個室対応
ロビーへ着く前にテイシャ事務長と魔術師殿に会うことになった。事務長が個室へ案内しているところの廊下で出くわしたのだ。
冒険者ギルドの新人教育担当とやらの魔術師は背の高い男性だった。一線を退いた理由は聞いていないが、引退したばかりのようでがっしりとした体つきをしている。さすがに冒険者ギルドの制服ではなく、シャツとジャケットをラフに着崩している。茶髪を後ろで結った壮年入り口というあたりか。私たちに視線を向けるが警戒はされていないようだ。呪術師がいるようには見えていないのだろう。
「あら、三人とも。ちょうどお昼終わりね。私はこちらでお話があるから、受付に入ってもらえるかしら?」
「わかりました。では私はお茶を淹れてきますので、先輩たちは受付の方をお願いします」
「あいよ……事務長、部屋は三号室ですよね?」
「ええ、他は午後から予約が入っているわ」
ハイル先輩は来たがったが、受付も午後の来客が増えだす時間だ。ウィスト先輩は四号室へ、私はお茶を用意して四号室から盗み見できる三号室へと向かった。冒険者ギルドのメンバーが厄介ごとを持ち込んで来たら三号室を使う手はずになっていたから、ウィスト先輩は三号室と口にすることで私たちに用心しろと促したのだろう。
三号室では魔術師の目的が確認されたところだったらしい。お茶を出したら私も四号室へ寄ろう。返されそうになったらエルさんからの指示だと言い張ることにする。
「統括に呪術師がいるとして、どういったご用件なのですか?」
「話は呪術師殿本人にする。それともあなたが呪術師なのか?」
「私は事務長を勤めております、テイシャと申します。統括へのご用件であれば私が伺いますわ」
魔術師は憮然としているが、テイシャ事務長はにこにこと笑顔を崩さずに対応している。さすがだ。クイルとエルさんが不在な状態でのトップになるのだから、喋らないわけにはいかないだろう。そもそもこの人は上のふたりがいないのを知っていて統括ギルドへ来たのだろうか。
「……統括ギルドに呪術師がいるというのは、もはや公然の秘密と言ってもよいものだろう。私の目的は、その呪術師殿に弟子入りすることだ」
…………何を言ってるのか、ちょっとよくわからないですね。
お茶を出して四号室へ入ると、ウィスト先輩は三号室側の壁に寄せられた椅子に軽く腰かけて室内を見ていた。三号室の壁に掛けられた絵画は、こちら側から透けて見えるようになっている。テイシャ事務長の陰にならずに見えるよう、三号室には縦は狭く、横に長い絵が掛けられていた。
私も静かに椅子を持ってきて魔術師の様子が見える位置を確保する。絵が高い位置に掛けられているため、立ったままではほとんど見えないのだ。無言のままポケットから緊急連絡用術紙を取り出して先輩に見せるが、首を横に振られた。ふたりが戻るまでのタイムラグ込みでも、魔術師からもう少し聞き出したいということか。私と先輩は三号室へ視線を移した。
「私は冒険者ギルドにこれ以上いるつもりはない。もっと様々な術を知り、魔術師として高みを目指したいのだ」
「では、呪術師と言わず、魔術ギルドへ転属を希望されてはいかがですか?」
「それは無理だと、あなたもご存じのはず。この街の魔術ギルドは代々の魔術の家系でなくては加入できない。血統などは魔力に関係がないが、伝来の秘術とやらを守ることに執心して、新たな術を得ようなどとは考えない連中だ」
「保守的な方々もいらっしゃいますが、若い世代には勉強熱心な方も多くおられますよ」
「そいつらも今の運営の年齢になれば、自分たちの伝統とやらで手いっぱいになっているだろう。それに私は魔術ギルドに加入したいのではなく、術の研究がしたいのだ。呪術も修めて、いずれは首都の学園で研究科に入りたいと考えている」
この魔術師が前線から引いたのは、研究に時間をとるためということか。冒険者としての活動は実践的ではあるけれど危険は多いし、腰を据えて取り組めないのだろう。ギルドの新人教育だけならともかく、ギルマスになってはその時間も無くなってしまう。それで呪術師から学ぶことと、ギルマス候補から外れることも兼ねて統括ギルドへ転属したいということだ。
学園の研究科とは大学付属の研究機関のようなものだろう。現ギルマスはこの魔術師が研究第一なことを知っていて、他のギルドや他の街へ行かないように新人教育担当にしたのかもしれないな。慕われることで情が湧いて、この街のギルマスになることに意欲を持ってほしかったとか。新人が育つことで、フローレの冒険者の実力を底上げするためにとか。その思惑はこうして外れているわけだが。
「そういった理由で冒険者ギルドを抜けて、統括へ入りたいと」
「もちろん、職員としてきちんと働く。弟子入りできるのならば、呪術師殿の分の統括の仕事もするし、月謝代わりに代金や私の持つ魔術書や素材を納めることも可能だ」
「本気で学びたいと思っていらっしゃるのですね」
「ああ、本気だ」
仕事を代わりにやってくれるのには心惹かれるが、私は自分の術についても把握できていないのだから人に教えようなんて無理無理の無理だ。それに仕事が減ったら部屋に引きこもるか、観劇観光や食べ歩きにでも時間を使ってしまいそうな気がする。
「冒険者ギルドのマスターには誰でもなれるわけではありませんよ」
「私でなくとも誰かがやるさ。それに、私にとってギルマスは人生をかけられるものではないというだけのことだ」
人生をかけるような、自分にとって価値のある事、か。私は趣味はあっても(いま思うと不思議でしょうがないが)それを職業にしようと考えたことはなかった。なんとなく続けられそうな仕事をして、なんとか食ってきて、もうちょっと余裕ある生活に憧れて転職しようとして……うまくいかないままアイシーリアに来たわけだが。結局のところ、仕事に対するモチベーションが低いのだ。仕事を効率的にする工夫はしても、それを一生の仕事にしようとは思わなかった。だから就活もぐだぐだだったのだろう。この点はこちらでも考えていかなければならない。今は仕事も生活についても覚えることばかりだが、慣れてきた頃には気持ちが先に進めない、では困るのだ。
「それで、呪術師殿とはいつ会えるのだ。よもや隣から覗き見しているのがそうだとは言わないだろうな?」
バレてるんじゃないか。私とウィスト先輩は顔を見合わせる。本日二度目だ。