呪詛返しやってみた
呪いの痕跡となる魔力でできた糸はあっけなく切れてしまった。ちょっと張った状態で視たくて引っ張っただけなのに。絶句する私をクイルとエルさんは不思議そうに見ていた。
「どうしたのショウ?」
「手元に何かあるのですか?」
ふたりには魔力糸は視えていないようだった。糸のことを説明すると絶対に離すなとクイルがにじり寄ってくる。エルさんは持っていた書類をめくり始めた。
「調査の結果、浮気相手の本当の目的は、領主様一族と養子先の商家の仲たがいと思われます。養子先の商家が浮気相手の家とは商売敵なのです。サリー嬢を浮気するような夫に嫁がせるなんて……と領主様を怒らせ商家との繋がりを断ち、元旦那さんからも金を引っ張る、と」
「だけど、領主と商家は協力してサリーを保護した。養子先の商家には嫌がらせだとばれていて、領主にもそう報告したからね。それに、ショウには昨日の彼女がヒステリックに見えたかもしれないけれど、本来は明るくてとてもいい娘なんだよ。浮気されたことと呪いの影響で不安定になっていたことを、両家ともとても心配していた」
不安定になってる生来の根明が、元旦那をひどい目に合わせたいとか、死んだのを聞いて「自由だ」なんて言うものなんだろうか。まあ、私とこちらの「いい娘」の基準が違うのかもしれないし、生家と養子先のためにサリーは病むまで円満な結婚生活をする努力をしていたのかもしれない。それより、この糸どうしたらいい?
「ああ、私にも視えたよ。わかりにくいなあ。ショウの手にはどんな感覚がある?」
「ぼんやり生ぬるい感触がある、かな。これを手繰って術者のところまで行くか……呪詛返しするかだな」
「じゅそがえし?」
可愛らしく首をかしげる美少年。距離が近い。ひとを呪わば穴ふたつという言葉はアイシーリアにはないのだろう。呪術師が少ないのであれば、一般人が呪いという概念になじみがないのかもしれない。
「呪いを術者に返すことだ」
「私は聞いたことないね。呪術師の仲間内にはあるかもしれないけれど」
一度こちらの呪術師に会って、術の体系とかを聞いてみたい。それとも、何も聞かずに自分のイメージだけで術を作っていった方が使いやすいだろうか。下手に法則とか聞くと、それ以外の方法はないと思い込んでしまう気がする。異世界ルールを知らないことで上がる自由度と危険度はどちらを取るべきか、たいへん悩ましい。
とりあえず出来るかやってみよう。
クイルには呪いの元側の魔力糸を、触れないように固定してもらう。自分では触っておいてなんだが、彼が呪いに触れないほうがいい気がしたのだ。糸周辺の空気を魔術で固形化させ、空中に固定したという。どれぐらい高度な術なのかわからないが助かる。私が手を離したとたんに、掃除機のコードのように巻き戻るそぶりがあったのだ。
私はサリー側の魔力糸を手元に巻き取っていく。糸の端は持ったまま、空中に毛糸玉を作るように手をぐるぐる回す。だんだんサリーを覆う紫の靄の量が減っていき、手元には濃い紫色の玉ができていく。色が濃ゆくなったのは靄が圧縮されているからだろう。
巻き取り終わって紫色がなくなったサリーは、心持ち表情が穏やかになったような気がする。エルさんに様子を確認してもらうことにして、こちらを片付けてしまおう。
ではこの毛玉をどうするか、だ。
呪詛返しとは言ったが、具体的な手段を知っているわけではない。術が失敗したら術者に返ることだと認識していたが……この毛玉を送り返してみるのはどうだろう。元側の糸は戻りたそうにしていたし。
とりあえず出来るかやってみよう。
クイルに魔力糸の先だけ固定を解除してもらう。元側の糸を切れないように引っ張って伸ばし、毛玉にぐるぐると巻き付けた。ぎゅうぎゅうと全体を握ってくっついたのを確認すれば、呪いのおにぎりの出来上がりだ。とってもまずそう。昼ご飯は米以外にしてもらおう。米があるのか知らないけれど。
「呪詛返しになるかわからないけれど、少なくともサリーに呪いが行くことはないと思うからやってみる。糸の固定を解除してくれ」
「わかった。……魔力をそんなに自由に扱うなんて、ショウには呪術以外の才能もあると思うよ。呪術師の隠れ蓑に、魔術ギルドの仕事をするのもいいかもしれないね」
「……それはどうも」
褒められるのはうれしい。だが私は褒められると次は失敗するタチなのだ。話半分に聞いておこう。
「ふふ、本当だよ。じゃあ、糸の固定化を解除する」
「やってくれ」
術を解かれた魔力糸はやはり戻っていこうと、毛玉が引っ張られる感覚がある。戻る勢いをつけてやろうとボーリングのように振りかぶって投げてやった。毛玉は結構な勢いでドアをすり抜けて出ていった。
窓から館の門の方を見ると毛玉が転がっていくのが見える。追いかけた方がいいのだろうか。
「観測は私の使い魔にさせましょう。糸は無理でしたが、あの魔力の塊ならば追えます」
エルさんはそう言うと、胸ポケットからカードサイズに畳まれた紙を取り出して窓の外へと放つ。広がった髪は小鳥の形に開いて毛玉を追っていった。呪詛返しが成功するのか、術師がどうなるのかは気になるが結果を待つしかない。人の命を脅かそうというのだ。術師も報復の可能性は覚悟しているだろう。
私は次の仕事の前に、呪詛返しや失敗対策の安全装置をしっかり作ろうと決意していた。
そんなことを考えていると、クイルが私のそばに来ていた。サリーは大丈夫なんだろうか。
「向こうは結果待ちだね。サリーは安静が必要だろうけれど、もう命の危険はないよ」
まだ熱はあるようだが受けた呪いの影響や、これまでの疲れもある。ここから回復するのは医師や彼女自身の力が必要となる。呪いが成就していればサリーは死んでいたのかもしれないし、儲けたと思って頑張ってもらおう。
仕掛けてきた呪術師は帰ってくる毛玉を防げなければ自滅で死ぬかもしれないが、その心配はあまりしていなかった。結局のところ、ひとの命は他人の命だ。
「……助かったよ、ショウ。お疲れさま。本当にありがとう」
ねぎらいの言葉と美少年の笑顔がその日の私の報酬だった。
誇らしいような気持ち。
それから、よくわからないまま事態を動かして、こんなんでよかったんだろうかという戸惑い。
称賛を享受できずに、最悪の妄想にリソースを割かずにはいられない。まったく私の心は捩じれている。あの呪いの毛玉の方が余程わかりやすかったと思うのだった。