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妖精  作者: UmberCopal
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妹は、成長しても言葉を話さなかった。


いつも無言で、何もかもをこなす。


母親の作る料理は不味くないし、買ってくる服も少なくとも私には似合うものだった。

でも妹は、母親の作る料理を嫌っていつも自分で作っていたし、12歳になる頃には質素な生地で服を作った。


ピアノも天才ではないけれどそれなりに弾いて、通信簿にはBが並ぶ。


頭がわるい訳ではないのだ。


話しかけても答えないからと、最初の頃はイジメられた。それでも、一貫して反応しない妹のことを、同級生達は本当に恐れた。

触らぬ神に祟りなし、となったのだ。


家族でもそうだった。誰も妹には話しかけない。

妹は放っておいても、育つのだ。


私が14歳で、妹が10歳の時、私は生物部の活動で川の中に突き刺したタモが何かに引っかかって中々上がってこないのを無理やり引っ張っていた。

間抜けな格好をして、「うぁあ〜」と声を出して、同級生達がケラケラと喜んだ。

「ちょっと!誰かやってよ!」

そう言いながら体の向きを変えると、それ程遠くない向こう岸に、妹がいた。


妹は、羽虫の群れを引き連れて、トンボの群れに飛び込んだ。

トンボと羽虫の群れは、一瞬はじきあって、交わった。


その中心で妹が、指を立てると、トンボが1匹そこに止まる。


妹が口を寄せて、フッと息を吹きかけると、トンボはそっと指を離れる。


するとまた違うトンボが指に止まり、また息を吹きかけて、また違うトンボが止まる。


妹はそれを繰り返し、しきりに向きを変えながら倒れ込みそうに体を傾ける。

踊るように歩き、私から遠ざかった。




最後に話しかけた時、私は確か「ねえなんで答えないの!」と、妹を叩いた気がする。


「今日、」

それぞれの部屋からキッチンまでの間の廊下ですれ違いながら言い、振り返ると妹は歩みを止めていなかった。

「ねえ、」

大きく問い直しても、妹はやはり歩みを止めず、そのままドアを開けて自分の部屋へ帰った。


私はそれから食事を摂った。

妹が母親よりも早く自分で作り、後片付けまでして、それから家族の食事がある。我が家では、そのようにする。


私の部屋の戸には中学生になった頃にかけた「Saya」という名札がかかっている。

妹の部屋には何もかかっていない。私の部屋と同じ色の戸なのに、何故か色味のない無機質な、部屋と部屋の単なる区切りに見える。


それを見つめて、ノックをするかしないか迷って、手を開いたり閉じたりする。

ノックしても、「なに?」などと答えてくるわけがないが、勝手に開けるのは躊躇われた。


しかし私は、ドアノブを握って回した。



まず最初に、部屋の左手にあるピンク色の布団が敷かれたベッドを見た。妹の趣味ではないし、親の趣味でもない。

昔の私の趣味だ。


それから右手に小学校に上がる時に買ったであろう机が、何の汚れも傷もなく、最初に置いたままなんだろうという姿で在った。


妹は部屋の中央、ただのフローリングの床に、膝を立てて座っていた。

その周りには楕円のチョコレートが落ちている、と思った。


チョコレートは動いた。全部が、モゾモゾと。


私は「ひゃっ」と声漏らして引き攣った。


「ゴキブリ…」と指さして呟くと、妹が私を見た。初めて私を見たと思う。


「チャバネゴキブリ」と、妹が言った。

「え?」妹が喋った事に驚いたし、何を言っているかもわからない。


妹の視線が私から、戸の付いている、つまり私が今立っているすぐ横の壁に動いて、私もそこを見た。


「イヤッ」と上げた私の声で、そこにいた大きなクモが、タタタッと妹に駆け寄った。


妹は、私がいないかのように、そのクモに心奪われる。妹の指がなぞった線をクモが這い回る。

ゴキブリは、そのクモを戸惑うように避けた。


混乱から解かれた私は「お母さんっ!!」と叫んで、ドアを閉めた。


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