間違った必殺技の使い方
とにかく就職するにも異世界であることを確定したかった。
「……この星の名前と、この国の名前と、この国で一番偉い人は?」
「この大地の名はアイシーリア、フェルタード帝国は皇帝ロゥド・フェルタード八世陛下が治めているよ」
「今までの異世界人ってどんな感じだった?」
「そうだなあ……一番有名なのは初代皇帝のフェルタード一世陛下だね。異世界から召喚されて、現在の帝国領土を支配していた魔王を討ち、建国を成した初代皇帝陛下だ。他にも召喚されたり迷い込んだりした人は総じて能力が高くて、こちらの世界に協力的な人が多かった。……帰る場所がなかったからかもしれないが……そういった意味も含めて帝国の民は異世界人に優しい、というか敬意を払う傾向が強いね」
「……あなたも自身も?」
「……ああ。私も、ね」
クイルは面白そうに瞳を細めた。ほぼほぼ私の状況を分かったうえで質問に付き合ってくれていたのだろう。ありがたいことだ。
乗せられるのはいい気はしないが、必要な限りは味方をしてくれるなら許容するべきだろう。なにしろこの世界には私の身元保証人はいないのだ。
ほんとに帰れないのかなぁ……。
帰る方法を探しながら暮らすとかでもいいかなぁ?
でも居心地よかったら帰る気なくなるだろうし……。
何年も経って帰って、また就活とかやだなぁ。
…………追々考えよう。
必殺:先延ばしである。
「さっき、隠蔽術と言ってたけど私のことは見えていないのか?」
「ローブを着た男性の姿は見えているけど、表層だけだね。私が想像する、こんな人かな~って見た目をしている。魔力の皮を被っていて、本当の姿はわからない状態だ。逆に聞いちゃうけど、私のことはどう見えてる?」
「どうって、深緑の髪の真ん中分けおかっぱ美少年が見えてる。そう言われると、輪郭がモヤッとしてるような……眼鏡が曇ってるのかな」
眼鏡を外して拭こうとしたが、クイルは今日イチの驚き、というか狼狽をとりつくろう様子を見せた。腰を浮かせかけてソファに深く座り直す。ヤバいとこ踏んだか?
私が男に見えてることのが驚きなんだけど……声低いし、喋り方こんなだと仕方ないのか。
「……恐ろしく眼もいいんだね」
笑ってるけど、笑ってない。あんたの目の方が怖いよ。あと視力はめちゃめちゃ悪い。視力検査の一番上の段も見えないし。
「失礼なことを言ってしまったのならすまない。まずいことを言っただろうか」
聞かれたから答えただけだが、こちらの常識が分からない。しょんぼりした雰囲気を出して素直に謝っておこう。
「いや、こちらこそごめんね。今は偽装魔術で、このくらいの長さの髪の女性の姿になっているはずだから……驚いたよ」
片手で腰のあたりを示しながら、緊張を和らげるように明るい声で答えてくれた。ギルマスの魔術なんてそうそう見破れるものじゃないんだろう。
これが採用面接ならガワで対応するのは誠意がないのでは?今更だが、名乗ってもいないし。でも術の解き方がわからないしな……いや、今こそアニメやゲームで鍛えた想像力を活用するとき!
魔力の皮で覆われてるなら、被ってるシーツを取って……でも寝間着でスッピンだったはずだから、服はクイルがマントの下に着ている白い長丈チュニックで、顔には軽く化粧した時のテクスチャを被せるイメージで。薄ーく薄ーく貼り付けー貼り付けー……どうしても魔女っ子の変身シーンが頭をよぎるのはどうしようもないことにしたい。
「……隠蔽術を、といてくれたのかい?」
成功したらしい。これ意識してないと維持できないんだったら地味につらい気がする。早く着替えた方がいい。
「黒髪の背の低い、眼鏡の女が見えてたら正解。部屋着だったから、化粧と服は勘弁してくれ」
「ありがとう。……男性に見えていたことは謝らせてほしい」
「構わない。そう見える気配を出してたんだろう。女性らしい振る舞いは苦手なんだ」
男になりたいわけじゃないが、女性らしいことは敬遠しがちな性分だから仕方ない。キャラメイクゲーも女キャラならではのシナリオが苦手で男キャラ設定しちゃうタイプだし。
こちらが警戒を解いたことに、クイルはいたく感激してくれたようだ。気まずそうに謝ってくれる。
「では、私はここのギルドとやらで雇って貰うには合格ということで?」
「ぜひとも、お願いしたい。要求はなんでも言ってみてほしいな。可能な限り受け入れるよ」
美少年の笑顔が眩しい。
神託とやらのおかげとは言え、来てほしいと言われるのは本当にありがたい。就活疲れの心に沁みる。ぶっちゃけ泣きそう。
要求と言われても、まず呪術師の一般的な雇用条件が不明だ。業務内容、給与、休暇、福利厚生……仕事が仕事なだけに安全保障もほしい。それ以前に生活基盤が必要だ。こちらの世界に戸籍制度があるのなら、そこから用意して貰わないといけない。一般常識のフォローや術の指導もしてほしい。
なぜか私は業務内容が呪うことで、すでに人死にが出ていることや、この先も殺人があり得ることに全く忌避感を感じていなかった。
そのくせ自分の生活は保障されたがっている。
こういうところが適職:呪術師とか言われる要因なのだろうと後から思い返すのだった。
特に後悔などはせずに。
「……異世界人ならではのお願いでも構わない?」
「もちろんさ」
ふたりで悪巧みをするかのようにニンマリ笑う。なんだかクイルは思っていた以上に信頼できる気がした。年の功に乗せられたのかもしれないが。
こうして私は異世界で呪術師に就職することになった。ソファを立って一礼する。
「朽白鐘子です。よろしくお願いします」