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目覚めれば初仕事

 





 ばちん、と目が覚めた。


 覚醒しているのに体がついてきていない。目蓋は閉じようとするし、脳にはもやがかかったように回ってない感覚がある。


 いま何時だ。時計は。今日はハロワに行かないと。寝る前に何か。してた。ような。






 起きていた。


 厳密には体は直立していた。


 このことは後から思い出してもうまく言葉にできない。

 自分の足で立って動いていたのに、周りのことを記憶できていない。あんなに決定的だったはずなのに。


 薄暗い廊下だ。明治や大正の洋館を利用した美術館のような雰囲気。

 窓もなく照明もないのに歩くのには困らなかった。

 五歩も歩けば扉がある。ドアノブは軽く動いた。開けて進む。


 また歩く。今度は両開きの扉を押し開ける。


 小窓がついた引き戸を開ける。


 まっすぐな廊下を進むが、毎回扉が違う。しかも直進し続けていた。しかしこのときは何も不思議に思わなかった。ドアが開くから進もう。それだけだ。


 ドアをくぐる。


 ドアをくぐる。


 ドアをくぐる。


 いくつもの扉をくぐったが、そのドアノブに手をかけた時だけは違う感覚だった。急に質量が現れたかのような、手ごたえがあった。初めてきしむ音を立てながら扉が開く。そこは廊下ではなく、部屋だった。


「っああ!呪術師様!どうか私の恨みを晴らしてください……!」


 ソファから立ち上がった女性は苦痛を耐えるように声を上げた。ヨーロッパ系の人だろうか、彫りの深い顔立ちで地毛の茶髪をひとまとめにしている。顔色が悪い。


「ええと、おかけになって……」


 ソファを示すと素直に座ってくれる。発音も自然に聞こえることから日本生まれ日本育ちなのかもしれない。

 三人掛けのような広いソファが向かい合わせに置かれていて、間のローテーブルには彼女のティーカップが置かれていた。ほとんど残っていないことから相当待っていたことがうかがえる。


 向かいのソファに腰掛けると、私が口をはさむ間もなく彼女の話が始まった。













 彼女の話は、要は恨み言と愚痴だった。


 旦那が若い女と浮気をして家を追い出された。家族を支えてきたのにこんな目に合うなんて。お金は支払うからひどい目に合わせてほしい。


 応接室、のような小部屋で堰を切ったように話は続いていた。相変わらず窓はないし、時計もないからどれぐらい聞いているかもわからない。ついでに私のお茶もない。


 でも追い出された割には小ぎれいな格好だ。着ているワンピースもファストファッション系ではなく、上質なものだと思う。涙目で滲んでいるが化粧もしている。かわいらしい美人だ。

 どうやら私に復讐をしてほしいみたいだが、その割に目に狂ったような光もなく、絶望の淵のような暗さもない。依頼をするくらいだから自分で実行するには抵抗があって、法に反している自覚がある。家庭がなくなって苦労していると言いながら、復讐の代償を支払うほどには裕福だ。



 なんだか腹が立ってきた。



 なんで見知らぬ人の胸糞話を聞いてやらなきゃならないんだ。いくら適性があるからって出会い頭に呪術師呼ばわり。自分は世界一不幸とアピールすることで可哀そうがられて構われることで自信を取り戻してきたタイプなんだろうか。ひどい目って具体的にどんな目だよ。死んだらいいのか。死ねばいいのにと口にすることはできないくせに結果だけは自分の都合のいいようになってほしいと思っているのか。こんなことしてないで弁護士でもなんでも頼んで旦那をぶち負かせばいいんじゃないのか。止めようにも隙がないわ、時間もわからない中でどれだけ聞いたか。知ってるか?そのくだり三回目だぞ。こんな話にいつまで付き合わなきゃならないんだ。


 ぐしゃぐしゃと考えが回る。


 いつもこうだ。


 こんなやつになぜ付き合ってやらなきゃならないんだと思いながら。


 この人も今はこんなことを言っているけれど、ちゃんとした人なんだろう。


 世の中のすべてのものには存在する価値があって意味があるし、すべての人は愛され、愛することができる。

 幸せを求めることができるし、幸せを手に入れることができる。














 ()()()()















 ―――――――――――――――――――







 音がした。


 ような気がしただけなのだろう。目の前の女性は気付いた風もない。自分でも聞こえたというより何か起こったと感じたに過ぎない。


 至近距離で雷が落ちた時のような、職場でうとうとしてから覚醒した瞬間に感じるような、悪寒と気まずさが背筋に走る。

 耳鳴りが響いて女性の声がうわんうわんと意味を測り取れない音にしか聞こえない(それでも喋り続けるのを止める気配はない)ところに、部屋のドアがノックされた。


「失礼します」


 こちらの返事を待たずにドアを開けたのはフードを被った小柄な人物だった。見える口元からは女性か少年かわかりかねる。フードが付いた膝ほどまであるマント(なぜマント?)の胸元には四角を組み合わせた銀色の八角形が刺繍されていた。


 後ろ手にドアを閉めると、その人物は女性へ向けて淡々と伝えた。


「監視員からの報告です。元旦那様は落下物による事故に合われました。状況から、亡くなられたと思われます」


 女性は「これで自由になれる……」と涙を浮かべて部屋から出て行った。あんた充分自由に見えたぞ。







「さて」


 フードを外すと深緑色のおかっぱ頭が現れた。真ん中分けのおでこが美肌だ。にこにこと笑顔ではあるが、決して和やかではない。


「優秀な呪術師が来てくれて助かるが、殺しはサービスが過ぎるな。そこまでしなくとも才能は疑っていないよ。私はギルドマスターのクイルだ。さっそくだが……」


「さっそくするな。状況を説明しろ」


 頭を抱えるしかないと思う。























 朽白 鐘子。アラサー。就活中。





 ――――なんか知らんまま、才能だけで人を殺したらしい。





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