不穏な呼び出し
ミーティングという名のお茶会から数日後、もうすぐ終業というところでクイルの執務室に呼び出された。
エルさんと一緒に部屋に入ると、クイルは街の地図をテーブルに広げて小さなメモをあちこちに張り付けている。町全体が描かれているものと、各区域が詳細に書かれているものがあり、統括ギルド周辺には他よりも多くのメモがあった。
「ふたりとも、よく来てくれたね。今日は少し残ってもらってもいいかな?」
「問題ないです」
「構いません。ショウさんも呼ばれたということは……」
「冒険者ギルドに動きがあった。次のギルマスはこんな騒動の後で就任して、無事に仕事ができると思っているのかな」
「気の短い連中ですね。今のギルマスはうまく調整される方だというのに」
ふたりは投げやりな言い方をしているが、目は真剣に地図を睨んでいる。よその後継者争い、政治的闘争に本格的に巻き込まれるのだ。迷惑極まりないのだろう。調整や仲裁が統括ギルドへの依頼としてくるのであれば受けざるを得ないが、勢力争いに介入されると勝手に深読みして巻き込んでくれているのだ。
先日から冒険者ギルドへの印象が悪くなるばかりなのだが、この街は大丈夫なのだろうか。首都から離れた大きな街ということは、体育会系のブライト領主は皇帝から信頼されていて、領地経営もうまくいっているということだろう。常備軍の少ないこの街で、魔物の襲撃など不測の事態の戦力となるのは冒険者だ。調整力のあるギルマスはまだ半年はお役目があるというのに、三名のギルマス候補者たちは跡目争いに注力している。誰かが何か他の大それたことを計画していて、目くらましに騒ぎを大きくしている気すらしてきた。
しかし、この状況で私が呼ばれたのならば、私向けの仕事があるということだ。
「そういうわけで、事態を穏便に、被害を出さずに解決したくてショウも呼んだんだ。この場では部下としての敬語や気遣いはいらないよ。ここでは呪術師はギルマスや副ギルマスと同等の幹部として扱われるからね」
「……えらく待遇がいいんだな」
「先代は私や領主の相談役だったと言っただろう。ショウには実感がないかもしれないが、呪術師というのは能力的に特殊な視点で場を把握していることが多々ある。異世界から来たのならなおさらだよ」
「ショウさんにとっては当たり前のことであっても、私たちも知っているだろうとは思わずになんでも言ってみてください。些細な気付きが解決のきっかけになるなんて、よくある話ですから」
ふたりは柔らかく笑って椅子をすすめてくれる。どうしてそんなに信用してくれるのだろう。
私が異世界から来たことに価値があると捉えられているとしても、世界を呪うような者に信を寄せるなんてどうかしている。それとも私が本当に異世界から来た裏が取れたので、帰る場所がないなら統括ギルドを裏切らないと踏んだのだろうか。有益だからいい待遇で置いてくれるというのなら、それに見合う結果を出さねばならない。
昔から褒められると次の機会で失敗するというのを繰り返してきたので、人から信頼されると不安になる。それでも自分自身の居場所のために、この異世界アイシーリアに来てまで同じ轍を踏むわけにはいかないのだ。
椅子に座って地図に貼られたメモを覗き込む。冒険者同士の小競り合いや、統括ギルドの職員が声をかけられた等の内容が日付と共に書かれていた。時系列順に書かれたリストもあり、日ごとに件数は増えている。
「クイルの想定する被害や、穏便の基準はどういうものだ?」
「統括ギルド職員や一般市民がケガをしないこと、次期ギルマスへの引継ぎ後に冒険者ギルドの戦力が減っていないと最高だね。敗れた候補に付いている、今回の騒ぎを起こしている者は居心地が悪くて出ていくなんてこともありえる。このフローレに滞在する冒険者の総数は他の街よりは多いけれど、さすがに街の警備や依頼消化が滞るのは避けたいよ」
「次期候補の三名は元前衛職の試験担当、魔術師で新人教育担当、ケガで早くに冒険者を引退した事務長です。それぞれ人望がありますし実績も十分で、冒険者や職員の違いはありますが、明確に派閥といえる人数は同等でしょう。引継ぎ後には候補を漏れた二人の派閥の人数の方が多くなるわけですから、新ギルマスは運営に苦労するかもしれません」
野党連合の方が人数が多くてまとまらなくなる、ねじれ国会というやつだ。多分。
統括ギルドが次期ギルマスを知っていると思い込んで、中立の冒険者は自分も勝ち馬に乗ろうと、派閥に属する者は対立候補を不利にする情報がないか探ろうとしているのだ。名前が判明している者はギルドランクも記載されているが、下位の者ばかりだった。派閥に属せなかったり、使い走りや駆け出しが多いのだろうとは思うが、上のランクの連中は抑えられないのか?
「こちらや市民が迷惑していることは伝えてあるのか?」
「軽くね。具体的な抗議を入れる前に、落としどころを定めておきたくてふたりを呼んだんだよ」
確かに、喧嘩というのは落としどころが大切だ。
最低限の譲れないラインを決めて、振り上げた拳でそれを示せばいい。目標を定めておけばこちらの労力も最低限で済むし、相手も譲ったし譲られたからここで引くと思えば面子も立つだろう。何もかも自分の思い通りに行くなんて、あるわけがないことを知らない馬鹿でなければの話だが。
十にひとつも、百にひとつも、千にひとつもうまくいかなければ、思い通りなんて考えがどんなに傲慢かわかるだろうに。
であれば、調整力のある現ギルマスにとっては、問題を起こして他ギルドや領主に目を付けられたくはないはずだ。冒険者ギルドを抜けても人生は続くのだから、自分の評判を下げるような真似をいつまでも続けるだろうか。
それとも彼や彼らにとって、想定外の状況になっているということだろうか。
どこから口にしたものかと、頭を掻いた。呪術の仕事と思っていたら参謀とは。軍師キャラは好きだが、自分でやるには向いていないと思うばかりだ。