逆ナンの目的
縫製ギルドへ書類を渡し終えて本日の外回りは終了だ。乗合魔動車で統括ギルドへ戻るために停留所で待っていると、若い女性に声をかけられた。
「ハイルさん、あの、少しいいですか……?」
「ええと、たしか冒険者ギルドの」
「受付のネッサです。統括ギルドへお戻りでしたら、ご一緒してもいいですか?」
いいですか、と質問しているようで既にハイル先輩の隣に寄り添っていた。二十歳を超えたところだろうか。冒険者ギルドのブラウス姿だが、私物らしきスカーフをキャビンアテンダントのように巻いている。たれ目でおっとりとした仕草がとても女性らしい……いや、控えめに描写しても仕方がない。
このネッサとやらは自分の武器を熟知した歴戦のハンターだ。薄化粧に見えるがっつりメイクに、自分は無害だと主張するようなほんのりとした香水の香り。わざとらしい。そもそも私たちが縫製ギルドに入るときに、彼女が出ていくのとすれ違っていた。目を輝かせていた気がしたが、こういうことだったとは。
どうせ統括ギルドの次の停留所が冒険者ギルドだ。嘘くささが鼻につくが、私は空気と化しておけばいいだろう。
「こんなところで会うなんて偶然ですね!」
「最近はウチに来てくださらないから、寂しかったんですよー!」
「冒険者ギルドの外回り当番はなかなか回ってこないから、私から会いにも行けないですしぃ」
やかましいわ。
きゃいのきゃいのと媚びた声が耳障りだ。ハイル先輩がさっきから「はあ」としか声を発していないのに気が付いていないのだろう。先輩は名前も覚えていなかったし、冒険者ギルドは職員の数も多い。顔見知りにもなっていないだろうに、よくもここまで押しかけられるものだ。恋や憧れなら微笑ましいが、それは私から遠く遠く離れたところでやってくれ。……最近は順調だった分、こんなことでイラついてしまう。よろしくない兆候だ。
早く乗合魔動車来ないかな。
魔動車が来る方向にネッサとやらが立っているため、そちらを伺いにくかった。逆方向をぼんやり眺めていると逆行きの魔動車が見えたところで、突然手を引かれて歩き出す羽目になる。ハイル先輩が道向こうへ私を引っ張っていったのだ。
「もう一軒行くところがあったので、これで失礼しますねー!」
ハイル先輩はにこやかにネッサに手を振って、私に魔動車へ乗るように促した。不服顔の逆ナン娘を置いて乗合魔動車は動き出す。統括ギルドまで行くと自分で言った手前、追ってはこないだろう。
「ショウさん、遠回りになりますがすみません。ああいうのは困りますね」
最後列の二人掛けに座りながら、先輩は頭を掻いて苦笑いだ。
「ハイル先輩はモテると思ってましたが、大変ですね」
「うわああいえいえ、僕のことよりショウさんの探りを入れに来たのが本題ですよ!」
「……私ですか?」
慌てるハイル先輩だが、真剣な話だとは雰囲気でわかった。それにしても、冒険者ギルドに探られる心当たりがない。いや、新入り女性職員が入ったと、冒険者ギルド受付嬢の間で噂になってのことか。恋敵になるのか確認しに来るなんて、冒険者ギルドは暇なのか。それとも物騒な部署が暇なことはいいことだと思うべきなのか。
「彼女は現役の斥候か、引退したばかりとかでしょうね。普通の人とは体幹が違いましたよ。統括からベテランが抜けて、経歴の洗えない新人が入ったから警戒しているんでしょう」
「一職員をそこまで気に掛けるものなんですか?」
「うーん、普段ならともかく、ギルマスの出張帰りと重なったのと、冒険者ギルドの上が引退間近なのが理由でしょう。次のギルマス選出の時にちょっかい出されないか、過敏になっていると思われます」
「クイル、さんは、出先でスカウトするのも珍しくないのでは?」
つい呼び捨てしそうになるが、これからは上司で師にもなる。本人は気にしないだろうが、ほかの人の前では拾ってもらった恩義を前面に出しておかないと。
「出先でスカウトしたときは、その人だけ先に街によこすんですよ。よっぽど出張終わりとかじゃないと同行はしません。ギルマス本人は大丈夫でも、外でそばにいる人が狙われる可能性とかもあるので……」
「……思ったより、危険なお立場なんですね」
「はい……この街では、さすがに手を出す者もいませんが」
会話はどんどん小声になっていった。
のほほんとしているがクイルはこの街の実力者で、権力者にも近いところにいる。本人は実力ゆえに無事でも、力を削ごうとか人質にしようとかで、周りにいる人間にもそれなりの警戒が求められるということだ。それで何かのネタになりはしないかと異例の新人を調べるのに使う隠れ蓑が逆ナンでいいのか、冒険者ギルドよ。まあ、私は一人で外出も飲みに出たりもしないからだろう。この一週間は節約生活とアイシーリア知識詰込みのために、仕事以外で寮から出てもいなかった。
引きこもりでよかった。外で接触されたらどうすればいいかわからないどころか、探りだと見破れるかも怪しいところだ。地球的な詐欺商法とかならともかく、体幹とかギルド間のパワーバランスとかは見破るのは無理だろう。
「私にできることはひとりで外出しないことくらいですかね」
「そうですね。不便をかけますが、しばらくはそうしていただけると助かります。何かあれば、僕でも他の職員にでも言ってくださいね」
その後は問題なく統括ギルドまで戻ることができた。逆路線で遠回りした分、窓から見える街を案内までしてもらえたのでハイル先輩には重々お礼を伝える。
危険な場面でも呪術でなんとかできる気もするが、不発だったらより危険な目に合うことだろう。食事は寮で十分だからそんなに買い物もしないし、必要であれば通勤中にすればいい。どんな地雷があるかわからないのにスキップするような真似はしない。どうせ一番まずいのを踏んでしまうことになるのだから。