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呪詛返しの行方

 



 領主の姪サリーにかかった呪いを、おにぎり型に丸めて返信した翌々日。副ギルドマスターのエルさんから使い魔による調査の結果を聞くことになった。場所はギルドマスターの執務室。クイルがこのフローレの街を離れていた間の書類に埋もれているからだ。


 そういう私も、一昨日から統括ギルドの研修とギルド職員寮への入居手続きに追われていた。使い魔の報告によってはすぐに動く可能性もあったため、統括ギルド内で組織図や業務規約を説明されたりしていた。要は新人研修となる。領主館でもらったグレープフルーツもどきを持って挨拶に行ったら、職員の方々は概ね好意的に受け入れてくれたようだ。


 この世界の文字は自動翻訳されたように読めるので助かった。ただ、妙な癖のある角ばったフォントに見えることと、意識しすぎるともにゃもにゃと針山でもみくちゃになった糸のような文字に見えるので読む速度は遅い。それでも一から文字を覚えることが回避されたのはありがたい。この年でアルファベットにも似つかない文字から覚えるのは正直きついのだ。あんなに好きだったゲームの、ゲーム内文字ですら解読放棄してしまったこともある。


 街の住人としての戸籍はブライト領主が用意してくれた。このフェルタード帝国では住人すべてに戸籍があるわけではないし、地方に行けば村長が生産ギルドの登録だけの村なんかもあるという。しかし、この街ほどの大きさであれば定住するには身柄の確認が必要となる。犯罪者や裏家業の人間が部屋や店舗を借りにくくするための方策のひとつだ。不正を完全に防げるわけではないが、公文書偽造は縛り首もあり得るため(縛り首があり得るのだ!)相当な抑止となる。


 とはいえ、裏家業ギルドはこの街にも存在しているようだ。エルさんが調査報告の前に話してくれたが、統括ギルドは裏の組織とも繋がりがある。領主といい関係ではあるが、ギルドはギルド構成員と一般市民の生活のための中立な組織だ。特定の国家の味方ではないし、裏の人間に出し抜かれないため、裏の人間がやりすぎないように監視するためにも情報は必要となる。


 私が説明に納得して頷いていると、クイルとエルさんは安心したようだった。私がそんな癒着のようなことは許さない、潔癖な性格だったらどうしようかと思っていたそうだ。


「ショウはサリーを呪った相手のことを、しっかり推測していたからね。理性的で論理的だが、それだけ考えられるのは強い道徳観や公平性も持っているからだと思ったんだよ」


「呪術師として強力な呪いを実行する案件はそう多くはありません。呪術が必要になった際に、正義感からできない、ギルドの運営方法に異議がある、と言われたらと……クイル様と心配していたのです」


「子供じゃないんだ。きれいごとだけじゃあ組織運営なんてできないということもわかる。命がけの冒険者ギルドなんかも仕切るんだから、いざという時のために情報やツテはいくらでもある方がいいということだろう?」


 ふたりは「そういうことだ」と頷いてくれた。

 確かに私は、可能な限り多方向からの推測をしようとする癖がある。理性や論理ではなくこじつけに近いときもあるし、公平なわけではなくあらゆることから距離を置いて考えているだけだ。道徳観があるならサリーの元旦那を呪い殺した夜にあんなにぐっすり眠れないと思う。

 それにどれだけ予想や推測を重ねても、現実にはそれ以外のことばかりが起こる。私は勘が悪いし運も悪いから、こうなったときはこうしよう、とかあらかじめ行動方針を決めておいてスムーズに動くために、足りない頭をこね回しているだけなのだ。だからあの時の推測(笑)は忘れてほしい。


 クイルがキリのいいところまで書類を片付けたところで、執務室内の応接セットはそんな話から始まった。三人で秘密の物騒なお茶会だ。


「それで私の使い魔は、あの魔力球が裏街の地下組織に入っていくのを見ています。南から流れてきた組織で、やっとフローレの勢力バランスの中に納まったと思っていたところだったのですが……」


「うんうん、慣れてきて調子に乗ったか、この依頼に成功すればもっと勢力を伸ばせると思ったか……そんなところだろうね。厄介なことをしてくれたよ」


「実行犯はその地下組織の人間ということか。術師はどうなった?」


「ろくなことにはなっていないでしょう。魔力球が建物に入ってすぐに、結構な人数の出入りがありました。えらく慌ててその建物を放棄したようです」


「あの魔力を持った術者が出てきてないなら、術者は呪詛返しで突然死したが、周りからは原因不明に見えて逃げ出したってところか」


「そうだね。術者は新しいアジトで確認されていないから、そんなかんじだろう。浮気相手も失踪しているが、こちらは街を出たのが目撃されている。もうサリーに害は及ばないとみていいんじゃないかな」


 呪いの依頼者は浮気相手でほぼ確定か。私の存在はわからないとしても、サリーが逆恨みされないといいんだが。復讐や意趣返しの可能性を考えると、サリーはこの街か生家のある街で庇護を受けながら生きていくしかないんじゃないか。まあ、元がお嬢様なら常に人がいる生活でも苦にならないのかもしれない。私には到底無理だが。


 そういうわけで、呪詛返し対応のための待機はここまで。


 私はクイルの書類処理が終わるまで、統括ギルド新人職員としての研修の日々となる。クイルが出先でスカウトしてきた、魔力感知や操作に長けた素人術師という設定だ。いずれは魔術ギルドの実務担当(書類のみでなく魔力を使った業務があるということ)となるため、クイルとエルさんが基礎から鍛えるという体で呪術師業務を振られることになるのだろう。

 あの美少年ギルマスは前途有望な若人に指導することが趣味らしく、都合がつくときに引っ張っていかれても一般職員たちから顰蹙を買うこともないようだ。むしろこういう時のために若者指導が趣味と公言している気がする、のはさすがに穿ちすぎかもしれない。


 なんとか異世界の新たな職場で裏の任務に備えつつ新人研修をこなして職員寮へ入るための手続きもしていこうと思う。


 いや、やること多いわ。












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