情報の出どころ
「とにかく彼と話してみようか」
そう言うとクイルはエルさんと冒険者ギルドの長(ヨウミ氏というらしい)、テイシャ事務長を伴い三号室へ向かう。私は人数分のお茶の準備に行こうとするが、同行するように言われてしまった。なぜ。
「状況を補足してほしいからさ。長引く話はしないから、お茶はいらないしね」
そう言われては付いていくしかなかった。冒険者ギルドのヨウミ氏は鋭い視線で私を一瞥すると、クイルと並んで歩いていく。白髪と老眼鏡の似合う細身のおじいちゃんだが、背筋は伸びていて歩調も速く、とても引退が近いとは思えない。
ちなみに三号室の様子はリアルタイムで把握している。覗き見用の額縁に掛けられた術に魔力を接続して、遠隔でも知覚できるようにしたのだ。テレビから眼鏡の内側に映るように無線で映像を引っ張っているようなものだが、即興で細工した割にはうまくいっている。ワイプ状態の三号室内ではウィスト先輩が雑談の真っ最中だ。サイレス魔術師はあまり乗ってきてくれてはいないようだが。
短い廊下ではその詳細を話す間もなく、先導していたテイシャ事務長が三号室の扉を開く。こう人数が増えてはさすがに手狭だ。
「失礼するよ。ずいぶん待たせてしまったようだね」
「クイル殿、と……ヨウミ様も、ですか」
「自分が冒険者ギルド主管の一人だと自覚を持ってもらいたいものだ。君の移籍となれば、私が出てこないはずがないだろう?」
苦笑を浮かべながらヨウミ氏はサイレス魔術師の隣に座る。向かいのソファにはクイルが掛け、その後ろにエルさんとテイシャ事務長、私とウィスト先輩は扉の横に控えている。
私としては呪術師であることは冒険者ギルド側にはバレずに、この魔術師殿の移籍もないのが一番なのだが、それは都合が良すぎるだろうか。そんなことを考えているとサイレス魔術師が口を開いた。
「……以前からヨウミ様には伝えていましたが、私は冒険者ギルドのマスターになるよりも自身の研鑽を積みたいのです。どうか、統括への移籍と呪術師殿への弟子入りを認めていただきたい」
クイルは向けられた真摯な表情から視線をそらさずに話し出す。
「まず、今は職員の新規採用は控えている。新人が入ったばかりだからね。それに、似た特性の者ばかりでは統括の活動の幅を狭めると考える。だから術士を増やすつもりはない」
今はこれ以上の術士を入れる必要はない。現状に必要な術師はそろっているから。
統括ギルドは言わば実態を持たない、街の中での仲裁や連絡役が主な職務だ。とは言え、完全な事務職としていれば血気盛んな冒険者や鍛冶職人あたりにはなめられて仲裁役が果たせなくなってしまう。だからこそクイルは、自らスカウトした一芸を持つ者たちで職員を構成している。依頼者から無茶を言われたとき、街の外からの脅威に備えた戦時状態と化したとき、自然災害にあらゆる対応をすべきとき、決して武闘派でなくとも自分の能力を盾として剣として使うことができるように。
また、それを組織として運用するためには職員の能力についてバランスをとる必要がある。行使できる力としてはエルさんや私といった術士職、ハイル先輩やウィスト先輩は体術に優れていると聞いているから物理職といえるだろう。前衛と後衛を偏りすぎずに配置するのは基本中の基本だ。
そして呪術師の在籍についてははぐらかし、移籍も断る言い回しには、もちろんサイレス魔術師は苦い顔をしているわけだが。
「ならば、呪術師殿への弟子入りだけでも認めてはいただけないだろうか。……私は、新たな知識の地平を切り開きたいのだ」
「ふむ、冒険者ギルドで新人教育を続けてくれるのであれば、私としては止める理由はないかな。ギルドマスターとしては、君には次の副ギルマスになってほしかったのだが……」
「副ギルマスも遠慮させていただきます。業務はともかく、ボルクの抑え役は私には無理ですよ」
ボルク。知らない名前が出たのでウィスト先輩をチラ見すると「冒険者ギルドの試験担当だ」とひそひそ声で教えてくれた。ギルマス候補のひとりか。サイレスの話しぶりだと、次期ギルマスを断った際にボルクを内定することになったのかもしれない。
「サイレス殿は呪術師にこだわるけど、そんな人が統括にいるという確信はどこからきているんだい?」
ヒヤリと。部屋の温度が下がったような気さえする。
クイルにとってはここが本題だ。なんせ街の噂話の「統括の呪術師」の存在を冒険者ギルドの実力者が確信している。自分の研究人生のために弟子入りするとまで言ってきているのだ。
あやふやなままにしておくことが呪術師やもたらした成果について最も効果的だというのに、存在を実証されてはたまらない。オバケはいるかいないかわからないから怖いのだから。
三号室にいるクイル以外の顔色が悪くなったところで、サイレスは声を絞り出した。
「……先日、裏ギルドの呪術師と目されていた男が死亡した情報を得ました。その死に方はまるで常人によるものではなかったとも。死んだ男や組織の調べを進めたところ、推測も含めての話ではありますが、街の表側……統括に属する呪術師だと考えました」
奇しくも、外側の情報を集めることで「統括の呪術師」の実在にたどり着かれてしまっていた。