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妖精  作者: UmberCopal
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3

それから何年も、妹やその"周囲"の事を無い事として生きて、私は19歳、妹は15歳になった。


妹は、養護学級があるという理由で、私立の中高一貫校に通っていた。


私の家族は誰一人、妹に養護が必要なふうには思っていなかった。何でも出来るし、構わないほうが妹も快いと思ったのだ。

それでもこの世界では、言葉が喋れないのは大きな障害らしい。



私は16歳からずっと、大学で発達心理学を学ぼうと心に決めていた。妹のためではなく、自分が納得するためにだ。

妹が虫を好きなのはもうわかった。恐れていないし、何よりも大切なんだろう。


じゃ、虫は?何故虫は妹に寄るんだ。その答えをずっと探し求めていた。



7月14日、妹が家に帰ってこなかった。

母親は微かにソワソワしていたが、父親は「平気だろ」と知らぬ顔をした。


私はと言えば、ヘッドホンから流れるデジタルハードコアに合わせて縦揺れし、進ませたいペンをただ見つめた。

視界に何か通り過ぎた感覚があって、チラリと窓を見ると、カーテンの隙間にゆらゆらとうっすら光る何かが見えた。


「ん?」とカーテンを少しよけると、光が窓に差していて、これはなんだろうと思った。部屋の電気はこんなふうには映り込まないし、今まで一度でも街灯が気になったことがあっただろうか。

新しくできたのだろうか、と考えたところで、光が在るのではないことに気づいた。

影が在るのだ。部屋の電気が窓を埋め尽くす蛾の群れの隙間に当たって見えたのだ。


「あぁ」と声が漏れた。これは「虫の知らせだ」。


弾かれるようにヘッドホンを外して、部屋を飛び出た。


「お母さん!」声をかけた私に怯えるように母親は振り返った。

「あ、蟻が、」と指した先には黒い塊のように、列を成さない蟻が群れていた。


伽耶かやが」と二人で同時に発すると、私の背後でバンッと鳴らして戸が開いた。


「おい!ほ、本棚に、シミが…涌いてる…」と言いながら、蟻の群れを見て父親は全てを察したようだった。


「警察に連絡しよう」、その声は妙な使命感を帯びたもので、妹を無視してきたようにしか思えなかった父親から発されたことに、果てしない違和感を抱いた。


そして夜が明けるより早くに制服のスカートを脱がされて、セーラー服を破かれた妹が、通学路近くの公園で発見された。

警察署に行くとタオルでくるまれた妹が椅子に座らされていて、着替えを持った母親と女性警官とで何処かに行った。


警官が父親に話しかける。「女性警官が見たところ、酷い外傷はないんですがね」と、首を傾げた。妹が話せないことは先に伝えていて知っているはずなので、もう一つの疑問だろう。

そしてその内容を父親も察したらしい、警官が「その、む、」と言ったところで、割って入った「虫がいたでしょう」。

「えぇ、その、発見した時、たかっていて…なぜわかるんです?」

「いえ、まあ…ちなみに何の?」

「なぜ虫がたかっているとわかったんです?」

警官の語気は強かった。どうやら勘違いをしたらしいことに、父親も気づいた。

「いえ、そんなわけはない!わたしはただ、伽耶かやは昔からそうなんです、虫が、好きで、」

「えぇ、とりあえず話はあちらで」

「そんなわけはないって言ってるでしょう、家にいましたよ!ちょっと!」


父親も連れて行かれて一人残された私の所に、何故か妹だけがフラリと戻ってきた。


家でもよく見る妹の作った服を妹が着ている。その姿はまるでいつも通りで、顔にも腕にも殴られたあとも、かすり傷もない。

妹はたぶん抵抗しなかったのだろう。妹はそんな事に興味を持たないと容易に想像がつく。

しかし妹の表情がいつもと違うことに私は気づいた。微かに眉が寄って、口がぎゅっとつぐまれている。


妹は私の前に両手を開いた。

妹が「ショウリョウバッタ」と呼んだのは、グチャリと潰れた緑の虫だった。

私は眉を顰めた。それでも、できる限り精一杯の理解を込めて「悲しいね」と肩を撫でた。

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