副ギルマスは苦労人のかほり
昨日の呪いの依頼人、旦那に浮気されて呪術師に愚痴を並べ立てて呪いの効果に満足して帰っていった領主の姪はサリーというそうだ。なんでも生家は他の街にある領主の弟さんの家で、子供のころに大きな商会に養子として出され、嫁ぎ先がこのフローレだとか。浮気されて以降は領主の居館に世話になっていたという。
貴族というよりは、いいとこのお嬢さんなのだろう。良くも悪くも。
高熱で医者にかかったが、体内のエネルギーに纏わりつく反応がある。領主のお抱えともなれば呪いが原因の病状も診たことがあり、ギルド……というよりギルマスのクイルを頼ったようだ。医師は呪術を依頼した件については知らなかったが、呪いを受けたなんて風聞に関わるだろう。
私とクイル、副ギルマスのエルさんはクイルの帰還報告の名目で領主の館へと向かった。魔力を動力とする自動車(魔動車と呼ばれている)の乗り心地は割りとよかった。革張りのシートは固めで、石畳の大通りを進むが車輪の材質がいいようだ。
窓の外に走る魔動車には屋根がないタイプの方が多い。街中では人より荷を運ぶ車の割合が高いし、体の大きな種族が乗りやすいようにだという。巨人的な人とか、ケモケモな人とかいるんだろうか。会うのが楽しみだ。
異世界ハイを顔に出さないようにしつつ、クイル達と打ち合わせをしておく。サリーの高熱に関しては無実だと思いたいが、制御も何も知らない状態で力を行使したのだから私のせいではないとは言い切れないのだ。
「実際のところ、高熱が私の呪いかそうでないかは判別できるのか?」
「できるよ。私かショウなら確実にね」
「立証自体は簡単です。サリー嬢に纏わりついているという魔力が、ショウ様と波長が違うということを確認すればよいだけですから」
「ただ、昨日の依頼のことはともかく、ショウが術師だとは医師にも言いたくないな。ショウは統括ギルドの見習いだが、魔力感知能力が高いので連れてきたことにしようか」
「それがよいかと。呪いの痕跡をショウ様が辿ることができれば解決に大きく近づきますが……」
「波長の確認とか、呪いを辿るとか、やったことない。クイルが見本を見せてくれるか?」
「辿るのは私でも無理だね。専門性が高すぎるし、そもそも私には呪術系の適性がないんだ。波長の掴み方は教えるから、辿ってみてよ」
えー。投げっぱなしが過ぎるんじゃない?
「その場で辿れなくても、感知用の魔術具を準備すると言って出直したり、時間稼ぎはできると思います。誰が呪術の専門家なのかは秘匿事項であることも、医師はわかっていますから」
顔に不満が出ていたようで、エルさんが苦笑いでフォローしてくれた。自由な上司に副官の苦労が忍ばれる。私が異世界人であることも知っていて、魔動車に乗ってからキョロキョロしていると色々と解説してくれていたし、性根から表まで良い人なのだろう。迷惑にならない程度にお世話になります。
「とにかく見てみるしかないってことか……」
窓の外は統括ギルドがあった賑やかな商業区から、広い庭を有した屋敷ばかりの高級住宅街へと様変わりしていた。通りの植え込みは剪定され、時折歩いている人は屋敷の使用人ばかりだ。エプロンを外したメイドさんっぽい人もいる。
このフローレの街の東側は湖になっていて、領主の館は湖にせり出すように建っていた。手前にある白い石造りで三階建ての建物が来客用で、領主の家族が暮らす部分は正面からは見えないようになっている。警備員のいる門を通ってからも魔動車で進み、ロータリーになっている館正面で降りると使用人が魔動車を預かってくれた。高級ホテルのように駐車場へ運んでくれるのだろう。きれいな芝生が広がる前庭では庭師が花壇の手入れをしていた。
館の中も見事な絵画や彫刻が飾られていたが、見ている暇はもちろんない。老執事の案内でサリーの部屋へと向かう。その間のやり取りで、呪術の依頼手続きを実際にしていたのはこの執事だと説明された。執事とエルさんは案件を持ち帰るかもしれないことや、今回のことで領主館の対呪術防衛について見直すことを軽く打ち合わせる。流れでクイルから私が呪術師だと紹介されたが、動じずに領主へと伝えておくと返された。白髪の執事はプロフェッショナルだ。眼鏡をかけていたら完璧だったのに。
二階にある部屋の中にはサリー付きのメイドがいた。奥の扉が寝室で、医師はサリーに付いているとのことだ。やたらと若いメイドは相当動揺していた。サリーが領主の姪であることや滞在の背景を考えると、こういう子が専任になるとは思えない。メイド仲間から押し付けられたのかと思うと同情する。
寝室では上品なおばちゃん医師がカルテを書いていた。サリーは眠っているようだ。
「先生、容体はどうなのかな?」
「ああ、クイルさん。サリー嬢が昨夜の夕食後から体調を崩されたと、私は深夜に呼ばれまして。それから熱が高いままで、解熱剤は効きません。……魔力測定板に数値が出たと言ったら、サリー嬢が自分は呪われたのだと言われて」
医師は後半は声を落としていた。夜勤メイドがざわついているのに執事が気付いて、今朝の急報となったらしい。昨日の帰宅後は上機嫌だったサリーと、街の事故で元旦那が亡くなった情報が結びつき、日勤メイドと夜勤メイドの申し送りは盛り上がったことだろう。お抱え魔術師に呪いは誤解だと説明させるのではなく、執事がクイルに連絡したことも真実味を増すのに一役買ったというわけだ。
「とにかく、魔力反応を私も見てみるよ。悪いけど手順は内緒なんだ。隣で待っていてくれるかい?」
「……わかりました。サリー嬢が依頼をした件は、領主様から彼と私だけは聞いておりますので」
執事と医師が寝室を出ると、ドアを塞ぐようにエルさんが立つ。クイルがサリーの顔を覗き込むので、私もベッドの逆側に回り込んだ。
日付越えたくらいにもう一話更新したいです。