魔力を視ることに成功する
天蓋はないが豪華なベッドでサリーはうなされていた。日差しが当たらないようにカーテンは半分閉められている。クイルはサリーの頭に手をかざして小声で話し出した。
「慣れてきたら省略していいけど、とりあえず基本からいくね。全ての物質は自分から発生したり、触れたものから移ったりして魔力を帯びている。昨日、私の偽装魔術をショウは輪郭がぼやけていると言っただろう?」
頷いて思い出す。あの時は眼鏡が曇っているのかと思ったが、いま思えば背景ははっきりと見えていた。ぼやけていたのはクイルだけだったのだ。真似をして私もサリーの頭に手をかざす。
「あれは魔力越しに私を見ていたからぼやけていたんだよ。サリーはいま、自身の魔力と呪術の魔力が混ざった状態にある。二種類の力を見分けて、それぞれがどんなふうに感じられるか教えてほしい」
「やってみる」
手のひらに意識を集中するが、サリーの体温を感じているだけの気がして手を下ろした。ベッドに両手をついてサリーをじっと見ると、やはりサリー自身のみにぼんやりとした膜がかかっているような気がするが、二種類あるとは思えない。が、その時気付いた。
眼鏡のフレームを境にして、外側には紫色のも靄が見えている。
慌てて眼鏡を外すとはっきりわかった。見えることで感覚も伝わってくる。
サリーの体に入り込もうと寒気のするような濃い紫色の靄が渦巻いていて、それを暖かいオレンジの膜がなんとか防いでいる状態だ。
視力は悪くて視界がぼやけるはずなのに、靄に集中すると眼鏡をかけている時よりもくっきりと見えた。個々の色が影響するため実際の色ではないのだろうが、サリーだけではなく、ベッドやシーツにクイルのことも色付きの靄に覆われた状態の視界になる。生物の靄は体の表面で揺らいでいて、無機物は固定されているようだ。
「……わかるかい?」
クイルはゆっくり話しかけてくれたが、私の顔を見て固まった。視ることに集中しすぎて化粧が剥げたんだろうか。鏡台があるから後で確認しよう。
「わかる。視える。紫の靄をオレンジの靄が防いでいる。この紫のが呪いなのか?」
「そうだよ。ショウの色とは違うから、呪いではあるけれど別件だね。呪詛返しの類でもない」
「……私の色はどんな色なんだ?」
「黒だよ。珍しい色だね」
自分の手を見たが、確かに黒かった。靄の揺らぎ方が粘っこいというか、べちゃっとして視える。悪役っぽくない?まあ呪術師らしくはあるけど。
「それで、この紫のを追っ払えばいいのか?」
「呪った結果が達成されるまでは術師と繋がっているから、呪いを辿って術師に解除させるか、呪いの力の源を排除する。もしくは繋がりを断ち切るかで解除できるんだけど……どういう効果で誰が仕掛けたか、情報があればあるほど解除しやすくなるみたいだよ」
クイルは適性が無いといったが、さすがに詳しい。よく視ると確かに紫の細い糸が、エルさんが立っているドアの外へと続いている。サリーが通った跡に残っているのかもしれない。カーテンを開けて、魔動車で来るときに通った館の門に続く道を見ると糸が街まで続いているのが感覚でわかった。
どういう効果で、誰が、か。
……そもそも公的機関っぽい統括ギルドでは非公開部門だし、呪いなんてアングラなものだろう。サリーが恨まれているとすれば直近の最有力は、浮気した元旦那だ。次点でその浮気相手。
元旦那の関わっていたという「いけないこと」が裏社会に通じることなら、その伝手で前々から呪術師に依頼していた。昨日のサリーの顔色が悪かったのはじわじわ呪いが効いていたからで、それが元旦那が死んだことで強力な効果を発揮した。そういえば、裏の呪術師の標的が領主の姪のサリーだったからこそ、統括ギルドが元旦那を標的とした私の呪術の実行を承認したとかはあるのか?
浮気相手が犯人なら、こちらも呪いの依頼自体は以前からしていて、元旦那が死んだことで恨み倍増で効果が上がった。浮気相手はヤバいやつ過ぎて、私の呪術師としての力がわからない状態でサリーの依頼の標的にするのははばかられたとか。
「術師が恨んでサリーを攻撃するわけじゃないだろうから、呪いの力の源や根本に近いのはやっぱり依頼者だ。私の知ってる情報からだと、依頼者や昨日から体調を崩した理由はこれくらいしか出てこないな。元旦那が死んだ後で呪術がかけられたわけじゃないはずだ」
昨日、私はサリーの態度にイラついて力が暴発したのだと思う。あの時はサリーに「自分でやれ」とは思ったが、「元旦那死ね」とは思っていなかった……たぶん。だが、実際には元旦那が死んだ。
私は恨みの発散を現実に引き起こすのが呪術師なら、その内容や方向性を決めるのは恨んだ人間……サリーだと考えたのだ。どこまで実現するのかは呪術師の力によるところが大きいのだとしても。
呪われて死んだとわかってから術者に依頼したのだとしたら、依頼者は浮気相手ほぼ一択だが、サリーに効果が出るのが早すぎる。事故の内容を聞いていないから、誰に呪われたんだっていう悲惨な状態だったのかも知らんけど。元旦那以外の人が巻き込まれてたら、なんとなくやだなぁ。
推論をだらだらと語るのは好みではないが、解除のために具体的にどうすればいいのかわからない状況だ。とりあえず思いついた元旦那と浮気相手のことを言い並べてみる。違ったら恥ずかしいから嫌なんだよな。だいたい私の考えることは的外れで、二択さえ外すのが平常運行なのだから。
「サリーはこんな状況で居候していても専属メイドやいい部屋を用意されているし、お抱え医師が夜中に飛んできてる。さすがに領主の弟さんとサリーのお母さんや、養子に行った先とサリーがうまくいってなくて……とかが呪いの原因じゃないだろう?」
私が話し終えると、クイルとエルさんは目を丸くしていた。やっぱり大外れすぎたんだろうか。穴があったら入りたいところだが、穴どころか頭を隠せるものも手近にない。推理(笑)を誤魔化せないかと床に伸びている紫靄の糸をしゃがみ込んで摘まむ。
「クイルにこの街にいる呪術師の心当たりがないなら、この糸を辿っていくことにな、る……」
私の言葉はそこで途切れてしまった。軽く引っ張った呪いの糸が、ぷっつり切れてしまったからだ。
え?これ、ヤバかったりする?