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世界を知るには短すぎる





 その後は細かい話を詰めることになった。


 私の要求は労働の代わりに、衣食住の安全と必要な知識を得られることに加え、ほどほどの休養と娯楽。

 給与に関しては相場や貨幣価値もわからないため、最初のひと月はクイルが私的に雇った人員ということにして必要に応じて金銭を支給される。生活費はクイルが持つ。要は見習い扱いで最低限のお小遣いをくれるということだ。

 元々、呪術師に関しては統括ギルド内の秘匿事項で、一人しかいない術師はギルドマスターの直轄。代替わりを発表する必要もないため、役職を名乗らずとも問題ないそうだ。とはいえ、統括ギルドに呪術師がいて怪しげなことをしているというのは世間一般では噂話の種らしい。英国の超有名秘密機関のようなものと思うことにした。


 建物の三階にあるクイルの執務室で夕食をいただきながら、雇用条件以外にもいろいろな話をした。


 食事は野菜のミルクスープに焼きソーセージ、付け合わせのポテトサラダにロールパン。油っ気は少ないが普通においしい。魔術なんて言うから文明レベルはどんなものかと思っていたが、だいたい昭和後期で一部は令和も超えているようだ。料理チートも発明チートもできそうにない。


 テレビはないがラジオはある。荒めの四色刷りだが、カラー印刷された図鑑を見せてもらった。クイルが手のひらサイズの黒い板で通話を始めたので訊ねてみると、通話や魔術陣の圧縮保存ができるという。魔術対応可能なスマホだった。超高級品でギルド幹部や高級官僚しかもっていないらしいが。

 ただし、写真や動画は存在しないようだ。どうも魔術を作用させる魔素だかマナだかの影響で視認したものの保存ができないそうだ。代わりに人物や物品を魔術的に捉えることができれば、印刷したり立体映像として保存できるというのだから、すごいのかすごくないのかよくわからない。ちなみに立体映像は単色だった。


 交通機関も街中は魔術で動く自動車のようなものがあるし、緊急事態には少人数であれば飛行魔術や転送魔術で街から街へ移動可能。大型の飛行機はドラゴンに狙われるから発達しなかったが、このフローレから隣の村までは車で丸一日、徒歩でも二、三日で着く距離だ。どの街も大きめの市街地で交易や行政を領主が行いつつ、周りにいくつかある農村を治め、全体を皇帝が取り仕切っているとクイルは話してくれた。


 ドラゴンいるんだ……。見たいけど危ないならいいや。




 食事の後はギルド職員の人がお茶を持ってきてくれた。今日はこの建物にあるゲストルームに泊まっていいらしい。ワインも勧められたが見習い中は止めておくことにした。酒は嫌いではないが、強くもないのだ。


 合間に地球の説明も交えるため、話は尽きることがなかった。




 一般的な成人は家業を手伝いながら読み書き計算などを学び、専門的な学校に行ったり弟子入りしたりで十六、七で大人扱いされる。二十歳前後で結婚する者が多かったが、だんだんと平均年齢が上がってきているとか。


 アイシーリア世界最大の国は帝国で、同等の規模の国が他にふたつほどあり、中小国がぱらぱらと協力と小競り合いを繰り返している。帝国制定以降に他国との戦争は起きていない。ただし大河を隔てた帝国南方には魔王の勢力があるため、開戦の可能性は常に危惧されている。国内の魔物の縄張りの管理や、移動する習性の魔物対策は必要で、護衛や討伐を行ういわゆる冒険者ギルドが帝国軍と並ぶ治安維持組織という。領主制のこともあり、移住する人は少なく、普通に街中で暮らす分には安全なのでそもそも移住を考える人は冒険者になっている。


「街中でも、呪われて死ぬかもしれないけどな」


「今回は特例だよ。あの依頼者はこの街の領主の姪でね。養子に出したから一市民ではあるけれど、調子に乗ったボクチャンの好きにさせていたら、統治者の面子が立たないのさ。ちょっと調べたら、いけないことにも手を出していたからペナルティのつもりだったんだ」


「……やりすぎた?」


「そうなってもいいつもりで決定したことだよ。気にする必要はない。ショウは仕事をしただけだからね」


 朽白 鐘子(くしろ しょうこ)は発音しにくいらしく、クイルは私をショウと呼んでいた。ショウコはこちらの名前っぽくなさそうだからちょうどいいと思う。そのまま家名なしでショウと名乗ろう。


 いけないこと、とやらも気になるが触れないほうがいいだろう。そういうことに首を突っ込む性格かも見られている気がするのは警戒しすぎだろうか。いや、たかが命ひとつ、されど命ひとつだ。せっかく異世界まで来たのだから慎重に行動しよう。


 寝て起きたら地球の自分の部屋にいるかもしれないけれど。




 さすがに日付をまたぐ前に、今日のところは解散となった。


 部屋までクイルが案内してくれて、照明や風呂や目覚まし時計の使い方まで丁寧に教えてくれた。部下に任せないのは私の存在自体がいまだ機密の塊ということなのだろう。もしくは他の職員さんは退社したか……と思ったが、夜勤とかありそうだな。

 設備はほとんど地球と同じだったのですぐに覚えられたし、説明を聞かずにわかるものもあったが口を挟まずに聞く。どこまで常識が一致しているか、お互いに不安な気持ちだということをさっきまでの会話で共有していた。

 高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない、なんて言葉もあるが、科学は科学。魔法は魔法だ。似ているからこそ些細な違いが大問題になることもあるだろう。説明を聞いていれば世界を滅ぼすスイッチを押さずに済むのであればいくらでも聞く。異世界に行くリンクを踏んだ私が気にするのは今更感が半端ないが、クイルも慎重に慎重を重ねているのだろう。






 なにせ魔術がない異世界からの来訪者は初めてらしい。








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