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思考の外側

 



「……なるほど。興味深い思考方法だ」


 クイルが私に向ける視線は挑戦的な気配を帯びたものだった。ここまでやるとはな……面白い、とか敵の強キャラが言うときの顔だ。え、敵じゃないよね。


「ショウは、まるで事態を外側から見ているように推測するんだね。事実を積み上げて、最悪のパターンから推測を始めて、有り得そうなラインの前後を推論の下地とする。今回の件では、そのものズバリとは行かないだろうけれど、状況を掴むことができそうだ」


「……ヒントになったのなら良かった」


 私の返事を聞いているのかいないのか、クイルは地図とメモを見比べて書きつけだした。冒険者ギルドへ持っていくための話の筋立てをまとめているのだろう。冷めてしまったお茶を一口飲むと、エルさんと視線が合う。


「確かに、ショウさんの推論はわかります。実際にあり得る話です。ですが……」


 一呼吸、彼は視線を迷わせてから私に向き直る。


「クイル様の言いようでは、あなたは常に最悪から事態を捉えようとしている。それは、とても……疲れるというか、辛いことではありませんか?」


 決して、非難や責める意図ではないことはわかる。どころか私を気遣うというか、心配すらしてくれているかのように慎重に言葉を選んでくれていた。

 相手からの悪意はない。ただ、どうしてそんなに悪いことから考えるのかが理解できないのだ。きっと順風満帆なこれまでだったのだろう。だからこそ理解できない。


 自分の徳になるようなことは起こらないのが普通だ。他人も誰もかれも私の都合など考えやしない。どこへ行くにも向かい風で、信号には必ず1番長く待つタイミングで行きあう。


 法律を遵守などと言うのは堅苦しいが、犯罪も犯さず、ルールとマナーと道徳を守って生きていても私の人生はなかなかにうまくいかなかった。リア充や陽キャにはわからないさ、と言うのは簡単だが、どうしてそんなに人生には楽しいことしかなかったかのような態度なのだろうとは思う。彼や彼女らの人生にも起伏は勿論あるだろう。だが、それらを経ても楽観的になれる素養が私には無いとしか言いようがない。


 私にとって日々を生きるのは努力が必要なことだからだ。周りからの愛とか情を正しく受け取れないままにここまで来てしまったことの影響が大きいと思われる。私に都合のいい話なんてあるわけがない。私を優遇してくれる理由なんてあるわけがない。こんな泥べちゃをガワに無理矢理詰め込んで、かろうじて人間のかたちをしているようなものには最悪の予想よりも更に下をいくことしか待ち受けてはいない。



 そうでも思わないと、うまくいかなかったときに立ち尽くしてしまう。



「……期待したけれど、やっぱり駄目だった時に、すぐに動けるようにだよ」


「ですが……」


「あまり、したい話ではないのだけれど、評価してもらっている私の呪術の力は、元の世界を呪っているから強力なんだと思う。何をするにもうまくいかないことが当然で、それでもやけを起こさないように、当たり前のことが起きたのだから傷つく必要は無いという自己防衛だ」


 私の声が段々震えていくのがわかった。自分の気持ちを言葉にするのはとても難しい。自分語りなんて反吐が出る。


「だからあの世界で生きているのはまだよくても、生活するのは苦しかった。世界の仕組みは大多数の、世界を好きで楽しむことが出来る者達のためにある。こちらで人を殺したらしいときに私には何の罪悪感もなかった。高揚もしないし、恐怖もない。元の世界での人の死因は老衰や病気や事故が大半で、殺されることも殺すことも極少数だ。そんな世界で生きていたのに」


 クイルの書きつけの音は止んでいる。


「端から見るとつらくても、苦しくても、私にはもうそれが普通になってしまった。でも、つらくない状態になるというのがどういうことかわからない。世界を楽しいと思うには、何をすればいいのかわからない」


 人生を楽しむなら、人生に向き合わなければならない。


 何をすれば人生に向き合っていることになるのかが、私にはわからない。


 生きてるだけでえらいなんてこと、あるわけがない。だったら何故、私は、


「生まれた世界から放り出されて、『ああ、私は元の世界にはいらないってことなんだな。この世界からも、いつかまたいらないって言われるかもしれないな』と思いながら、毎日寝起きしている。いや、仕事を手抜きしているわけではないが。……結局のところ、私は元の世界の中に住んでいたのに、世界を外側からしか見るとこが出来ていなかったんだろう。当事者として受け取る感情に潰されないようにそうしていたはずなのに、受け取らなければならないものまでスルーし続けてきたのだから、まあ、当然ということだ」


 ぼそぼそと俯いたまま愚痴だかなんだかを垂れ流していく。涙も流れている気がするが、ふたりには見ない振りをしてほしかった。こんな鬱陶しいやつにはもう関わりたくないと、統括ギルドも追い出されるかもしれない。


 また、自分のことばかり考えている。なんて我が儘なやつなんだ。


「……つまらない話をして申し訳ない。ふたりとは違う視点が欲しいと言うなら、私には、こういう、拗くれた考えしか提供できない。ふたりは真剣なのに、他人事のように喋ってしまっ」


「いいよ」


「って…………?」


 遮ったクイルの声はひどく優しかった。悲しんでいるようにも聞こえたかもしれない。


「ショウは捻くれたままでいいからここにいてよ。私はなんだかんだあっても、このアイシーリアが好きだよ。だからショウに、この世界の楽しいことを、離れたくなくなるくらい教えてあげよう」


 クイルは子供に諭すように私に微笑みかけてくれていた。エルさんは唇を引き結んでいる。ちょっと涙目かもしれない。なぜ。


「まずは美味しいご飯からだね。エル、お店の予約をしておいてくれるかい?」


「はい、直ちに」








 後日、クイルになぜあんなことを言った私を見放さなかったのかと訊ねたことがある。


 「ショウに、幸せになってほしいと思ったからだね。毎日ちゃんと仕事をがんばっているのを知っていたよ。弱りきった野良猫みたいに世界に絶望しているようでも、どこかでまだ信じたい、信じさせてほしいという気持ちもあっただろう?」


 アイシーリアにとって、そのひとかけらを預かることには意味がある。とても大きな意味がね。と、まるで神様みたいなことを言われたのだった。



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