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日々の出来事




それからの数日は平和なものだった。



寮の自室では感知術の練習をしていたら、術内の物体の魔力が認識できるようになった。床や壁も透過してほかの部屋の様子も探れることが分かった。しかし術の練度をエルさんに見てもらう時に、寮はそういうことができないように特殊なつくりをしていると教えてもらう。普通に他の部屋が視えたのでほころびがあるのではと寮を見に来てもらったが、防止機能は正常とのこと。プライバシーを侵害してしまう、と術を広げる練習は自粛することにした。エルさんは機能を確認したときは目に見えてぎょっとしていた。私もそんな顔されたことと、自分の変な能力がショックです。



統括ギルドでは一通りの研修を終えたため、受付を中心に業務に入っている。外回りも新入りの仕事なのだが、他組織からの接触を危惧しておあずけだ。訪ねてきた人の用件を聞いて、案内する。仲介の報告に来たのを担当者に取り次いだり、貸し会議室と立会人の予約希望をスケジュールに入れたり、複数の祝福(スキル)持ちだがどのギルドに入るかの相談を受けたりだ。スキルの概念あるんだ……。初めて聞かれたときには驚いて頭が止まってしまったが、サボりに来たクイルを捕まえて解説してもらった。


「当たり前すぎて説明を忘れていたよ、ごめんね。スキルというのは神の祝福さ。神の力が、特に得意で伸ばせる能力として発言することをそう呼んでる。強制はないけれど、本人の好みも合致する可能性が高いから、スキル通りの職に就く人が多いね。大神の力が集まりやすい土地や、血筋によって発現しやすいこともあるんだよ。ただし直接聞くのはマナー違反だ。まあ、危険なスキルじゃなければ公言している人もいるけれど、ショウからは聞かないほうが無難だね」


知らずにマナー違反野郎になるところだった。恐ろしい。街にはいたるところに教会があるが、多神教で信仰は自由、大神やその属神などを祀っているそうだ。日本のようにゆるゆるかと思ったが、信仰のない民はいないと言う。そういわれると根本から意識が違う気もする。皆それぞれの信じる神と、世界を作ったという暁の創世神を信仰している。位持ちの神官が儀式をすればマジのガチの神の力と接触できるらしい。そういえば私のことも神託があったんだった。クイルはエルさんに強制連行されたので詳しいことはまた後日だ。



神託で思い出したが、初めて会ったときにクイルは「神様的な人に会わなかったか」と聞いてきたが、特にそういった記憶はない。

私が地球からこのアイシーリアに来たのが神の所業ということなら、それはなぜなのか。なぜ私なのか。この世界でやらねばならないことがあるのか。……それとも地球に私は必要ないから、地球の神が消去法で選んだのか。ぐるぐるしてしまう。昼のお弁当は何だったか。こういうときは肉が食べたい。



お弁当は茹で鶏のサンドイッチだった。肉は肉だがカロリーが物足りないので、帰りに甘いものでも食べに行こうとハイル先輩におすすめを聞いてみた。明るいうちの寄り道なら大丈夫だと思ったのだが、先輩は案内がてら一緒に行ってくれるという。クイルとエルさんの秘書的な立場のテイシャ事務長も一緒だ。新入りのフォローミーティングという体で奢ってくれるとか。なんともありがたい。


テイシャ事務長はいつもにこにこと笑顔を絶やさない、背が低くてぽっちゃりした上品な奥様だ。もともとは事務員だったのだが、子育てがひと段落したので事務長になられたんだとハイル先輩が教えてくれた。クイルに対する鞭がエルさんなら、飴が事務長かと想像していたが、実際は()だとも先輩は小声で教えてくれた。


ふたりに連れられてやってきたのは、統括ギルドから寮までの間にある老舗の喫茶店だ。極上の蜂蜜を使ったスイーツは絶品だと、フローレ街ガイドブックにも書かれていた。こちらでの手の込んだ甘味は初めてのため、とても楽しみだ。店内は半分ほど埋まっているだろうか。男性のみのグループもいるが、全体的に年齢層は高めだ。落ち着いた高級感のあるインテリアだし、相場の比較対象が食事になるがティータイムとしてはお値段も上等な気がする。大人の店というやつなんだな。それぞれ甘味とお茶と注文してミーティングとなる。


「ショウさんはお仕事には慣れたかしら。寮では不便なことはない?」


「はい。仕事はまだ緊張して動けていない気もしますが、寮生活の方は問題ないです」


「こないだ冒険者ギルドから接触された後は何かありました?」


ハイル先輩はそのことが聞きたくて同行したのかもしれないな。


「そちらは特には……通勤でも受付中でも声をかけられたりもありません」


「諦めたのか、問題ないと思われたか……冒険者ギルド内の方が忙しいのかもしれないわね」


「次のギルマスが誰かで、まだ揉めているんですか?」


先輩はあきれたように声を上げるが、だんだんと潜めていく。両隣の席は空いているが、スキル持ちや単に耳のいい人がいるかもしれない。

冒険者ギルド内の権力争いなんてそんなことやってる場合かと思うが、実情は深刻だ。なにせギルドで拠点登録した冒険者は、非常事態になれば強制的に街の防衛に参加することになる。その代わりに流しの冒険者よりも、素材買取の手続きが簡単に済んだり、街で宿ではなく部屋を借りたりできるのだ。自分と親しい者がギルマスになった方が、より利益が得られるのではないか、防衛線になったとしても危険の少ない場所に配置されるのではないか、という考えの者がいるともう泥沼だ。だいたい実力者ほど危険な場所に配置されるのだから、自分が小物だと宣言しているようなものじゃないか?


「年が明ければ、正式発表されて、春までには引き継ぎよ。クイルさんは知っていてもはぐらかすでしょうし、私たちも知らぬ存ぜぬを通すしかないわね」


「クイル、さんは、知らなくても知っているふりをしそうな気がします」


「本当だわ、困っちゃうわよね。われらがマスターは!」


ウフフと上品に笑うテイシャ事務長はとても可愛らしい。旦那さんから熱烈に求婚されたというのも納得だ。

それからは季節的な業務はあるのか、二ヶ月ほどで年末だがどういった進行になるのかという話になった。詳しくは現場で説明を受けることになるが、心構えをしておきたかったので助かる。


注文した甘味が届いたので、そこから先は完全な雑談になる。蜂蜜とナッツがふんだんに使われたマフィンはおいしくて、私が何のためにアイシーリアに来たのかなんてもう知らんとしか言いようがなかった。

おいしいものと難しい話は決して両立しえないのだから。





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