とにかく多い。
「次はどっちだ?」
「こっち手伝って!」
上島明菜はいっぱいいっぱいになっていた。
仲間たちはそれぞれ「象徴」と呼ばれる武器を手にしている。
彼女の象徴は「本」。魔法で一面を薙ぎ払うことができる。だが彼女は戦闘には消極的だった。ギャルっぽい見た目とは裏腹に。なんて言ったら怒られるか。
ふと、地上から閃光が伸び、自動機械を掃射した。
エーテル銃による攻撃だ。
森に潜伏していた内藤くららの攻撃だろう。
四人と一匹。
それがチーム・ブラックの全メンバーだった。
いちおう後方にソフィアという案内人もいるが、そいつは戦闘員じゃないからフィールドには出ない。
*
カタがついたころ、空はもう茜色に染まっていた。
九割くらい倒せば、敵は撤退を始める。逃げたヤツは追わなくていい。俺たちの目的は自動機械に侵略された「領域」を解放すること。これを繰り返していけば、いずれこのアルケイナ界が救われるらしい。
『お疲れさまー! 領域は制圧できたよ! ゲートを開くから戻ってきてねー!』
通信機から元気な声が聞こえてきた。
ソフィアだ。
俺たちにだけ戦わせておいて、後方から命令してくるクソガキ。
そうはいっても、俺たちには逆らえない事情があるから、否応なく従わざるをえないのだが。
空中に、彫刻のある白い転移門が出現した。
ワープゾーンのようなものだ。
そこへ飛び込めば、他の領域へ移動できる。
*
転移門を出ると、そこは白の世界だった。
白雲の上に浮いた、白い神殿。
まるで絶海の孤島のよう。
「お帰りぃー」
出迎えたのはソフィア。白い一枚布を体に巻き付けた女の子。青い髪をした快活なちびっこだ。年齢は知らない。どうせ人間じゃない。
俺は槍を球体に戻した。
この象徴は「虚無」。どんな形状にでも変化させることができる。「愚者」の役割を与えられた俺専用のアイテムだ。
未来の大統領たるこの俺が「愚者」というのは不服だが、武器だけは気に入っている。
ソフィアは小さな翼をパタパタ動かしながら、こちらへ近づいてきた。
「八十村くん、どうだった? 頑張れそう?」
まるで親切心から聞いているような態度だ。
本心がどうかは分かったものじゃない。
「やるよ。やんなきゃ死んじまうんだからな」
ここで致命傷を負っても即死するわけではない。
俺たちの本当の体は眠っている。戦いに参加しているのは精神だけ。ただしこの世界で死ねば、精神の寿命が十年奪われる。そして俺の寿命は残り八十年。ゆえに八回死んだら、リアルでも死ぬ。
領域の確保に失敗した場合も、ペナルティで十年減らされるらしいから、必ず戦って勝たないといけない。逃げてもなんの得もないというわけだ。
凛としたポニーテール少女がうんざり顔で近づいてきた。
「そうよ。失われた寿命は回復しないんだから。ちゃんと真剣にやってよね」
また向井六花だ。
役割は「女帝」。
剣術が得意らしく、戦場では大剣を振り回して威勢よく戦っている。
いまのところ、すべての戦いで生き残っているように見えるが……。かなり焦っているらしく、いつも俺に命令してくる。ここでは彼女のほうが先輩だが、同じ高校二年生だ。もっと優しく接してくれてもいいと思う。
ギャルの上島明菜が「まあまあ」と間に入った。
「チームメイトなんだしさ、仲良くしよーよー」
彼女の役割は「女教皇」。
チームのムードメイカーだ。
俺だって、向井六花がもっとフレンドリーならいくらでも仲良くしてやるのだが。
ともあれ、うちのチームには、女帝と女教皇が在籍していることになる。これだけ聞けば、とんでもなく強そうだ。
残りのメンバーは無口な内藤くららと、まったく喋れないライオンのレオ。役割はそれぞれ「隠者」と「力」。
この動物も死んだら寿命が縮むのだろうか? 動物虐待のような気もするのだが。
ソフィアはうんうんとうなずいた。
「とにかく、力を合わせてさ、この調子でどんどん領域を確保していってよ。この世界が救われたら、みんなにもボーナスがあるからさ」
こいつの発言はじつにうさんくさい。
俺は、答えの分かり切った質問をぶつけた。
「で、そのボーナスってのはなんなんだよ?」
ソフィアは余裕の笑み。
「もーっ。それはぜんぶ終わってから教えるって言ったでしょ?」
「そうだったな」
ソフィアのことだ。平気で踏み倒すくらいのことはするかもしれない。なにせ俺たちの意思なんて無視して、戦闘を強制してくるんだから。他人の命なんて、なんとも思っちゃいない可能性がある。
ともあれ、戦いが済んだらもうこの場に用はない。俺たちはお喋りに興じるほど互いにフレンドリーでもない。
「あれれ? みんなもう解散したい感じ? んじゃ解散するねっ! まったねー! 次も期待してる!」
ぜひとも解散してくれ。
一秒でも早く。
ソフィアが手をバタバタすると、視界にもやがかかり、すべてがホワイトアウトした。
*
戦いのあった朝は体が重い。
「博士! 起きなさい! 博士!」
「あーい」
ダルさと戦いながらベッドでぐだぐだしていたら、母親にせかされてしまった。
目は覚めているのだが、どうにも起き上がれない。
食堂へ入ると、すでに妹二号の琥珀が朝食のトーストをかじっていた。
「あはは、お兄ちゃん、寝癖ぇ」
頭のツインテールは妹一号の瑠璃にやってもらったのだろうか。
俺はうなずいてテーブルについた。
「あとで直す」
未来の大統領たる俺は、そんな些細なこと気にせんのだ。
すると洗面所から戻って来たらしい瑠璃が、俺を見るなり顔をしかめた。
「兄貴、寝癖!」
「あとで直すから」
「すぐ直してよ! 恥ずかしい思いすんのこっちなんだから!」
琥珀と違って態度が厳しい。
瑠璃は同じ高校に通う一年生。兄の寝癖を同級生にからかわれるのがイヤなのかもしれない。だが、そんなことを気にしているようじゃビッグになれないぞ。
ゆえに、俺は寝癖など直さない。時間もないしな。
「お母さん! あたしもう行くから!」
「お弁当は?」
「持った! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
じつに慌ただしい妹だ。
一学期も半ばになって、なにか活動することができたのかもしれない。たしか、バレーボール部に入ったとか言ってたっけ。
「お兄ちゃん、牛乳どうぞ」
琥珀がコップに牛乳をそそいで出してくれた。
「おお、助かる。お兄ちゃんに優しいのは琥珀だけだよ。ありがとな」
「えへー」
中学二年生だというのに、反抗期の気配さえない。
小生意気な瑠璃と足して二で割って欲しいくらいだ。
うむ。
パンをかじりながら俺は思った。
小生意気といえば、向井六花だ。
よりによって同じ学校である。
しかも、話しかけてもそっけない態度。まあ彼女は剣道部のエースだし、校内にファンもたくさんいるからな。高嶺の花でも気取っているのかもしれない。男子のファンより女子のファンが多いのは気になるが。
「ほら、博士。あんたも早く食べちゃいなさい。遅れるわよ」
「あーい」
まだ起きたばっかりだってのに。
ゆとりをもった朝食を、たまには楽しみたいもんだぜ。
ま、俺が早く起きればいいだけなんだが。
はぁ、しかし憂鬱だ。
俺はやがて大統領になる男だというのに、意味不明な戦いのせいで寿命をすり減らすことになろうとは……。アルケイナ界の危機などと言われてもな。日本に生きる俺には関係のない話だ。なぜ現地の人間が自分たちの手でやらぬのだ。
ま、幸か不幸か、俺にはその才能があるらしいからな。どうしてもというのなら手を貸してやらんこともないが。
勝てばいいのだ。勝てばすべてが丸く収まる。
(続く)