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仕事しすぎた疑惑

 



 今までにやってきた異世界人は、魔法や魔術の存在する世界から来た者ばかりだったそうだ。


 つまり私が初地球人。


 クイルと長話になったのも、他の異世界人のように世界の仕組みを「魔術です」の一言で済ませられなかったからだ。電気のような動力と捉えればいいのだろうが、馴染みがないうえに持ち前の疑り深さを発揮してしまった。


 まあ、すべての異世界人の記録があるわけではないし、日本人じゃない地球人が来ていたという可能性もある。目下の初地球人としての心配事は、味噌や醤油が恋しくなったらどうしよう、といったところだ。マヨネーズは頑張ったら作れそうな気がするが、普通に存在していそうな気もする。今は物珍しさが勝っているが、醤油で刺身と日本酒やりたい……とか言い出すぞ。きっと。


 そういったこともあり些細なことまで聞いていたが、クイルは嫌な顔一つせずに答えてくれた。わけもわからずやって来た私に同情してくれて、早く仕事にもなじめるようにと思ってくれたのだろう。それに現代日本人の私にはこの世界は危険だということを共通認識として持てたことが大きかった。


 このフェルタード帝国は異世界というキーワードから連想するよりは便利で安全な世の中に見えるが、そもそも魔王が恐怖政治で人間種族を支配していた国を、魔王を倒して異世界人を王として建国された歴史がある。街を一歩出れば魔物に襲われる可能性もあるし、南方の魔王領とは準戦時状態であると言えるだろう。

 平和ボケした無職の無気力は、思考も警戒もトップギアにしておかなければ生きていけない気がする。そんなことを考えながらベッドに横になった。枕がふかふかだ。明日は街をあちこち見せてくれると言っていたので、さっさと寝てしまおう。








 生きていけない、かぁ。


 異世界で呪術師なんて、ほんとにできるのかなぁ。


 もし死んだら地球に戻ったりするのかなぁ。


 異世界人で元の世界に帰った人がいないかも聞いてみようかな。


 寝る前にこういうこと考えない方がいいんだよな。楽しいこと、楽しいこと……。


 あーーーーーあのマンガの続きどうなるんだろう……。


 こっちにもマンガあるかなぁ。


 小説はありそうだけど、現実が剣と魔法の世界で発行されるフィクション小説ってどんなジャンルが多いんだろう。


 友達と一緒に行く舞台のチケット、私が持ってたけどどうしよう……。


 観たかったなぁ。悪いことしたなぁ……。











 ぐぅ……………………。




















 窓から差し込む光で目が覚める。


 異世界生活は無事に二日目を迎えた。



 夢じゃなかったかぁ。



 目覚ましが鳴る直前だったので、そのまま起き出して着替えておく。クイルやギルド職員の人が着ていた、詰め襟が胸元でチュニックに切り替わる、統括ギルドの制服だ。黒のワークパンツとショートブーツまで貰ってしまった。部屋着で寝落ちて異世界にきた身には何でもありがたい。眼鏡だけは持って来れてよかった。裸眼では冗談抜きで生きていけないところだった。


 化粧品はないので昨日と同じように隠蔽術(仮)を貼り付けておく。鏡で出来ばえが確認できるので安心した。化粧水が手に入ったら、スキンケアと隠蔽術でなんとかなるから、お肌に優しい生活ができるのではないだろうか。


 この隠蔽術の使い方は、後にクイルに絶句されることになる。私にとっては切実なんだよ。


 クイルが迎えに来てくれたので、朝食を取りに隣にある宿へ向かった。その宿ではギルド職員は割引がきくそうだ。食事時のピークでなければ、昨日の夕食のように統括ギルドへの出前もしてくれるらしい。

 香ばしい丸パンと焼いたベーコン、スクランブルエッグにミルクティーのモーニングは最高だった。職が決まったことと、美少年が目の前にいることでより一層おいしく感じる。食べ終わったところで、今日の予定に変更はないかを確認した。


「実は私もしばらくぶりにこの街に帰ってきたんだ。留守番してた副ギルマスと一緒に視察の体でうろうろするから、着いてきてメモする振りでもしていてよ」


「わかった。副ギルマスって、昨日お茶入れたりしてくれた男の人か?」


「そうそう。エルっていう、見た目通りの普通の人間だよ。とっても優秀で気の利く子だから助かってるんだよね」


 四十後半に見えた人当たりのいいイケオジが子供扱いされている。クイルの年齢は気になるが、もっと仲良くなれたら聞いてみよう。建国八十年の国だから初代皇帝と知り合いでもおかしくない。


 いったん統括ギルドへ戻ったところで噂のエルさんが駆け寄ってきた。嫌な予感しかしない。

 ギルド一階は受付ロビーになっていて、窓口カウンターがあり書類を書く机や待合用の長椅子が並べられている。出勤してきた職員さんがひとりふたり準備しているくらいだが、エルさんは声を落として話し出した。


「領主館からの使いが来ました。昨日の依頼人が高熱を出していて……呪いが原因だと、お抱え医師が診断したそうです。至急の対応が必要かと」


 クイルは目を丸くして私を振り返った。エルさんも気まずそうに私に視線を投げてくる。


「私は呪ってないぞ」


 真顔で返すしかなかった。









ブクマありがとうございます。

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