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新生活と予感

 



 異世界アイシーリアに来て一週間がたった。


 統括ギルドの職員寮は職場から徒歩二十分ほどの住宅街にある二階建ての建物だ。現在は独身や長期出張で滞在中の十名ほどが暮らしていて、個室だが風呂トイレ共同で食堂での三食付き。昼のお弁当を持たせてくれるし、制服やシーツやタオルは洗濯してくれる。ギルド職員を引退した控えめなおばあちゃん手前の人が寮母を務めていた。


 お金が貯まったら他に部屋を借りよう。


 共同生活はたまにはいいが、個人的にはずっとは無理。ギルド職員の給料と呪術師の報奨金でなんとか引っ越し費用を貯められるだろうか。薄給でなくとも物入りな新生活、身一つで来たものだから替えの下着からそろえる必要がある。寝台に寝具に机に洋服掛け、それから私服を数着とスキンケア製品が少々。地球の部屋は本や趣味の物がオタク的にそこそこあったが、この部屋は殺風景なものだった。しばらくは節約生活をするつもりだからこれでいいことにする。


 新生活の支度金は用立てるとエルさんから言われたが、召喚された日の報奨から引いてもらうことにした。自分が異世界人であることに甘えて、特別扱いされたくなかったのだ。なんでも頼り切ってしまうのは、今後の統括ギルドとの関係性として好ましくないと思ったのもある。ギルドやこの街を出る決断をする必要ができた時に、世話になった負い目や贔屓目で判断を鈍らせたくはない。今でさえ、これだけの生活基盤(衣食住に戸籍に雇用に秘密の順守に術の指導も!)を用意してもらっているのだから充分だ。


 とはいえ、寮に入った日にはクイルが入居祝いだと小さな書棚を中身の本ごと持ってきてくれた。初級の魔術教本や各ギルドの登録時に貰える利用案内、旅商人向けのフローレガイド雑誌にフェルダード帝国の子供向け読み物全集まである。この世界で暮らしていく基礎知識にうってつけだ。さすがギルドマスター。と思ったが、ガイド雑誌には印とメモが書き込まれていた。お下がりか。


「今度、一緒に行こうね」


 美少年スマイルの効果は抜群だ。


 生活リズムや統括ギルドでの新人研修にも慣れてきた。四勤二休で研修が終われば希望者は週一回の夜勤が組まれる。非常事態に備えての連絡役や、時間外に来客がある際の対応が主で、夜勤室で普通に寝るだけの日が多いらしい。戦時や異常気象時の非常事態以外は、夜勤手当を希望する者のみでシフトが組まれるとのことだ。強制でないのはありがたい。

 統括ギルドの主業務は上から統括するというより連絡役の意味合いが強い。フローレにある冒険者ギルドや生産ギルド、商業ギルドや教会が組織間で協力する段取りをつけたり、問題が起きた場合の仲裁をする。小さな町や村なら登録メンバー同士が直接話せばよいが、ここのように大きな街だとメンバー数も多いし案件も規模内容共に多岐にわたる。各ギルドの管理者が統括ギルドの会議室で、統括ギルド職員立会いの下で取り決めをして作業に入る方がもめずに済むのだ。


 そんなわけで私の研修は各ギルドの場所を覚えることと、顔を覚えてもらうことがメインとなった。十五歳年下の気のいい先輩に付いて、街中を書類を持ってうろうろする。乗合魔動車が各ギルド前を停留所として走っているので徒歩が少ないのは救いだ。座席と立ち乗りで二十人ほどの乗客を運ぶバスは大通りを巡回している。商業ギルド・運送部門の担当事業だ。


「ギルマスがすっっごく田舎からショウさんを見つけてきたとか言ってましたけど、フローレには慣れました?」


「あー、はい。皆さん良くしてくださるので」


「今の統括職員はほとんどギルマスがスカウトしてきたんですよ。事情があったりしても一芸採用されて助かったような人ばかりだから、だから困ったことがあったら何でも相談してくださいね」


 そう言って先輩は笑顔を向けてくれる。彼は幼年学校(小学校にあたる)を家の事情で修了できずに、冒険者の荷物持ちをしていたところをクイルに引き取られたそうだ。入れ替わりの激しい冒険者や門兵でも、一度会ったら顔も名前も忘れないという記憶力を見込まれたとか。すごいけど異世界人だとボロを出さないように気を付けよう。追い回されたりはないとしても面倒ごとの可能性は減らしておきたかった。


「はい。その時はよろしくお願いします」


「任せてください!」


 片手で胸を叩いて自信たっぷりに答えてくれる。年上の新入りに指導なんてやりにくいだろうに敬語で接してくれて、本当に頭が下がる。こういう人だからこそ、クイルはスカウトしたんだろう。大変な思いをしたとしても、良い人には良いことがあってほしい。私には縁のないことだが、そう思う。


 そんな話をしているうちに、次の停留所に着いた。統括ギルド職員は制服を着ていれば乗合魔動車に無料で乗れる。月毎に人数分の定期料金を支払っていて、出勤日でなくても制服を着て乗ってもいいらしい。めっちゃユルい。ただしギルドに言えるお店に行く時だけだと念を押されたが。


「次は縫製ギルドですね。工房が近くて魔動車が多い地区だから、道を渡るときは気を付けてください」


「わかりました。ありがとうございます」


「今日はこれで最後ですから、もうひと頑張りですよ!」


 魔動車を先に降りて掴まれるように手を差し出してくれる。なんて紳士……私よりももっと若いお嬢さんにするべきことだ。ありがた申し訳ない。スルーは失礼だろうと手をお借りして歩道に降りるが、各ギルドにファンがいそうだから見られてはいけないと思った。余計で的なずれな心配ばかりしている自覚はあるが、たまには当たることもある。残念が過ぎるほど当たってほしくないときに限って。








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